役が身に余る
「ハハハハ!そんなにダメかね毛利探偵は!!」
博士の愉快そうな笑い声が二階まで聞こえて来た。そういえば今日が新一に変声機を渡す日だっけ。
下に降りていくと新一はテレビを見ていた。博士はおそらく研究室に籠りっきりなのだろう。リビングには彼一人だ。
背後に立って一緒にテレビを見る。一向に興味がそそられる内容じゃない。これはどこの年齢層向けの番組なんだろうと頭を傾げたくなる。
「この時間って見るもんなんもねーな」
「そりゃそーだ」
「うわ!天音!?いつの間に」
ギョッと振り返った新一はソファからずっこけそうになっていた。そんなに驚くほどかな。
「なに、後ろに幽霊でもいる?」
「急に背後に立つんじゃねェ!!お前ェが幽霊かと思ったっつーの!」
「失敬な……」
そういえば博士も同じような事を言っていた。そんなに存在感ないのだろうか。少しショックだ。
「その変声機、首にかけて肩凝らない?」
「意外といけそうだけど…こーいうのはずっと付けてみねーと分かんねェからなあ」
「天音のは?」と聞かれTシャツの袖を巻くってリストバンド型変声機を見せる。「へー」と手を顎に当てる仕草は優作さんを彷彿とさせた。さすが親子。
「そういや、さっき出前頼んだけどコナンも食べるでしょ?」
「……おう」
何故か急に機嫌が急降下したらしく不満そうだ。こんな姿だからか、ふくれっ面がとても良く似合う。中身は高校生のくせに。
「なにがそんなに不満なわけ?“コナン”くん?」
「天音、お前ェ分かってて言ってるだろ…」
「えー僕にはわかんなーい」
「バーロー。本当にわかんねえ奴ならそんな風にお道化たりしねーよ」
どうにも彼は『コナン』呼びが気に食わないらしい。眉間に皺を寄せてこっちを睨んできた。
おーおー美人が怒ると怖い事。蘭もそうだけど私の周りには美形が多く、皆怒らせると厄介だ。怖くないのは園子くらいか。
「もしうっかり元の名前で呼んじゃったらどーすんの」
「二人きりの時くらい良くねーか?」
「その油断が禁物だって言いたいの。仮に盗聴器とか奴らに仕掛けられたら一貫の終わりなの分かってる?」
互いに一歩も譲らず、険悪ムード。こんな時いつも緩和剤になってくれるのは蘭。面白そうに事の成り行きを見守っているのが園子。
「天音の前でくらい素の自分でいてーんだよ」
ぽつりと呟かれたのはこの騒動に巻きこまれてから初めて聞く新一の弱音だ。
「…仕方ないなあ。じゃあ二人の時は新ちゃんって呼んであげるね?」
「………はああ!?!?」
そんな簡単に折れるもんかと意地悪く笑う。ちょうどその時ピンポーンと呼び鈴が鳴った。ナイスタイミング。
「じゃ、出前来たし博士呼んできて」
「いや待てよ天音!オレは納得してねーぞ!」
「ほら新ちゃん早くー」
「変声機使って母さんの声で呼ぶんじゃねェ!」
彼の要望には応じれない。だって私にその権利はないから。そもそも役割が違う。だから寂しそうな彼の表情はいつも通り見て見ぬふりをした。
「キャーー!!!ひったくりよ!!誰か捕まえて!」
突然穏やかだった商店街が騒然となった。どうやらこちらに走って来るあの男がひったくり犯。らしい。せっかくのショッピングが台無しだ。
普段なら足をかけて転ばせたりするけど、生憎この体では無理だ。さて、どうしたものか。
「あ、ちょっとそれ貸して!すぐ返すから!」
了承を得る間もなく子供の手からヨーヨーをひったくる。そしてそれをひったくり犯の足元目がかけて投げつけた。男はヨーヨーに足を取られて派手に転んだ。直ぐさま男が抱えていたバッグを取り返し距離を取る。
「このクソガキ!!」
「警察だ!!」
絶妙なタイミングで警察がやってきて抵抗する男を取り押さえる。グッジョブ日本警察。
ヨーヨーを子供に返しその場を去ろうとすると一人の警察官に呼び止められた。
「ちょっといいかい?」
嫌々振り返ると警察官はどこかで見た顔だった。たしか……彼は目暮警部の部下の千葉刑事か。
「ひったくり犯に向かってヨーヨーを投げてたって周囲の人が言ってたみたいなんだけど……」
「ううん、ヨーヨーをあの子に貸してもらって遊んでたら手が滑って飛んで行っちゃっただけだよ」
まあ、この方が子供らしいだろう。嘘も方便ってこと。
「そっかー!君のお陰で助かったよ!ありがとね」と頭を撫でられながら褒められた。なんだかなぁ。
今度こそ帰ろうと踵を返す。急に高校生くらいの男が目の前にしゃがみこんで目線を合わせてきた。なんだこいつ。
「すっげーな!坊主のお手柄だったじゃねーか!」
彼の声が新一によく似ているからだろうか。なんか無性にイラっとした。心なしか顔も似てる気がする。
「違うよ、僕じゃなくてあのヨーヨーのお手柄なんだ」
「へえ…オレには坊主があのヨーヨーを意図的に投げた様に見えたけどな。あとヨーヨーは貸してもらったってより引っ手繰ったの間違いじゃねーの?」
不躾な言い様に眉をしかめる。彼は一部始終見てたくせに鎌かけたらしい。
「おじさんの言ってる事僕分かんなーい」
「おじっ!?!?…ま、まあ、あくまでしらばっくれるってわけね」
「それよりおじさん、後ろでオロオロしてるお姉さんっておじさんの知り合いじゃない?」
「え!?」
彼が振り返った隙に駆けだして路地に逃げ込む。背後で「あのガキ!!!いつの間に!!」と叫んでいるのが微かに聞こえた。