損して難取れ


私は寝ぼけてるのかもしれない。何故、捜していた男二人組の片割れと新一が共にいるのか。信じたくない事実にひたすら頭を抱え込みたくなった。

確かに新一たちと別れてから園内ほぼ一周し残すところこのエリアって感じでかなり時間を無駄にした。でも時間の問題だけじゃない。蘭はどうした。

「探偵ゴッコは…そこまでだ!!!」
「新一!!後ろ!」

男が持っていた鉄パイプが新一の後頭部を直撃。新一は草の上に倒れ込んだ。男は鉄パイプを持ったままギロリとこっちを見る。背筋に冷や汗が伝った。

その時、背後からの気配に気づいて振り返る。正確には振り返ろうとした。口元に布が当てられ、意識が朦朧とする。睡眠薬だろうか。
倒れる直前、視界の端に写った綺麗な金髪が妙に脳裏に焼き付いた。

ぐらつく視界の中で聞こえた男の声。それを最後に意識を手放した。

▽▲▽


「速く探せっ!!!」

怒鳴り声で意識が少し浮上した。うるっさいなぁ……って何で寝てるんだろう。

目を開けると視界一杯に緑が広がる。そういえば倒れ込んだ先、茂みだったっけ。

体を起こそうとしてもどうにも髪が枝と絡まっているらしい。全く起き上がれそうになかった。しかも解こうと手を後ろに伸ばすけど何故か届かない。

やっぱりバスケ部主将の言葉通り短く切っとけば良かったな。もういっそ根元から切ってしまおう。

近くに転がっていたカバンから裁縫バサミを取り出して地道に切っていく。変な違和感を感じたけど頭の端に追いやった。今はここから抜け出す事に専念すべきだ。

やっと切り終わり、立ち上がって頭を軽く振る。

……ってあれ?なんか目線低くない?

バッと自分自身の体を見ると服がダボダボ。靴もブカブカ。自分の手を見ればあまりにも小さい。

さっきの違和感はこれか、と一人納得した。どうやら子供に退行してしまったらしい。

原因は言わずもがな、あの毒薬のせいだろう。こんな中途半端で訳の分からない事に巻き込まれるならいっそ殺してくれた方が良かった。

同じ薬を飲まされた新一は何処にもいない。私を置いていったのか。あるいはあいつらに連れ去れたか。

新一が倒れていた所を調べてみるものの、殴られたときの血痕が僅かに残っているのみ。血痕はまだ新しい。

「いたぞっ!」

声と共にその場が明るくなった。目を細めて光源を見ると、警備員がライトを持って走って来ている。
この状況を説明してもまともに対応してもらえるとは思えない。とりあえず服やカバンをかき集め、踵を返し警備員とは反対方向に走りだした。

▽▲▽


トロピカルランドを出てすぐタクシーを拾う。運転手には最初「子供だけじゃ乗せられない」と断られたが、なんとか乗せてもらった。こういう時は無駄に回る口が役に立つ。

窓に映る夜のネオンをぼんやりと見た。前からは雑音混じりの競馬ラジオが聞こえる。ぽつりぽつりと窓に滴が垂れてきたかと思うと一気に空は雨模様。土砂降りになった。

「雨になっちゃったねぇ。傘持ってるかい?」

運転手が振り返ることなく小さな子供に問うようにそう言った。

傍から見れば小学校低学年くらいに見えるんだろう。仕方ない、これは仕方ないことだと自分に何度も言い聞かせる。そうでもしないと嫌味の一つでも言ってしまいそうだった。

「ううん、持ってないや」
「なら予備の傘をあげよう」

車を止め助手席を探る運転手。窓の外を見るともう家の前だった。

運転手はふくよかで人が良さそうな顔立ちだ。こういう人間こそ裏で何考えてるか分かったもんじゃない。……名前は広田健三。運転手カードの名前の隣には優しそうに笑った彼の写真が並んでいた。

「あったあった!仲間にもらったんだけど柄が女くさくて使いづらくてね…折角だから貰ってくれるかい?」

運転手は笑顔で傘を差し出す。それは赤の水玉柄で男性が持つには違和感がありそうな傘だった。

「運転手さん、ありがとう」
「どういたしまして。ボク男の子なのにごめんね」
「……ううん別に平気」

私そんなに男顔だっけ。地味にショックだ……。

代金を支払ってタクシーを降りる。タクシーのタイヤが視界に入り、ドアから顔だけ覗かせた。

「そうだ、運転手さん!このタイヤ変えないと危ないよー。じゃ、ありがとうございました」

バタンと扉を閉めて今度こそタクシーから離れる。タクシーが去るのを見届けてから家の門をくぐった。


新一はまだ帰っていないらしい。お向かいの工藤邸に明かりは灯っていなかった。

玄関にあった懐中電灯を手に持ち真っ暗な家の中を進む。今後どういう行動をとるのかまだ決めかねているため、念には念を入れておきたい。

もし両親が他界していなかったらどうしただろう。正直に話したか。いや家に帰って来なかったかもしれない。……憶測の話をしたって無駄なだけだ。無理やり思考を遮った。

奴らの話をまとめると。なんらかの“組織”が作った未完成な試作品の毒薬を飲まされ、何らかの作用で体が幼児化してしまった。
だけど男二人組は多分、私が生きているとは夢にも思ってないだろう。ってことはもし私が生きていると奴等が知ったら、次こそ確実に殺しに来る。こうなると周りの人間に私の存在を悟られてはいけない。悟られてしまえば確実にこの意味の分からない事件に巻き込んでしまう。

偽名を名乗って、椎名天音は世界のどこかにいるということにするのが最適。この狭い日本に限定したらいつか特定されてしまう可能性があるし、死んだ設定にしたらもし元の体に戻れた時に困る。

はあとため息を吐く。考える事が多すぎて頭が痛くなってきた。

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