「シロ……?」
ハッとして顔を上げるとテツ君が心配そうにこちらを見ていた。時計を見ると昼休みが殆ど終わりかけている。あれ、そんなに時間経っていたのか。
「…昨日から様子がおかしいぞ」
彼は形の良い眉をひそめた。彼が昨日から私を見守ってくれているのは知っている。ただ黙って側にいてくれた。それだから声をかけてきたのは意外だった。
「そう?一昨日の疲れかな?」
ヘラリと笑う。違う。そうじゃない。
一昨日からまともに寝れていないせいだ。ベッドで横になろうと、バットを振ろうと、ボールを握ろうと脳内で流れる映像は止めることができない。
リトル最後の試合、連鎖のように続くエラー、涙を流す少年たち。何かできたわけでもないし私が何かすれば勝てたわけでもない。あれはチームの地力の差。そう頭で分かっていても心のどこかが納得してくれなかった。
少年たちの夢を壊したのは私だと心が叫んでいる。
小学生なのだから寝なきゃいけないのは分かっているし、オーバーワークなのも分かってる。なのにその心のせいで体の歯車が合ってくれない。
「そうか…」
納得いかない、と彼の顔に書いてある。そりゃあそうだ。彼は一昨日の結果を知っている。
そんなのお構いなしに彼を席に送り返した。昼休みが終わり、クラスメイトが一気に戻ってくる。騒つく教室の中で乾いた笑みが漏れた。
名残惜しげに振り返った彼に対し、小さく手を振って前を向くよう促した。さて、帰り道どうやってかわそうか。頬杖をついて小さな背中を見つめる。
テツ君は天然だけど何だかんだ人を見ている。末恐ろしいものだ。あの意志の強い瞳で見られると全てを見据かされているような錯覚に陥る。
帰り道。話題を振る私が欠伸ばかりしていたせいでいつもより静かだった。
「じゃあ、また明日」
テツ君の家の前で手を振る。踵を返した時、その手を取られた。
ぎゅうっと握られた手は何かを伝えようとしている。強くもなく、弱くもない。振りほどくこともできたが振りほどけなかった。
テツ君を見ると昼休みの時みたく、眉間に皺を寄せている。若い時からそんな顔しなくても良いのに。
「どうしたの」
ゆっくり諭すように聞く。ゆらゆら揺れる瞳は彼の心情を表しているのだろう。
「心配かけてごめんね」
にっこり笑ってテツ君の手に自身の手を重ねる。ぎゅっと握り返して手を離し、彼から少し離れた。
「私は、大丈夫だから」
大丈夫、人生二度目なんだから。この位乗り越えられる。
そう自分に言い聞かせた。