生徒たちはいつもの教室ではなく、体育祭会場の控え室に緊張した面持ちで集っていた。ちなみに公正を期すためにコスチュームの着用は基本的に不可とされている。
「さらさちゃん!いよいよだね!は〜もうドキドキが止まらないよ!」
葉隠が隣に座るさらさにそう言うが彼女は登校時から何度も同じセリフを言っていた。よほど緊張しているらしい。いつものさらさならば「……それもう5回目」と欠伸をしながら答えるのだろう。しかし。
「……うん、そうだね」
さらさは瞼を閉じたまま重々しく答えた。
葉隠の前に座っている耳郎やさらさの正面に座っている八百万は目を見開いて二人で顔を見合わせる。いつものマイペースなさらさはどこへいったのか。
どちらからともなく声をかけようとしたが、あいにく轟の緑谷への宣戦布告に遮られてしまいそれは敵わず。その後飯田に先導され一年A組は会場へ向かった。
『どーせあれだろォ!こいつらだろォ?!敵の襲撃を受けたにも関わらず、鋼の精神で乗り越えたキセキの新星!ヒーロー科!一年A組だろォオ!!!』
プレゼントマイクの紹介を合図にA組は大勢の観客が待ち構えている会場へと足を踏み入れた。
他クラスも紹介され、一年生全員が会場の中央に集まる。彼らの前に現れたのは鞭を振り回す18禁ヒーローとして名高いミッドナイト。今年の一年の主審は彼女ということだ。
そのミッドナイトに選手宣誓を指名された爆豪は静かに壇上に上がるとポケットに手を突っ込んだまま口を開く。
「せんせえ……俺が一位になる」
どうなることやらとハラハラしていたA組の面々は心の声を揃えた。
「「「(絶対やると思ったーーー!!!)」」」
周囲からのブーイングを爆豪は物ともせず「精々ハネの良い踏み台になってくれ」と言う始末。クラス委員長の飯田がすかさず独特な動きで注意するが、馬耳東風と言うべきか、爆豪の耳には全く届いていなかった。
「さすが爆豪ちゃん……やってくれるわね」
「…………」
蛙吸は隣に立っていたさらさを見上げる。周囲の喧騒など聞こえていないかのように彼女の周りだけ静かだった。蛙吸から見てさらさは決してお喋りではなく多くを語らないタイプだと思っていたが、ここ最近は異様なほど静かだ。
「(なんというか……嵐の前の静けさってやつかしら…)」
集中している、とは言い難い切迫した雰囲気に蛙吸はライバルとしてではなく一人の友人として心配そうにさらさを見つめた。
「さーて、それじゃあ早速始めましょう!」
「雄英って何でも早速だね…」
ミッドナイトの掛け声で全員が前を向く。麗日の戸惑う声など露知らず、ミッドナイトは説明を始めた。
「毎年ここで多くの者がティアドリンク!」
「………てぃあどりんく?」
「涙を飲むって意味よ、さらさちゃん」
少しいつもの調子に戻ったさらさに蛙吸はホッと息を漏らす。
ミッドナイトの進行により発表された運命の第一種目は“障害物競走”。コースを守れば何をしても構わない何でもアリの混戦レースだ。
「スタートッ!!!」
ミッドナイトの掛け声で皆一斉に駆け出した。
『さーて!実況していくぜェ!解説アーユーレディ?ミイラマン!』
『無理やり呼んだんだろーが……』
会場に響き渡るプレゼントマイクと一年A組担任の相澤の声。相澤は包帯グルグル巻きのためミイラマンと呼ばれるのも無理もない。
『早速だがミイラマン!序盤の見所は!』
『……今だよ』
相澤の言うように正に今、生徒たちはスタートすぐのゲートでひしめき合っていた。そんな最中スタートしてから一歩も動かずその場に留まる少女が一人。
「あの、ミッドナイト先生」
さらさは壇上に立つミッドナイトへ振り返った。ミッドナイトは鞭を振り回し声を張り上げる。
「もうスタートしたんだからグズグズしてるとリタイアさせるわよ!」
「……ここの地面もらっても良いですか?」
地面が少しなくなった所でセメントスにいくらでも直してもらえる。ただ“地面を貰う”とはどういうことなのか。少し面食らったミッドナイトは「い、いいけど……」と答えた。
『おーっとォオ?!?開始早々足を止めているカメがいるぜー?!どんだけマイペースなんだよ!』
『いや……あれはマイペースだがカメじゃねーよ』
さらさは一気に目を見開く。すると会場の土が砂に変わり、盛り上がったかと思いきやさらさを掬い上げると勢いよくゲートに入って行った。その素早さに開場が一気に沸き立つ。
『スロースターターなだけだ』
相澤は包帯の下でニヒルに口角を上げた。
二週間前、あのマイペース過ぎる少女に己がハッパを掛けたのが効いているらしい。
ただ良い方向に向かっているのかはたまた何か履き違えているのかは現時点では見当がつかない。普段はのほほんとしているが好戦的な側面も持ち合わせている彼女の事だ。どう転ぶかはまだ分からない。
「(しばらく様子見だな)」
相澤は深い息を吐いた。
轟が氷結で足止めした生徒達の頭上を物凄い速さで砂が駆け抜けて行く。
「なんだ!あれ!」
「見ろ!砂が人を運んでやがる!」
「うわっ!目に砂が!」
驚く声はさらさの耳には届かない。
ゲートを抜けた先には轟が作り出したアイスリンクが広がっていた。さらさは何事もなかったかの様に砂に乗ったまま氷の上を駆け抜けて行く。
『一年A組のスロースターター!遊砂さらさ!一気に最下位からトップに並んだーー!!!そのトップは同じく一年A組轟焦凍!!!』
「来たか遊砂」
「……お先」
「させねェ!」
轟の横を通り抜けようとするが右手をかざされる。瞬時に避けるが砂の半分は凍らされてしまった。さらさは小さく舌打ちをし、砂から降りると轟の後を追いかける。
そこへ峰田がやって来るが仮想ヴィランによりどこかへ吹っ飛ばされてしまった。
『さあ!いきなり障害物だァ!まずは手始め……第一関門ーーーロボ・インフェルノ!!!』
はたと見上げると目の前にはヒーロー科入試時に散々目にしたロボットが大量に並んでいる。迫る影に轟やさらさも思わず足を止めた。
「一般入試用の仮想ヴィランってやつか」
「………」
しかし立ち止まったのは一瞬。
「せっかくなら…もっとスゲエの用意してもらいてェもんだな……クソ親父が見てるんだから」
轟はそう言うや否や、右手で目の前のロボットを一瞬で氷漬けにしてしまった。そしてそのまま動きを止めたロボットの足の間を走り抜けて行く。
轟が推薦入学者の名に恥じぬ活躍をし、一位で第一関門を突破。尚且つ不安定な体勢のロボットはバランスを崩し地面に崩れ落ちた。