lemon candy
「ルオンくーん!こっちこっち!」
「こら文乃、ルオン君の手を引っ張り過ぎないのよ?」
無邪気に私の手を引っ張ってはしゃいでいるのは隣の席の文乃ちゃん。そして後ろから優しく見守っている婦人は文乃ちゃんのお母さんである九十九七恵さん。
文乃ちゃんに招待されてマジックショーを見に来た。このマジックショーはとても人気が高いらしく会場は人であふれている。
文乃ちゃんに案内された席は特等席と呼ぶに相応しい場所だった。なんでも彼女のお父さんはこのマジックショーの主催者でもある九十九元康なんだとか。
おしゃべりな文乃ちゃんの相手をしていたらあっという間に開演。華やかなマジックショーが幕をあけた。なかなか目にすることのない生のマジックショーに魅せられ飽くことはない。
気付いたら客席は明るくなり15分の休憩。文乃ちゃんはお母さんと共にお手洗いに行くと言って席を立った。私はその間、プログラムに目を通しながら一人で待つ。
しかしプログラムを開いて間もない内に紙面に影が落とされた。もう帰って来たのかと顔を上げる。すると予想外の人物に思わず目を見開いた。
「よっ!坊主!奇遇だな!」
さわやかに笑顔を浮かべた青年。彼はさりげなく隣に座った。
……商店街のひったくりを捕まえた時に出くわした彼だ。声が新一に似ているせいか無性に腹が立つのが特徴。
「おじさん…だれ?」
すっとぼけると彼はがっくりと肩を落とした。
「商店街で会っただろーが!ひったくり犯の!ったく…あと!オレはおじさんじゃねェ!まだピチピチの高校生だっつーの!」」
「自分でピチピチとか言っちゃうあたり……」
「嘘じゃねーって!ほら!」
彼はズイっと何かを目の前に押し付けてきた。近すぎて見えやしない。しぶしぶ両手でそれを受け取ると確かに学生証だった。
「江古田高校二年黒羽快斗…」
「これで信じただろ!」
どこか引っ掛かりを覚える。少し前にこの名前を聞いた気がした。
「いや別に疑ってたわけじゃないし」
「さっきあやしいとか言ってたじゃねーか」
「どっちにしろ僕から見たらおじさんには変わりないけど?」
「てめェ……!!」
ざまあみろ、と冷ややかに見つめる。
「ねえおじさん」
「だーかーらー!オレはおじさんじゃ…」
「マジックすんの?」
それまで騒がしかった彼がピタリと動きを止めた。そして私も己の失言に気づいたが一足遅い。
「へー…よく分かったなー坊主。なんでそう思ったんだ?」
「…勘…?」
勘ではなく彼の持っている双眼鏡と書き込まれたプログラムから導き出した答えだ。普通の子供ならあり得ない観察眼を持っていることになる。なんで言ってしまったんだろうと後悔した。
彼には以前ひったくり犯を捕まえる現場を見られている。不信に思われないわけがなかった。
「……ま、今日はそういう事にしといてやるよ」
彼はにやりと嫌な笑みを浮かべた。「かわりに」と言葉を続けた彼に私は顔を歪める。
「なんだよその顔は…ただ名前教えろって言おうとしただけだっつーの」
拍子抜けな回答に瞬きを一つ。
「江戸川ルオン…だけど」
「ルオンな?また会ったらよろしくな!」
「またって…」
眉間に皺を寄せて顔全面で嫌だと表現するが普通にスルーされた。
彼は手を差し出しクルリと回転させると次の瞬間には手に一粒のレモンキャンディが。目の前で繰り広げられたマジックをきっかけに少し前の記憶がやっと思い出された。
もし彼の名前が嘘でないのなら、彼は……。
「おめェとはまたどっかで会う予感がすんだよ」
差し出されたキャンディを受け取りながら答える。
「僕もそう思う」
彼は怪盗キッドだ。
あれはこの体になる前、高校生の姿だった時の話―――
「なあ、天音。本当に乗らなくて良いのかよ」
今日一日で新一からその台詞を何度聞いたかわかりゃしない。朝の登校時から言い続けている言葉をそのまま繰り返した。
「いい、乗らない。しつこい男は嫌われるよ」
ぴしゃりと言い放つ。彼は明らかに落ち込んで見せた。
「で、どこ連れてってもらうの?」
「なんか折角だから現場に連れてってくれるらしい」
ヘリで行けるような場所で尚且つそこまで遠くない所。さらに新一を乗せたヘリが行っても迷惑にならない、またはバレないような現場。となると必然と限られてくる。目暮警部はおそらくあそこに向かうのだろう。
「現場に行けるんだぜ?!天音も「乗らない」」
その時、パトカーに乗った目暮警部が到着した。ひくりと米神が動く。こいつ、パトカーを足に使うなんて…税金泥棒とでも呼んでやろうか。
新一と別れ、電車に乗る。ちょうど隣に座る人が持っている新聞が目に写った。一面に大きく“確保不能の大怪盗!”と書かれている。元々彼の存在は知っていたけど、ただの泥棒だと思って気にも留めていなかった。けどこうまでうたわれているとルパン好きとしてはどうにも無視できない。
今日はその怪盗の予告日だ。
隣駅で降りると駅前には時計台がそびえ立っていた。少し古めかしい感じはするものの、修復されたりしている所から長年町民に愛されてきたのが分かる。ただテーマパークに移築工事をするらしく、時計台の周りは工事現場のように足場が組まれ白い布で下部は覆われていた。
「ほんとに来るのかなあ」
「来るにきまってるじゃない!だって青子のお父さんの所に予告状、届いたんでしょ?」
時計台前の広場で二人の女の子が時計台を見上げながら話している。年齢は同じくらい。さりげなく近くに立った。
「そうだけど!この時計台はダメなの!」
「なんでそんなにムキになってるのよ…じゃあ夜の11時にここで待ち合わせね!絶対来てよ?」
「うん…」
眼鏡をかけたツインテールの子は手を振り元気よく走り去る。残された子は対照的に元気なく手を振って再び時計台を見上げていた。
「なんでよりによってこの時計台なのよ…キッドのバカ」
そう呟いた彼女の目に涙がうっすら滲む。その横顔が幼馴染の一人と重なった。
「涙なんて浮かべてどうしたの?」
「っ!?へ?」
「女の涙は安くないんだからそう簡単に流しちゃもったいないでしょ」
ニッコリ笑って涙をぬぐってあげる。彼女は顔を真っ赤にして固まってしまった。