九つ子の魂十七まで
「そういう事にしといてあげるわ、小さな探偵さん」
にっこり微笑んだ彼女はとても美しかった。
彼女はゆっくり語り始めた。とある組織に妹が捕らわれていること。銀行強盗で得たお金を組織に献上すれば姉妹はその組織から逃れられるということ。
「その組織ってもしかして黒づくめの人たち?」
彼女はは途端に顔を青くする。そっと私の肩に手を添えた。
「悪い事は言わない、あの組織にそれ以上近づかない方が良いわ」
真剣な瞳に息がつまる。ゆっくりと彼女の手を取って肩から放した。
「巻き込まれたのは僕だけじゃない。大切な人が大変な目にあってるんだ。そりゃ、先に首を突っ込んだそいつも悪いから50・50だけど……」
「え?」
彼女が目に見えて固まる。私もどこに彼女が驚いたのか見当もつかず、瞬きを一つ。
「どうしたの?」
「ごめんなさいね、ちょっと私の知り合いにボウヤが似てたから…」
ギクリ。私の脳裏にアイツが思い浮かんだ。無意識に彼の口癖を使っていた自分自身が信じられない。
話を逸らしたくてカバンから赤い水玉の傘を取り出した。
「それ……」
「あんたのでしょ?広田さんが仲間に貰ったって言ってたからきっとそうじゃないかと思って」
傘を返そうと差し出す。彼女は悲しげに微笑んだ。
「それはキミが持っててちょうだい」
そんな悲痛な顔しないでほしい。こんなの断れるわけがない。私はしぶしぶ傘をしまった。
「ところで小さな探偵さんはオレンジジュースはお気に召さなかったのかしら?」
「飲むわけない。僕を眠らせた後始末するんでしょ?」
「違うわ、ただ眠るだけよ」
「……やっぱり睡眠薬入ってるんじゃん」
彼女は本来正直者で優しい人なのだろう。彼女の顔は引きつっている。と、その時、突然目の前でスプレーが噴射された。スプレーの方が即効性が高いのか直ぐに意識が朦朧とし始める。
「小さな探偵さん、志保をよろしくね」
その言葉を最後に意識が途絶えた。
目が覚めた時には全てが終わった後だった。彼女の代わりに置いてあったのはホテルの荷物預かりの引き渡しカード。
傍には『奴らの手に渡る前に取り戻して』と添え書きがあり、文末には『宮野明美』と記されていた。
ロビーに向かうとたくさんの警察官がいた。ロビーの中心には大きなスーツケースが3つ並んでおり、カードを渡さずとも警察の権限でホテルのフロントから引き出せたのだろう。
「天音じゃなくて…ルオン!?」
「ルオン君!どうしてこんな所に…」
後ろから声を掛けられた。彼らには気づかれる前に帰ろうと思っていたけどそれは敵わないらしい。苦笑いを浮かべて振り返った。
「ちょっと……知り合いに会いに来てたんだ」
「最近の小学生って結構アクティブなんだね」
「バーロー、冗談じゃねえ。何が楽しくて殺人があった洋館に肝試しに行かなきゃなんねーんだ。おかげで散々蘭に叱られたんだからな」
「ったくよー」と未だ文句を垂れる彼を横目に紅茶を一口。
私が仲良くしてる文乃ちゃんも開人君もこういった事はしなさそうだし安心だ。よかったA組で。
「しかも“エ籐”って洋館に忍び込もうとか言い出す始末だしよ…そこはオレん家だっつーの!!」
「え、それは付いて行きたいかも。慌てふためく誰かさんの姿が拝めそうだし」
「おめーなぁ…」
呆れる彼に私はにっこりと笑いかける。よかった。いつも通りだ。
一声かけて立ち上がる。何か言いたげな視線を無視して背を向けた。階段に差し掛かった時。
「あ、のさ…」
振り返らず立ち止まる。戸惑いがちな声に舌打ちしたくなった。
「あんま…気にすんなよ、明美さんの事」
「それはお互い様デショ」
ハッと鼻で笑って階段を上る。自室に入って扉を閉め、鍵も閉めた。
周りには悟られないよう振舞っていたつもりだ。けど名探偵とうたわれる彼の目は欺けなかったらしい。
明美さんの笑顔がフラッシュバックした。
気分転換に自宅の留守電チェックを行うことにした。もちろん工藤邸も。
留守電には蘭や園子の心配する声がいくつも留守電に入っていた。彼女たちの話す内容は私たちが生きている前提だから全て消さなくてはならない。
削除していると、留守電の中に懐かしい声が紛れていた。
『あ!ちょっと!自分も話したいことが…!』
『ちょっとだけよ!ハロー天音!そっちで元気やってる?友達はできたの?』
『ジョディくん、その聞き方は少々失礼だと思うがね…』
留守電の中でさえやかましい彼らの声。懐かしい半分呆れ半分で聞く。相変わらずだなー、この人たちは。