大きな犠牲と代償

頭が痛くなるほど脳内をフル回転させたのは久しぶりだ。更に投げ出したくなるほどの責任感ものしかかっている。

なのに楽しく感じてしまう私は相当なMかもしれない。マウンドとはまた違う、このプレッシャーが心地よくて仕方ない。
それに監督から「チームのため」と言われて燃えない人がいるだろうか。

選手の好きな練習メニュー、嫌いな練習メニュー、得意な練習メニュー、苦手な練習メニュー。考えても考えても足りないくらいだ。

ちなみにこの事を貴子や先輩マネさんには前もって伝えてある。貴子に「分析官としての初仕事ね!」と言われ、改めて気がついた。そうだ、この仕事結果は春からの仕事に繋がってくる。尚更気が抜けない。

「そんな大したものじゃないよ」と笑顔で答えながら心を引き締めた。まあ実際分析官ってほど大それた物ではないし。


「最近、休み時間も内職してるじゃん。何企んでんの?」

突然小湊君が振り返ったので、さりげなくノートを隠す。いや、別にバレても良いんだけど。今まで秘密にしてきたんだから貫きたい。つまんない意地なのは自覚済みだ。

「違う違う。これの返事を書こうと思って」

机から前もって用意していた囮を取り出す。これは少し前にもらったラブレター。もちろん、小湊君がこういうのに食いつくのは調査済みだ。
案の定、すぐに彼の手に渡り、端から端まで目を通された。ごめんなさい、手紙をくれた顔も知らない山下君。

そこへクラスの野球部が集まってきた。想像以上の騒ぎになり、冷や汗が垂れる。本当にごめん、山下君。

「へえ…#name4#がモテるのは知ってたけどこういうのも貰ってたんだ」
「ラブレターって初めて見た…」
「ウチのマネージャー、誑かしてんのは何処のどいつだ」
「隣のクラスか」
「見に行ってみようぜ!」

ぞろぞろと野球部全員が廊下に出て行ってしまった。廊下で伊佐敷君達にも声をかけているのが聞こえてくる。
恐る恐る廊下を覗いてみると、隣クラスのドア付近に野球部が固まっているのが見えた。
驚いたことにクリス君や丹波君、宮内君まで参加している。……野球部一年生勢揃いしているんじゃないだろうか。

手紙をくれた人たちには悪いけどしばらくこの作戦で乗り切らせてもらおう。

廊下が騒がしいのを無視して再びノートを開く。大きな仕事を成すためには犠牲は付き物だ、仕方ない。


「ドリンクありがとな、天使…ブフッ」
「テーピング頼む!女神…ブハッ」
「部長が呼んでたぞフェアリー…ブホッ」

それから何度かこの作戦を実施していたら、変な遊びが始まってしまった。
手紙の中で使用されていた単語で呼ぶもんだから溜まったもんじゃない。そして呼んだ本人達が爆笑し始めるのだ。

先輩達も興味を示し、私を「天使」やら「女神」などのあだ名で呼ぶのが野球部でブームになった。思いの外恥ずかしくて、少し後悔。

「シロは人間なのに皆何を言っているんだ」

テツ君だけ事態を把握していないのが唯一の救い。視界の端で小湊君が目を光らせたのが見えた。……吹き込ませないように警戒しなくては。