「あの子可愛くね?」
チームメイトが小声でそう耳打ちしてきた。しかしそう言われるまでもなく、俺の目線は彼女に釘付けで。今思えばあれは一目惚れの初恋だった。
彼女がただの可愛い女の子ではないと知ったのは試合が始まってから。リトルではたまに女子選手を見かけるが、エースで四番という選手は見た事がなかった。
途中登板だったものの、プレーの一つ一つが丁寧かつ強気。マウンドではタッパのせいか一学年しか違わないのに異様な迫力で気圧された。打者を見下ろす視線。それが妙に恐ろしく毎回打席に入る前、己を奮い立たせないといけなかった。
その上彼女の最後の打席はホームラン。後から聞いた話だが怪我をしていたというから驚いた。
それと同時にあの人の球を受けてみたい。どんな球なのかこの目で確かめたい。彼女の正面に座るキャッチャーマスクを被った人と本気で代わりたいと思った。
次に再会したのはシニアの練習試合。目の前にした時、彼女が意外と小さく感じた。
シニアで続けていたのにも驚いたけど、一番驚いたのは控えなのに投手をやめていなかったこと。そこまで拘りがないタイプに見えたし、マウンドから降りるくらいなら他のポジションを守ると勝手に思っていた。
彼女が控えに甘んじているわけではない事を思い知らされたのは最終回の七回表。こっちとしては絶体絶命のピンチ。そんな時、代打で彼女がベンチから出てきた。
バッターボックスに入る時の礼儀正しさは相変わらずで思わず口元がニヤけたのを覚えてる。
監督は前進守備を指示したが俺はそう思わなかった。彼女ならホームランを狙って来るだろう、そう思ってリードした。その時、彼女との勝負に夢中になってしまったせいで投手への気遣いすら忘れてしまったのは苦い経験だ。
結果、四球を待たれ押し出しで得点。彼女の体格でホームランなんて打てるはずもないとその時気がついた。モヤモヤしている間に次の四番にホームランを打たれた。
試合が終わった後、タイミングを見計らって声をかけた。話してみるとこの人は根っからの投手気質である事を知る。控えなのにと思った自分がバカ過ぎて笑えた。この人は元々マウンドを譲る気なんか持ち合わせちゃいないんだ。
一年生の夏大、初戦の相手は彼女の従兄弟である鳴のチームだった。事あるごとに「眞白が」「眞白が」という鳴だから脇から彼のメールを盗み見て情報をゲット。試合終了後、メールに書いてあった待ち合わせ場所に向かってみた。
子供扱いする彼女だから、負けた俺に優しい言葉でもかけてくれるのかと思っていた。しかし実際は一番痛いところを突かれた。その上で一番褒めて欲しい所を褒められた。
鳴を押しのけて試合の感想を聞くと、全員の良かった点や悪かった点を述べてくれて心底驚いた。どこまで見ていたんだろうと畏敬の念を抱いた。
二回戦、眞白さんのチームと鳴のチームの試合。三回から五回までの打者一巡分を彼女が投げ切った。
ピッチングはリトルの時より格段に精度も気迫も増していて、キレッキレの変化球もコントロール抜群。打者一人一人に合わせた投球パターンも完璧。見ていて鳥肌が立つなんてレベルじゃない。打席に立つ奴らはほぼ蛇に睨まれた蛙。実力の半分も出せてないだろう。
しかも彼女の打席は二打席二安打。ノートを取っていた手が思わず震えた。
この日、改めて俺は選手として彼女に惚れ直した。
二年の冬頃、シニア連中の間では二重人格ピッチャーがどの高校に行くかの話題で持ちきりだった。
鳴は教えてくれないし、いっそのこと本人に聞いてみようと声をかけたらまさかの家にお呼び出し。さすがの俺も焦った。
しかし行ってみれば彼女の凄さを改めて実感させられた。
父親はプロ野球選手だし?運動会の徒競走では毎年金メダルみたいだし?こっちが頭痛くなるくらいのデータ集めて分析してるし?料理も上手いし?朝晩、鬼のようなメニューをこなしてるし?バケモンかよ。
バケモンだと思って割り切りたいのに、ふいに見せる笑顔がそう思わせてくれないのが残酷だ。マウンドではあんなに冷酷な顔をしているというのに。
行く高校は青道高校と聞き、心底安心した。そして無意識に彼女をそれほど脅威だと感じていたのに気づいた。
この人がマネージャーになったらどれだけ心強いだろう、どれだけ刺激になるだろう。彼女がいるだけでそのチームは必ず強くなれる、そう確信した。