捕手として

普段は周りばっか気にするようなヤツのくせにマウンドに立つと強烈な存在感を示す。その存在感は相手チームの攻守にまで影響が出るほど。そして味方にも大きな影響を与える。


ヤツを初めて見たのはたまたまリトルの試合を観戦した時。マウンドに立つ女に不覚にも目を奪われた。同じ小学生とは思えない気迫、表情、ピッチング。この投手だけ別格なのは誰がどう見ても分かる。

全身に鳥肌が立った。
コイツの球を受けてみたい。コイツとバッテリーを組んでみたい。

その欲望は叶えられないまま俺はシニアに入った。そこでソイツと再び合間見えるとは思ってなかったが。
自己紹介で「どこでも守れる」と抜かすもんだから横槍を入れてやった。コイツ、あんなピッチングしときながら投手にこだわりねぇのかよ。思わず舌打ちしそうになった。

その考えは全く異なっていたと知るのはヤツの球を受けようと対面した時。さっきまでの腑抜けた顔は嘘のようなピリピリと刺す様な集中力、どこか遠くを見るような目。ただ突然生意気というか上から目線になったのには内心驚いた。二重人格ピッチャーと呼ばれるだけのことはある。

速いとは言えないストレートも変化球のおかげで生きている。変化球は変化が大き過ぎて、最初の頃は何度も後ろに逸らした。

「ボール追ってミット動かしたでしょ。動かすなって言ったじゃん!」
「うるせぇ!もう一回同じ球投げろ!」
「ムキになってると…ほーら!また逸らした」
「テメェ…!」

悔しくて何度も投げさせた。
コイツが投手以外のポジション着く気ねぇのなんてボールを受ければ直ぐに分かった。

それにコイツが誰よりも練習の虫なのはシニアのチームメイトほとんどの奴らが知っている。
シニアの練習が終わった後、俺はチームメイトと共に飯を食いに行った。その帰り、アイツが走っているのに遭遇。誰も声をかけられなかった。
女のアイツがあそこまでやってんのに男の俺らがこんなことしてていいのか。それから俺は練習終わりは素振りに精を出すようになった。

さらに試合になるとアイツの凄さを身をもって思い知らされる。打者としても中々癖モンだが、投手になるともっと癖モンだった。女だてらにエースで四番張ってただけある。

マウンドでは王様かってくらい我儘のくせに冷静さは失わない。投球が乱れる事なんて絶対ない。その上マウンドで謝った事は一度もない。

一番凄いのは試合中、ヤツのコントロールが良すぎて俺は全くミットを動かさないという事。
どんな場面でリリーフされようと己のピッチングを見失った姿を見たことがない。どんな精神力してんだか。
所詮、マウンドに駆け寄ったところで「寄って来なくていいから!邪魔!」と言われるのがオチだろうが。

投手としてこれほど尊敬できるヤツはいない。

「だーかーらー!私が打たれるわけないでしょ!はい!タイム終わり!散って散って!」
「勝手に決めんなこの馬鹿」
「もういいじゃん!暑苦しいなあ!」
「少し黙れ」

ウザい奴には変わりないが。

シニアを卒業する時、監督に驚くべき事実を伝えられた。あまり俺も意識してなかったが、ヤツがシニアで登板した回、全てノーヒットノーラン、四死球なし。登板回数が少ないとは言え、恐ろしい記録である事に変わりはない。

完璧すぎて人間かどうか疑いたくなる。だがマウンドを降りると周りを気にするただの世話焼きなヤツに早変わり。

「雅功、そろそろ帰らないと親御さん心配するよ?」
「まだ大丈夫だっての」
「あ、小太郎!さっき擦りむいてたよね!手当てするからそこ座って?」
「別に平気だって!」
「バイ菌入ったら大変でしょ?いいの?しばらく野球できなくっても」

世話焼きすぎてたまにウザい。テメェは母親か。

そんなヤツだから青道でマネージャーをやると聞いた時、向いてるだろうとは思った。ただ、投手としてのヤツは死ぬことになる。それが勿体なくてたまに球を受ける約束をしてしまった。
その時、嬉しそうに笑った姿が今でも思い出せる。この笑顔を引き出せたのが無性にむず痒かったのは捕手としての何かか、それとも。