今日は練習試合。それもただの練習試合ではない。なんとテツ君がスタメン入り、丹波君がベンチ入りを果たしたのだ。
この試合のスコアラーは貴子が抜擢された。しかしまだ不慣れなため、少し離れた所から先輩とともに試合を見て記入するらしい。そのためベンチには私が入ることになった。
ベンチでジャグやアイスボックスを用意していると、テツ君と目が合った。彼は何か言うわけでもなく小さく頷いて見せた。
そんな彼が打席に立ったその初球。心地よい音と共に打球が右中間に伸びて行った。初スタメン初打席初ホームラン。
あまりの出来事に私は持っていたコップを落としそうになった。
ホームを回るその背中は誰よりもカッコよく誰よりも逞しい。本当に成長が早くておばさんついていけそうにないや。
遠くで一年生の喜ぶ声が聞こえてきた。伊佐敷君の声が一番大きくて少し笑ってしまう。
ベンチに戻って来た彼と目が合った。少し興奮しているのか顔にうっすら赤みが差している。再び小さく頷いた彼に私は満面の笑みで応えた。よく頑張りました。
その日の夜。一年生恒例の自主練オニギリタイムはいつも以上に盛り上がっていた。試合が終わった後も一年生はテツ君を囲んでいたというのにまだ足りないらしい。それほど仲間の活躍が嬉しかったのだろう。
「哲!お前なんなんだよ!」
「初打席初ホームランとか凄すぎんぞ!」
「正直出来過ぎだよね」
「こうしちゃいられねぇ!俺もバット振らねーと!」
「俺も!」
盛り上がっていたのが嘘のように今度は黙々とバットを振り始める彼ら。振れ幅が大きすぎて隣にいた貴子と目を合わせた。ふふっとどちらからともなく笑みがこぼれる。
「帰ろっか」
「そうね、邪魔しちゃ悪いし」
「今日は私が送るよ」
遠慮する彼女を無理やり納得させ、駅まで送り届けた。
一仕事終えた私はとりあえず来た道を戻り始める。さて、このまま帰るか、それとも学校に戻るか。
すると向こうから走ってくる音が聞こえてきた。街灯に照らされて現れたのはテツ君だった。
もしや「まだ終わってない」とここまで言いに来たのだろうか。彼は立ち止まり、息を整え口を開く。
「家まで…送らせてくれ」
以前彼が私を送ると言った時、私は「一人前になってから」と言って断ったのを、彼は律儀に覚えていたのだろう。
いじらしくて可愛くて、私は彼の頭をかき乱した。私がいなくなったのに気づいてからわざわざ走ってここまで来たのだろう。
その日は一回り成長した彼に家まで送ってもらった。