三十六計動くに如かず
「天音まだ帰って来れないの?」
「うーん、もう少しかかると思う」
「珍しい…天音がそんなに苦戦してるなんて相当なんだね」
「……まーね」
学校帰り、公衆電話に立ち寄った。最近日課になりつつある。
「そうだ!天音は広田健三って人知らない?」
……どっかで見たような聞いたような…。蘭いわく、広田健三さんが失踪し娘が山形から蘭のお父さんに人探しの依頼をしているとのこと。しかし中々手がかりが掴めず難航。藁にもすがる思いで私に聞いたらしい。
手持ちのメモに漢字で書き起こしてみる。はたと思い出した。
「その人、タクシーの運転手だったりする?」
「そうなの!もしかして知り合い!?どこにいるか知ってる!?」
「いや…以前その人が運転するタクシーに乗ったことがあってたまたま名前覚えてただけなんだけど」
「そっか…」
蘭の落胆した声に思わず全てを話したくなった。それじゃダメだ。私には彼女を守る義務がある。
赤い水玉の傘。優しそうな顔。制服についていた動物の毛。すり減ったタイヤ。車内に流れるラジオ。次々思い出した。そして最後に今朝の新聞の一面が脳裏をよぎる。一つの答えが導かれた。
「おそらく広田さんは相当の競馬好きだから競馬場を張ってたら見つかるかもしれないよ」
「天音すごい…新一みたい!」
「それはやめて」
あんな推理オタクと一緒にされるだなんてたまったもんじゃない。蘭は電話越しにクスクスと笑った。
「じゃ、またかける。広田さん見つかるといいね」
「うん!雅美さんのためにも絶対見つけてあげるんだから!天音ありがとう!また!」
受話器を置いて一息。こうやって私はどんどん嘘を重ねいくんだな。何が『見つかるといいね』だ。カケラも思ってないくせに。
もし予想通りなら蘭のお父さんはとんでもない案件を引き受けてしまったことになる。……新一だけでなく蘭のお父さんまでトラブルメーカーなのか……先が思いやられる。
「博士はこの駐車場で待ってて」
「危ないと感じたらすぐ戻ってくるんじゃぞ!」
しっかり頷いてビートルのドアを閉めた。ここはとあるホテルの地下駐車場。ここまで来たのにはわけがあった。
広田健三さんの正体は私の予想だと先日から話題の銀行強盗犯の一人だ。
タクシー会社に電話して広田さんが繰り返し使っていた道などないかと聞いた。会社の人いわく、毎日夕方になると客を乗せずにいつも同じコースを猛スピードで回っていたのを何人かが目撃していたらしい。目撃した情報を地図に書き込んでみると案の定、銀行強盗があった銀行ととあるアパートを結ぶことが出来た。
そのアパートに行き、発信機を投げ込んでジュラルミンケースにくっつける。後は発信機の信号を辿るだけ。いたってシンプル。
この発信機はこの前博士が新一にあげていた眼鏡のヤツじゃない。パソコンから居場所を特定することができる別のものだ。持ち歩きが出来ない分、眼鏡のヤツより精度が高い。
ホテルのロビーを見渡す。3つの大きなスーツケースを抱えている女性が入ってきた。彼女はそれらをカートに乗せボーイが運ぼうとするのを断り、エレベーターに乗る。するりと体を滑り込ませた。
「お姉さん、そのスーツケース空なのになんでボーイさんに頼まないの?」
後ろから声をかける。彼女は瞬時に振り返った。声の主が子供だとわかると破顔する。
「あのね、軽く見えたのかもしれないけれど、この中には衣服が入ってるから空じゃないのよ」
子どもの利点は相手に油断の隙を与えられること。油断させるために四苦八苦しなくていいのは楽だ。
私に目を合わせて屈んでくれる彼女。元来の性格はそこそこらしい。どんな凶悪犯かと思ったけどなんか拍子抜けだ。
「じゃあなんでそのスーツケースからカラカラ音がするの?それってスーツケースの中のバンドの音じゃない?それに僕が声かけた時お姉さんの顔、すごく怖かったよ?もしかしてこれからそのスーツケースにお金をたくさん詰める…とか?」
和らいだ顔が徐々にまた強張っていった。良い人だと存外やりにくい。けど……やる事は変わらない。
「ボウヤ、着いてらっしゃい」
彼女は既に強張った表情ではなく笑顔という仮面を張り付けていた。……食えない人だ。
オレンジジュースが置かれたテーブルを挟んで座る。用意してくれた彼女には悪いけどそれに手をつける予定はない。
「ボウヤ、どうして私が空のスーツケースにお金をつめるって思ったの?」
「そんなの……お姉さんがこないだの銀行強盗犯の一人だからに決まってるじゃん」
こういう時、できるだけ犯人を刺激しないように言うのがベストなんだろう。きっと新一が隣にいたら今頃悲鳴を上げてる。
「……何でそう思ったの?」
「広田さんが銀行強盗犯だってのは分かってたし、その人を必死で探すってことはやっぱり裏切られたのかなって」
「やっぱりって……?」
「広田さんあのアパートから銀行までの道のりを何回も練習してたみたいだし、元々裏切るつもりだったみたいだよ?」
彼女は一呼吸置いて私を見た。この目は嘘をつく覚悟をした目だ。
「……私は娘なの。探すのは当たり前でしょう?」
「嘘。広田雅美って名前、偽名でしょ?」
にっこり笑う。目の前の彼女からは表情が失われた。
「さっきから広田健三さんのことを僕が広田さんって呼んでたのにお姉さんは戸惑ってなかった……お姉さんも広田のはずなのにね」
そろそろ手を出してくるかもしれない。気づかれないようにヨーヨーを握りなおした。
「すごいわね…あ、あなたは一体……」
「ただの小学生だよ」