いよいよ夏大が始まった。スタンドから観るという事に慣れてきたものの、マウンドに焦がれる気持ちを完全には捨てられない。
初戦と二回戦は危うげなく勝利を飾った。順当に行けば次の試合は市大三と当たる。それに勝てばベスト8入り。そのためにも試合を観戦する事になった。
貴子にスコアの付け方を教えながら観戦するのは楽しかったが、試合展開が早かったため彼女は必死の表情。それも可愛い。
「なんか藤原に教える時と俺らに教える時で違いすぎね?」
「女子に甘いんだよ#name4#は」
うるさいぞそこ。
三回戦。市大三とはシーソーゲームになり、一点差で青道が負けた。そして同時に三年生の夏が終わった。
スタンドから観ていた一年生は応援のメガホンを持ったまま立ち尽くしている。先輩たちは人目を憚らず涙を流した。先輩マネさん達と貴子も目に涙を一杯溜めて流すまいと必死だ。
「メガホン回収してきますね」
私はそう言ってその場から離れた。
野球部は次の日の丸一日、オフになった。三年生は寮を出て家に帰る時間、一二年生は気持ちの整理をつける時間なのだろう。
ちなみに朝のランニングをしている時、東先輩はもう素振りをしていた。さすがとしか言いようがない。彼は塞ぎこむ事なく、次の一歩へ繋いだのだ。
「おはようございます!」
その事が嬉しくて私は笑顔で一礼する。東先輩は驚いていたが構う事なく握りこぶしを見せ、何か言われる前に走り去った。
朝のメニューを終えたらすぐ学校に向かう。ビデオを見ようとしたら二年生の先輩が見ていたため諦めた。仕方なく用具の手入れを念入りに行う事に。
用具倉庫の鍵を借りようとスタッフルームに向かう。ノックすると監督の声が聞こえた。緊張しながらドアを開けると監督しかいない。
鍵を受け取り立ち去ろうとした時、監督に呼び止められた。
「田之倉」
「はい」
「昨日の試合、スタンドから見てどうだったか率直な意見が欲しい」
監督の目は射抜くように私を見ている。思わず背筋が伸びた。
私に何故そんな事を聞くのか分からない。こういう話は大人達でするものだろう。それでも聞かれたからには答えなくてはならない。私は一息ついてから口を開いた。
「先輩方のプレーはとても素晴らしかったです。しかし土壇場でのエラーが勝敗に大きく作用したと思います」
絶対的エースの不在だなんて、監督が一番身に染みているだろう。なので敢えてそこには触れなかった。
監督は「そうか」と言って俯いた。私は一言言ってから静かにスタッフルームを去る。
階段を降りると食堂から聞こえる泣き声はさっきより増えていた。