窓と扉と風と
視界に広がる見慣れない天井、ツンとした特有の臭い、開いた窓から聞こえる子供たちの声。体を起こすと心地よい風が通り抜けた。
「目が覚めたか!」
声と共に勢いよくカーテンが開かれる。綱手様だった。姿勢を正そうとするが突然目が眩んでしまう。
「無理に体を動かすな」
「…すみません」
綱手様はベッドの脇にある簡易椅子に座り、順に説明して下さった。
一つは心配していたサスケの件。それはシカマル達下忍が追っているとの事。しかも隊長はシカマルらしい。私もその班に加わりたかったと密かに思った。
次に水無月家の庭に倒れていた私がここにいるのか。それは偶然通りかかった暗部が運んでくれたそうだ。倒れた理由は右腕の呪印。父さんが施してくれた写輪眼抑制封印。
嫌な予感がした。慌てて右腕を病院服から引き抜いて見てみると、そこにあったはずの物がない。黒い紋様が消えていた。
これが指す意味を察してしまい、心臓が大きく鳴り始める。綱手様を見上げると悲痛な面持ちをしていた。
術式が消える時。それは術者が術を使えなくなった時、すなわちこの世から消えた時だ。
いや、私はまだ未熟者だ。不勉強なだけかもしれない。それ以外にも様々な要因があるのかもしれない。
そう思いたいのに目の前の彼女の表情が全てを物語っていた。
風がカーテンを攫う。綱手様の声が風で聞き取れなかった。それでも口の動きで分かってしまう。
もうあの家に父さんと母さんが帰って来ることはない。
綱手様から詳しいことを聞きたいのに脳が拒否した。キャパオーバーをしたかのようにこれ以上の情報を受け付けてくれない。
静かになった病室で私はただ空を眺める。外から聞こえる子供の声が妙に耳に触った。
検温に来た看護師さん曰く、体調はすこぶる良いらしい。それを聞いて、耳鳴りや激しい頭痛を訴えることが出来なかった。
有眠剤を使用しないと眠れないのは何故だろう。空が色あせて見えるのは何故だろう。耳鳴りが懐かしく聞こえるのは何故だろう。頭痛が治まらないのは何故だろう。
コンコンと扉がノックされる。身だしなみを整え、「どうぞ」と声をかけると入って来たのはカカシ先生だった。
パタンと無機質な音が響く。
「これから任務ですか?」
「……まぁ…そうね」
「ナルト達を追うんですか?」
「……あぁ」
私以上に彼の方が気まずそうだ。私と目が合うと思いっきり彼は顔をしかめた。そんなに酷い顔をしているのだろうか。
「シカマルもいるはずなのでどうかお願いします」
「わかった…」
無意識にカカシ先生を追い出そうとしている自分に驚いた。
無言が続く室内でカカシ先生は「それじゃあ」と言ってドアノブに手をかける。彼は何をしに来たのだろうか。ただ私の顔を見に来ただけなのか、それとも何かを確認しに来たのか。
パタンと無機質な音が再び響いた。室内に残された私は布団にくるまる。
何故カカシ先生を追い出そうとしてしまったのか、考える事を放棄し感情に蓋をした。
コンコンと扉がノックされる。扉の前にいる気配は感じたことないものだった。誰だろう。
枕の下に隠しておいた暗器を手繰り寄せてから「どうぞ」と声を発する。入って来たのは暗部の人だった。独特の雰囲気に気圧される。
パタン。扉が閉じる音が寒々しく聞こえた。
「どちらさまですか」
布団の中で握っていた暗器を一層握りしめる。暗部の人はベッドの側まで音もなく近寄ると突然跪いた。
呆気に取られてしまい瞬きを一つ。
「キオ先輩の娘さんとお見受けします、僕はテンゾウとお呼びください」
「は、はあ」
「これを渡しに参じました」
彼は顔を下げたまま懐から何かを取り出す。それは父さんの煙管だった。身を乗り出して彼に詰め寄る。
「どこでそれを!」
彼は顔を上げた。面の奥に優しげな瞳が見える。
「…遺体の側に」
重々しく呟かれた言葉を聞き、耳鳴りがひどくなった。
煙管を彼から丁寧に受け取り恐る恐る触れてみる。ひんやりとした感触。そっと両手で包み両目を閉じた。
空いたままの扉から窓へ風が吹き抜ける。いつの間にかテンゾウさんは姿を消していた。