放っておけば二度寝してしまうし布団から出るのも一苦労。冬なんて特に酷い。
小学校中学校と今までの学校生活で寝坊がなかったとは言い切れないが、なんとか登校できたのは一重に根気よく起こしてくれる母のおかげである。しかしその有り難さに気づくのはもう少し先の話。
ふわああと欠伸を漏らしているとトントンと肩を叩かれた。
「さらさちゃんおっはよー!今日も良い天気だね!」
振り返ると制服がご機嫌な声で喋っていた。……ではなく。声の正体は葉隠。
実は昨日の帰り道、彼女とこの時間の電車のこの車両と決めて一緒に登校する約束をしていたのだ。
「おはよ……元気だね」
「うん!元気!朝からパンと目玉焼きとスクランブルエッグ食べてきちゃった!」
「よく食べるね、朝から」
「だって朝は全ての源だよ?!食べないと力出ないよー!さらさちゃんは何食べてきたの?」
「……食べてない」
「ええっ?!それはダメだよ!ちゃんと食べなくちゃ!」
「………」
「あれ?立ったまま寝てるの?!さらさちゃん?!おーい!起きてー!次の駅で降りるよ?!」
雄英高等学校ヒーロー科といえど午前は一般的な必修科目。最初の授業はプレゼント・マイクによる英語の授業。教師自体が煩いため賑やかな授業だったが、次の時間は打って変わって静かだった。
そんな中こくりこくりと船をこぐ者が一人。
「……じゃあ次のところを」
現代文の教師であるセメントスは一息溜めると、チョークを後方の席へ投げた。その手さばきは忍者のごとく。コンッと小気味良い音が教室に響いた。皆がチョークの飛んでいった先を視線で追うと……。
「いったい……」
「遊砂さん、お願いします」
赤くなったオデコをさすりながら涙目になっているさらさが居た。前の席に座っている八百万は慌てて教科書を差し出し読む場所を教えてやる。さらさは涙を拭いながらポヤポヤと朗読し始めた。
「わがはいは…ねこである。なまえはまだ…………」
「……遊砂さん?!もしかして立ったまま寝てらっしゃるの?!」
後で職員室に呼び出されたのは言うまでもない。
生徒たちは昨日のさらさと爆豪の一件を知っているが故に今ののほほんとしたさらさとのギャップに再び目を白黒させる事となる。
「「(何者なんだあの女子……!!!)」」
ランチラッシュによる美味しくて安いと評判のご飯が頂ける雄英の大食堂“メシ処”。今日も今日とて生徒たちで溢れている。
食券販売機に並んでいる葉隠が隣を通った人のトレーを見た途端、目を輝かせた(ように見えた)。バッと振り返って一緒に並んでいたさらさのブレザーの裾を引っ張る。
「さらさちゃん!今の見た?見た?!」
「何を?」
何も考えずただポケっとしていたさらさが見ていたはずもない。コテリと首を傾げた。
「今通った人、キャラメルプリンっぽいの持ってた!あれ絶対キャラメルプリンだったよー!絶対食べなきゃ!」
「キャラメルプリン好きなの?」
「キャラメルプリンというよりキャラメルが好きなんだよね〜」
丁度その時、食券販売機の順番が回ってきた。鼻歌を歌いながら小銭を投入する葉隠。さらさはそんな後ろ姿を見守りながら「(キャラメルが好きなのか……覚えとこ)」と心に決めていた。
「ランチラッシュのご飯ってだけでも楽しみなのにキャラメルプリンのおかげでますます楽しみだよ!早く食べたい!」
「他は何にしたの?」
「カレーにしたよ!」
「カレーとキャラメルプリン……」
組み合わせ的にどうなのだろう。そう思ったがルンルンな彼女に水をさしてしまわぬよう口を噤んだ。
「さらさちゃんは?」
「春限定、春野菜グラタン」
ホクホクとした表情で食券を両手で広げる。春野菜と一括りに言っても色々あるためドキドキ玉手箱を開けるような気持ちだった。
「春野菜ってアスパラとかかな?好きなの?」
「ううん、グラタンが好き」
「そうなんだ!それは食べなきゃだね!」
二人は一旦別れ、食券を手に受け渡し口へ並ぶ。並んだグラタンの列は限定メニューのせいか特別長い列だった。
ふと前を見ると目の前には少し見覚えのある後ろ姿。大して面識もなく話したこともないが彼は一応クラスメートだ。挨拶すべきかと悩んでいたら突然後ろから大きな声がした。
「上鳴!席は瀬呂が確保してくれたってさ!」
「お!切島!さんきゅー!」
振り返った彼と目が合ってしまう。パチクリと瞬きを一つ。
「「あ!砂使い!」」
後ろと前から指を刺された状態で瞬きを繰り返した。後ろを振り返ると赤髪、前を見ると金髪。奇抜な色に挟まれ、交互に見ると尚更目がチカチカする。ただ芦戸と同じような勘違いをしていたため列を進めながら彼らにも淡々と説明したのだった。
「というわけ」
「なるほどなー、納得だわ。個性把握テストん時も昨日の帰りのホームルーム直後もある意味すげー奴だとは思ってたけど……今日セメントス先生の授業、あれは笑った!」
「立ったまま寝るとか凄ワザすぎるっつーの!」
「……普通にできると思うけど」
「「できねーよ」」
その後、春限定春野菜グラタンを手にすることができたが、席取りをすっかり忘れていた。困った二人に切島たちが相席を提案してくれたおかげで無事食べることができたのだった。
「そういえば結局グラタンの中身はなんだったの?」
「アスパラ、グリンピース、カブ、キャベツ、菜の花……あ、あとサヤエンドウも入ってた」
「すっごい盛りだくさんだったんだね!」
「俺……アスパラと菜の花嫌い…あとカブも」
「上鳴、なんでお前それ頼んだんだよ……」