下瞼の闇

雅功とキャッチボールを終えて帰路に着く。家の前まで来ると門前に人影が見えた。また不審者かと回れ右をしようとしたが、よく目を凝らすと知った背中が見える。

「あれ、テツ君?」

振り返った彼は幼馴染のテツ君だった。近寄って表情を伺うと少し気まずそうだ。
こんな夜にどうしたのだろう。とりあえず家に上がらせる。

「突然申し訳ない」
「いや、全然良いんだけど…どうしたの?」

彼はキュッと口を結んだ。これは何か溢れそうになった時によくする顔。こんな可愛い幼馴染をこんなに思いつめさせたのはどこのどいつだ。

勝手に脳内で敵を社会的に抹殺する想像をしていると、唐突にテツ君が私に手を伸ばしてきた。彼は私の下瞼に触れると優しく撫でる。されるがまま。彼は手つきとは裏腹に顔つきは強張ったままだった。

「また眠れなくなっているのか」

ドクリと心臓が音を立てる。喉が変な音を奏でた。
乾いた口を無理やり開き、彼の手を取る。

「またって?」
「前も大会で負けた時、寝れなくなってたんじゃないのか」

バレてた。小学生の頃の話だと言うのによく覚えてるなと感心してしまう。あの時うまく誤魔化せたとは思っていないがまさか根に持たれていたとは。

頭をフル稼働させる。これ以上、彼を心配させないにはどうしたらいい。彼の負担になってたのは私じゃないか。どこのどいつだ、とか言ってる場合じゃない。

「んー寝れてるよ?」
「隈、あるぞ」
「これは夜遅くまでビデオ見てただけ。私は平気だから」
「………そうか」

なんでそんな辛そうな顔をするの。私なんかに構う必要はないのに。
一歩離れてニコリと笑いかける。

「ご飯食べてく?」
「…あぁ、電話借りていいか」
「もちろん!お母さんによろしく言っといて」
「分かった」

受話器を持ち上げるテツ君を横目で見つつ、夜ご飯の支度を始めた。

「テツ君、電話終わった?」
「将司がこれから来るらしい」
「………はい?」

耳を疑う。ちょっと待て。何だって?
テツ君、君はお母さんに夕飯がいらなくなった事を伝えるために電話したんじゃなかったのか。

「あいつはよく食べるぞ」
「いやそうじゃなくて」
「ん?」

何故そんな誇らしげなんだ。
「何でもない」と首を振る。この子は天然だからなあ、観察眼は大したものだけど。

冷蔵庫を開けてみる。まあ、なんとかなりそうだ。ただ明日は買い出しに精を出さないといけないだろう。

「シロが作るご飯はいつも美味しいからな、将司も羨ましくなったんだろう」
「…そっか、ありがとう」

こんな事言われたら真心込めて作るしかない。腕まくりをして気合を入れた。