相談所に来る時のルールを定めてもらった。事前にメールして予約が落ち着いている時に来ること。そしてお土産を持ってくること。これは僕が勝手に付けたルールだけど。ちょっといいお菓子を探しにデパ地下に行ったり、少し遠い街に出かける楽しみができた。でも意外とたこ焼きとかラフな物が喜ばれる。芹沢さんはこないだ初めてたこ焼きを食べたらしく、変わり種の味を持っていくと目をキラキラさせていた。

「今度近くで夏祭りがあるんですね。同じ夜間学校の子が言ってました」
「ほー、もうそんな時期か」

お祭りなんて小さい頃に行ったような、無かったような…らしい芹沢さんにソワソワしてしまう。これは誘ってもいいのかな。霊幻先生とか、もしかして学校の人と行くのかも。でもほぼ初めてなのに僕なんかと一緒じゃ嫌じゃないかな。

「せっくだしお前らで行ってくれば?」

霊幻先生の一言に時が止まる。

「いいですね!みょうじくんが良ければ案内してもらえないかな」
「あ、えっ………僕でよければ…?」

霊幻先生を見るとピースサインをしていた。霊幻先生は僕の神様です。今度高いお菓子持ってきます。芹沢さんとふたりっきりで夏祭りなんて、いろいろとハードルが高いかもしれないけどこんな機会逃す訳にもいかない。それにもし、もしだよ?芹沢さんの仲が発展しちゃったらどうしよう!

「みょうじくん大丈夫?」
「だ、大丈夫です!」
「顔真っ赤だよ。もしかして熱あるのかな」
「ひゃあ!大丈夫です!本当に!」

芹沢さんの手が僕のおでこに触れて、ドキドキが増してしまう。不純な動機で赤くなってるのに心配されてしまって申し訳ないや。

「当日は楽しみにしてるね」

その言葉から気づいたら当日になっていた。あの日から毎日朝から晩まで芹沢さんのことでいっぱいで、お祭りのイメトレまでしてた。張り切って浴衣買っちゃったし、小銭の準備も、迷子になった時の目印も、靴擦れしたとき用のばんそうこうも持ってきた。これで今日はバッチリだ!待ち合わせ時間よりもだいぶ早く着いた駅前でおさらいをしていれば、少し早い時間に声がした。

「みょうじくんお待たせ。今日はありがとう」
「芹沢さ、ん……」

目の前がキャパオーバーすぎる。さすがに夏だしスーツでは無いと思ってたけど、まさかこんなレアな姿を見れるなんてどうしよう。

「つい張り切って浴衣着てきちゃったんだけど、みょうじくんも一緒でよかった」
「芹沢さんかっこよすぎる…」
「ええ?!変じゃない?」
「芹沢さんかっこいいです」
「そう言われると照れるなぁ。みょうじくんもよく似合ってるよ」

今死んでもいいくらい嬉しい。じいんと大きすぎる気持ちと戦ったまま歩き出す。

「こんなに大きいお祭り初めてかも。色々あって目移りしちゃうね」
「今日は満足するまで楽しんでください!」
「みょうじくんも一緒に、だよ」

芹沢さんの一言一言が僕をドキドキさせてくる。いつもと違う服装、雰囲気、その何もかもが気持ちを興奮させて、このまま時が止まればいいのになって思った。

「結構混んでるね。はぐれないように気をつけよう」
「あ、えと……はぐれないように、袖掴んでもいいですか?」
「ああ、たしかに危ないからその方が安心かもね」

芹沢さんは僕のいやらしい気持ちを知らない。騙すようなことしてごめんなさい。少しだけ手を繋いでるようなまやかしを心の中にしまった。あれこれにワクワクしている芹沢さんはあまりにも可愛くて、片っ端から気になってる物を買った。相談所へのお土産にすればいい、シェアすればいろいろ食べれるとか理由をつけて。いつものお礼に全部僕がお財布を出すつもりでいたけれどさすがにそれは良しとしてもらえず、半々にされてしまった。

場所を見つけて一緒に座ると、少しだけ落ち着いて空腹感が増してくる。焼きそばに唐揚げ、かき氷、チョコバナナ。どれもキラキラした目で見ている芹沢さんがまた可愛らしい。一口食べては嬉しそうな姿に一緒に来れて良かったなと思った。

「芹沢さん、こっちも美味しいですよ」
「本当?一口もらってもいいかな」
「はい、っどうぞ……?」

芹沢さんが雛鳥のように口を開けているから、思い切ってあーんしちゃった。夏祭りってすごい。

「んん、美味しいね!みょうじくんこっちも食べる?」
「っ……あ……ん、美味しいです」

答えたものの味が全然わからない!しかも芹沢さんにとって食べさせるのは普通なの!?相談所でもそんなことしてたらどうしよう。嫉妬しちゃうな。

その時ドンと大きな音が鳴った。そうか、ここからちょうど見れるんだ。花火見る芹沢さんがあまりにも無邪気に笑うから、僕は誤った選択をした。だって他の人に取られたくなかったんだもん。

「好きです」
「花火?俺も好きだよ」
「……っ、好きなんです」
「え……?」

勝手に雰囲気にのまれて期待して、答えなんて分かりきってるのに芹沢さんを戸惑わせた。何してるんだろう。口を滑らせなければよかったと思った。

「変なこと言ってごめんなさい。忘れてください……っ」

無言のままふたりで花火を見つめて、滲むカラフルな色。自分の行動を悔いでもしょうがない。僕はあんな綺麗な色になれやしないから、ただ暗闇に帰るだけだ。

「今日はありがとうございました。じゃあ、また」
「…………うん、またね」

気まずいままの帰り道。好きだなんて言わなければ良かった。またの機会なんてもう無いのに。