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みょうじくんと行くことになった遊園地には、せっかくなら人数が多い方が楽しいからと霊幻さんと影山くんも一緒に来てくれた。初めて駅で待ち合わせをして、幼い頃に連れられて以来、その朧気な記憶よりも小さな入口へと足を踏み入れる。
「すごいですね…!人がいっぱいだ!」
「芹沢はほぼ初めてだもんな。モブは前に連れてった時以来か?」
「はい、あの時もすごく楽しかったです」
園内はカラフルに彩られていて、時折聞こえる機械音とにぎやかな声に非日常を感じる。キョロキョロと辺りを見渡していれば、それを微笑ましく見つめていたみょうじくんと目が合う。
「今日は楽しみましょうね」
一般的なデートでも遊園地に行くということを、事前に霊幻さんから聞いてしまったからか、なんだか意識してしまってうまく返事が出来ない。みんながいるんだからデートなんてことはないのに、俺の脳は都合よく変換してしまっているらしい。ん?どうしてだ?
「まずはここ、順に回っていくのが良さそうだ。どうせなら全部乗って元を取らないとだからな。お土産は本来は先に買っておいた方が混まないんだが、この規模感なら大丈夫だろう」
「さすが師匠…!やっぱり詳しいですね!」
霊幻さんはいつの間にか首からポップコーンケースをぶら下げて、パンフレットを片手にアトラクションを指していた。準備の良さにキラキラとした眼差しを向ける影山くんも、わくわくが表情に出ているみょうじくんも、みんなが今を楽しみにしている。もちろん俺もだ。
「ご指導お願いします!」
「おう、早速行くか!」
この中なら歳が近い方の影山くんとみょうじくんは、自然と隣通しでアトラクションに乗り込んでいた。ジェットコースターも、ゴーカートも、メリーゴーランドだって。
「ずっとひとりっ子だったから、弟みたいで嬉しいかも」
「僕も兄ができたみたいで嬉しいです」
影山くんの手を取ってみょうじくんが走り回る姿に意外な一面を見つけて、こんな風に笑うんだって気付かされた。俺の前では困り眉で、微笑むといった言葉が似合うくらいだったから。それは影山くんが隣だからなのかな。
「次はあれ乗りたいです!」
「コーヒーカップ…!師匠も行きましょう!」
「俺はいいからお前らだけで行ってこい」
霊幻さんは「回るのは絶対吐く」と言っていたので、俺も残ることにした。これが年の差なのかもしれない。ベンチに座って列に並ぶふたりを見ていると、楽しそうな姿に何を話しているのか気になってしまった。うだうだ考えているうちに、遊園地には似合わない深刻な顔をした霊幻さんに背筋が伸びる。もしかしたら悪霊でもいたのかもしれない。
「芹沢よ、何か悩んでいるな」
「は、はい…?」
「俺にはわかる。みょうじの事だろう」
「どうしてそれを…」
やっぱり霊幻さんにはお見通しなんだ。もしかしたら気を使って残ってくれたのかもしれない。そう思うと隠す必要もないならと、そのままの感情が口から溢れ出ていく。
「俺なんだか変なんです。みょうじくんを見てると胸がぎゅっとして…」
「ほう、それはまずいな」
「やっぱりおかしいですよね?!今だって影山くんとふたりでいることが気になって仕方ない。もしかしたらって考えちゃうんです」
「さすがにそれはないだろ。モブは未成年、みょうじはそもそも…いや、いい機会かもしれないな」
いつだって俺に視線を向けて楽しいですねって笑いかけてくれるのに、それをもっと欲しいと思ってしまった。隣にいたい。手を取って欲しい。今まで知らなかった自分に驚いてもどうしようもなくて、ただ霊幻さんの言葉を待つ。
「ようやく気付いた芹沢にひとつ、アドバイスをやろう。攻めろ、恋愛は攻めてこそだ」
「恋愛…?俺って恋してるんですか…?」
「まぁまだ結論付けるには早いかもしれないが、答えなら近いうちに出るかもしれないな」
「恋…恋かぁ……」
「とりあえず、あれとか試したらどうだ」
「観覧車がどうかしましたか?」
「デートの定番だと言ったら?」
「みょうじくんを誘ってみます…!」
「よし、それでこそ男だ。俺に任せとけ」
ちょうどコーヒーカップから降りてきたふたりに「久しぶりにゲームコーナーが見たい」と告げる霊幻さん。きっとそういうことだと直感して勇気を振り絞る。
「お、俺はアトラクションに乗りたいなぁ…」
「意見が別れちまったな。一旦分かれるか。モブはこっちに着いてこい」
「待ってください、師匠…!」
「え、あ…行っちゃった…芹沢さんどうしましょう…」
半ば強引に分かれた後、その困り眉を見たら罪悪感に苛まれる。霊幻さんについて行きたかったかな。影山くんと一緒がよかったかな。でも俺だってみょうじくんと一緒がいいから。
「ごめん、俺がふたりになりたいって言ったんだ」
「芹沢さんが…?」
「嫌だったかな。やっぱり今からでもふたりの所に行って…」
「ううん、嬉しいです。僕もちょっとだけ同じこと思ってました。せっかくだし何か乗りますか?」
「あれに乗りたいんだけど、どうかな」
驚いて目を丸くするみょうじくんも、観覧車がどういう意味なのか知っているらしい。それなのに二つ返事で喜んでくれた。期待してもいいのかな。だから勢いに任せてほんの少しだけ大胆に、うるさくなった心臓の音を聴きながら足早に歩いた。
「い、いい景色ですね…」
でもいざ観覧車に乗ったら先程まではしゃいでいた姿が嘘みたいに大人しくなって、いつものみょうじくんに戻ってしまった。窓の外を見つめて視線すら合わないことが酷く寂しくて、つい口走ってしまったのも助言があったからかもしれない。
「さっきみたいに笑ってくれないの」
「ちゃんと楽しいですよ…?」
「そうじゃなくて、こっち向いて欲しいなって」
チラッと俺を見ては俯いて、また決心したようにこちらを向いては俯いて、耳まで真っ赤なみょうじくんを見たら何かが満たされていった。
「っ、もう…芹沢さん見すぎ…っ」
「嫌だったら止めるよ」
「……嫌じゃないけど、恥ずかしいから」
「可愛い」
「かわ…っ?!」
「俺にだけ見せてくれたらいいのになって思う」
「芹沢さんにしか見せないもん」
さすがに俺もくらっときて、なんて返したらいいのか戸惑ってしまった。静けさのなか目線を彷徨わせて話題を探すと、書いてあることに気づく。
「観覧車の頂上でキスをすると、永遠の愛が手に入るかもだって…へ、へえ…すごいね…!」
自分がとんでもないことを口走ったのに気づいて、慌てて弁解しても遅い。顔を真っ赤にしたみょうじくんは、恐らく無意識に唇をさすっていて、また知らない表情を見つけてしまった。
「キス…」
もしもみょうじくんとしたら、 それがふと頭によぎった。好きって感情もよくわからないくせに、湧き上がった欲に負けて、想像してしまった都合の良い光景に拳を握る。だけど俺はキスの仕方なんて知らない。
「芹沢さん?大丈夫ですか?」
ぼうっとしていた俺を心配して、いつの間にか近づいていたみょうじくん。隣に座っていくつもの考察をするけれど、遊びすぎて熱があるわけでも、楽しくなくなってしまったわけでもない。ただ君のことを考えておかしくなってしまった。だからこの行動だって言い訳をしてもいいかい。
「みょうじくん、嫌だったら離してね」
今の俺ができる精一杯を伝えたくて、じんわりと汗の滲む手を繋ぐ。誰かと手を繋いだのなんて初めてだ。
「もしかして怖いですか」
「え…?!うん、そんな感じかな…」
「芹沢さんこそ可愛い」
言葉では茶化すくせに今にも泣きそうな表情に胸が苦しくなって、繋がれた指先から熱が上がっていく感覚がする。みょうじくんも同じ気持ちでいてくれるのかな。
「結構高くなってきましたし、ちょうど頂上ですもんね」
―観覧車の頂上でキスをすると永遠の愛が手に入る
自分の言葉を思い出してしまって、思わず握った手に力がこもる。力の使い方を覚えた今でも怪我をさせてしまうんじゃないかって、癖になった考えのせいで手を離そうとする。しかしみょうじくんも指先に力を込めて離す気がないらしい。
「ずっとこのままだったらいいのに」
「お、俺もだよ…!でも相談所の仕事はどうしようかな。ここでも生活は出来ると思うけど、せっかく社会復帰できしなぁ」
そういう意味じゃないと気づいたのは、初めて見た君のむすっとした表情のおかげだった。
ゲームコーナーにあった射的の景品を持ったふたりと、合流したころには景色は赤く染まり始めていた。
「そろそろ帰るか。俺はモブを送ってくから、お前らは飯でも食ってかえれば?」
成長をした今の俺にはわかる、これが霊幻さんのアシストだと言うことが。もっと攻めろということですね。遊園地の最寄り駅で一度解散して、どうしようかと考えていればみょうじくんが提案をする。
「僕の家近くなんです。よかったら来ませんか?」
「いいの?」
「芹沢さんなら大歓迎ですよ」
疎い俺でもこれがチャンスだってことはわかる。もっと君のことを知りたいから。確信のないこの気持ちを抱いたまま、歩み進める道はいつもみょうじくんが見ている光景。コンビニがある、学校が近い、それらはただの道のはずなのに君を作るものだと思うとすべてが特別に思えた。初めての感情に戸惑いながらも、開いた扉の先に手を伸ばして、またひとつみょうじくんを知っていく。
「散らかってても笑わないでくださいね」
「おじゃまします。なんだかみょうじくんらしい部屋だね」
「そんなこと…でも芹沢さんが家にいるの夢みたいです」
はにかむ笑顔にまた胸が苦しくなって、「俺も」と返すのが精一杯だった。
「さすがにお腹空きましたね。今から作ると時間かかっちゃうので、宅配とかとりますか?」
渡されたいくつかのチラシの中で、一際カラフルな物に目が惹かれる。
「ピザ、食べてみたいな…!」
「たまにはいいですね。ひとりだとなかなか機会ないですもん」
俺は当たり前を知らない。総理大臣すら知らなかった俺を笑うだろうか。知って欲しい、でも知って欲しくないと、気持ちが交差するのを、ピザの種類で誤魔化ようなずるい人間になってしまった、と思ったのに。
「耳までチーズが入ってる!すごいね!」
食べ物の前では考え事などないに等しい。あれこれ進められるままに口に運んでは、その美味しさにびっくりして笑みがこぼれる。
「やっぱり芹沢さんって可愛いですね」
「はしゃいじゃって恥ずかしいな」
「これはテンション上がっちゃいますよ。芹沢さんもあんまり宅配って取らないんですか?」
「宅配もだけど、ピザも初めて食べたんだ」
まだみょうじくんは知らない本当の俺。やっぱり隠し事なんて良くないから、正々堂々知ってもらうべきなんだ。君が涙を流してまで素直な思いを伝えてくれたように。
「実はずっと引きこもっていたんだ。つい最近社会復帰したばっかりで、多分君が思ってるような奴なんかじゃないだ。何も知らなくてごめん」
「謝る必要なんてないですよ!過去がどうであろうと芹沢さんは芹沢さんですもん。むしろ教えてくれて嬉しいです」
「なんとなくだけどみょうじくんには知って欲しかったんだ。良かったらこれからも俺にいろんなことを教えてくれないかな」
「もちろんです!芹沢さんは大切なお友達ですから!」
嬉しいはずなのに胸にぽっかりと穴が空いたような感覚。お客さんと言うにはあまりも関係性が近くて、友達と言うにはあまりにも重い感情がのしかかっている。俺たちはそれでいいのかな。
「芹沢さん?」
「……もっと特別になれたらいいのに」
突然ぽかんと口を開けたみょうじくんの顔が赤くなって、目を瞑っては俯いて小さな唸り声を上げていた。今日はいろんな表情を見せてくれるなぁ、なんてのんきに思ったのと同時に、とんでもないことを声に出してしまっていた事にようやく気づく。
「いいいい今のは違うんだ!でも嘘でもなくて本当のことだからって何言ってんだろ俺?!」
「あんまりドキドキさせないでください!もうピザの味がわかりません!」
ふたりしてああでもない、こうでもないと言い訳をずらずらと並べて、わざと遠回りして帰り道を歩いているみたい。
「でも特別ってどうしたらいいんだろうね」
「えっと…芹沢さんがよければ名前で呼んで欲しいです…これなら特別だと思うので…」
「なまえくん?」
「っ、はい…!」
「せっかくなら俺のことも名前で呼んでよ」
「ええ?!か…か、克也さん…?あああ心臓がもたない…」
恋って、好きって、本能なんだ。