猫は鳩を狩る時も全力
ゆっくり歩み寄り、角の手前で立ち止まる。エレベーターの上昇していく音が聞こえた。
「気持ち悪いなー…盗み聞き?出てきなよ」
「そ、そんなつもりは…丁度ここを通りかかった時、つい聞こえちゃって、さ…盗み聞きをしようとは思ってなかったんだけど…」
焦りつつ出てきたのはただのウェイターだった。腕を口元から話して意地悪い顔を作って見せる。
「相変わらず変装下手だね、バ怪盗」
「…へ?あ、あの……」
ウェイター元より怪盗キッドが上手い演技で誤魔化そうとするのをさえぎった。
「あんたは最初、敬語を使わずに弁解した。それって相手が子供だっていうのが分かってたって事だよね?けどこれは僕が話しかけた時点で声の高さで普通なら分かるから、別に問題にはならない。でも今僕は自分の元の声、つまり江戸川ルオンの声じゃなくて椎名天音の声で話しかけた…この変声機を使って、ね。あんたは僕とコナンの会話で僕がこっちに近づいてくるのが分かっていた。だから僕が近づいてくる間に咄嗟の一言を作っていた。けど聞こえたのは子供の声じゃない大人の声。で、あんたは動揺した。大人相手にため口は不味い。でも言葉を変える時間なんて相手は与えてくれない。ましてや自分がもっとも警戒する椎名天音を相手に下手な事はできない。で咄嗟に出てくるのは必然的に、さっきまで考えていたセリフになる。要は出てきた時の最初の一言で、もうあんたの正体は見破れたってわけ」
彼は心底悔しそうに顔だけ変装を解いた。
「…バレたんなら仕方ねぇか…くそー…今度こそ大丈夫だと思ったんだけどなー…っつーことはゆっくりこの角に近づいたのは」
「そういうこと。考えた言葉をよりインプットさせるため。普通考えた言葉を失敗しないように何回も反復する、それを利用させて貰ったってわけ」
「まんまと手の上で弄ばれてたってことか…オメーのその心理戦、心臓にわりぃよな…寿命が一年縮んだぜ…」
ガクリと肩を落とすバ怪盗。対して僕はしてやったりと笑みを浮かべる。
「一年?ふーん…残念。十年位縮めるつもりだったのに。僕を甘く見ないでほしいな」
「盗み聞きして何か収穫はあったわけ?」
「んー…別に大した収穫は……」
言いかけたと思ったら何かを思い出したかのようにバ怪盗はニヤリと笑った。
「まあ、それなりにな」
「ふーん…まあ、興味ないけど」
「いや、そこは常識的に聞くだろ、ふつー…」
そんなくだらないやり取りをしつつ、本題へ切り出した。
ちなみに意味なくこいつに近づくわけない。よっぽどの事がない限り関わりたくない。けどいつもの犯行予告にある暗号だけは認めてるのは確か。
「で、一つ、頼みたいんだけど…別に無償でやれなんて言わない。それなりの代価は払うつもり」
「オレも忙しいからなー…まあ、天音嬢のお願いなら断りませんよ」
この気障バ怪盗…こいつの言葉にいい加減慣れない僕自身もどうかと思うけど。
「んで、その頼まれ事っつーのは?」
「この船の中のある人物の部屋内を捜索して欲しい。何かをってわけじゃなんだけどね。まあ、例として言うならピストルとか爆弾とか…」
「ちょ、待て待て!何いきなり物騒な話してんだよ!まるでハイジャック犯がいるみてーな内容じゃねーか!」
ふとその言葉で思いついた。「ハイジャック」その線の方が高いかもしれないってことは。
「…ついでに、こないだ赤いシャム猫が盗んだ殺人バクテリアも探しといてくれない?」
「はあ?今度はいきなり…あぁ、そういうことか」
こういう時、僕とこいつの考え方や根本的な思想が似てることを痛感する。
頼もしいとも言えるけれど正直なところ大分嫌気が差す。
「自称、ルポライターの藤岡さんをお願いできる?」
「だろうな。任せとけ」