「待ってください!ジェラールは記憶を失っているんです!何も覚えてないんですよ!」
両手を拘束され、大人しく従うジェラール。そんなジェラールを見て、ウェンディが止めようとするその発言に少し期待をしてしまう。
「刑法第13条によりそれは認められません」
「で、でも!」
「いいんだ、抵抗する気はない。君の事は最後まで思い出せなかった。本当にすまないウェンディ」
「このコは昔あんたに助けられたんだって」
「そうか…。オレは君たちにどれだけ迷惑をかけたか知らないが、誰かを助けた事があったのは嬉しいことだ」
行かないで。一人にしないで。側にいてよ。酷く泣きそうな顔をしてたと思う。
そんなあたしをナツが見てるなんて知るよしもなかった。
「エルザ、いろいろありがとう」
エルザは小刻みに震えていた。あたしには怒りと悲しみで震えているように見えた。
でも、なんで…?
「他に言う事はないか?」
「ああ」
「死刑か無期懲役はほぼ確定だ。二度と誰かに会う事はできんぞ」
あたしには、何も言ってくれないの
「行かせるかぁぁっ!!」
ジェラールが連れて行かれる寸前でナツが評議院を殴った。これにはあたしもエルザも評議院もその場にいるみんなが驚いた。
「そいつは仲間だぁ!つれてかえるんだー!!」
「ナツさん…」
「よ、よせ…」
「と、取り押さえなさい!」
小さく拒否するジェラールの声も無視して、ナツを取り押さえようとした評議院たちを今度はグレイが殴る。
「気に入らねえんだよ!ニルヴァーナを防いだ奴に一言のねぎらいの言葉もねえのかよォ!!」
「それには一理ある。その者を逮捕するのは不当だ!」
ジュラさん、一夜さん、それにルーシィにハッピーも加わって評議院に抵抗した。動かないのはあたしとエルザとジェラール。泣き叫ぶのはウェンディ。
「来い!ジェラール!!…お前は、アリスから離れちゃいけねぇっ!大切なんだろ!ずっと側にいるんだ!!」
『(な、つ…)』
あんなにも、数分前まではジェラールのことを怒りの目で見ていたのに、今はこの場にいる誰よりもジェラールを仲間と呼び助けようとしている。
それに、あたしとジェラールのことなんて、ナツには分からないのに、何か悟ったのか繋ぎ留めようとしてくれた。
「だから来いっ!オレたちがついてる!仲間だろ!!」
「全員捕らえろォォォ!公務執行妨害及び逃亡幇助だー!!」
あたしとエルザは戦っていない。本当なら評議院を倒してジェラールを助けてあげたい。
でも、それはジェラールが本当に望んでいることなのか。この場から逃走して、この先評議員や様々な人の疑惑の目を浴び、逃れ。そんな生活に本当の幸せはないことなんて、わかっている。
だから、少しだけ、時間を頂戴。
ぼそりと大切な親から教えてもらった、その魔法を呟いた。そして、ジェラールだけ心の中で呼びかける。
「……アリス」
『…ジェラール』
ああ、この全てが静止している空間にはあたしとジェラールだけなんだ。ずっとこの時が続けばいいのにな、なんて。
周りを見て状況を把握したのか、目を閉じた後ゆっくり開いて、微笑んでジェラールは言った。
「…素敵な魔法だ」
『!!!』
「時を閉じ込めて、アリスと二人、夢の中にいるみたいだ」
『ふはっ、なにロマンチックなこと言ってんの』
「最後なんだ、許せ」
そう、最後。
濃い一日だった。死亡説まで出てて、行方不明になっていたジェラールをあたしとウェンディで治して、目を覚まして。記憶がなくなってて、ナツに力を分けて、六魔将軍を倒して。
『すごく辛くて幸せな一日だった』
会いたかった人は記憶がなくなってたのに、再び想い合うことができた。
もう一度触れることができた。
『記憶がなくても、あたしはジェラールに会えて本当に嬉しかった』
「すまない、思い出したくても、最後まで何も思い出せなかった、」
『あたしの魔法がもっと上達したら、記憶の復元できたかもしれないね』
「…自信を持て。俺はお前の魔法が好きだ」
『…っ、知ってるよ』
(俺、君の魔法が大好きだ!)
『…ごめん、まだ慣れてなくてさ、そろそろ、』
「そうか、俺のために、わざわざ」
『あたしのためでもあるから。…今ならまだ、逃げれるよ?』
「知ってて聞いてくる。君はずるいな、」
『なんて。ジェラールの望んでること、わかるよ。…じゃあ』
終わらせようか
カチッと耳の奥で音が響いた。
目を開けると、先ほどの静けさが嘘のように評議員に囲まれ、戦闘しているみんな。
あたしがエルザの力の入った握り拳を上から包み込み、目を合わせて微笑むとエルザは声をあげた。
「もういい!そこまでだ!!」
エルザの声に全員の動きが止まった。評議院も。
「騒がしてすまない。責任は全て私がとる。ジェラールを…、つれて、いけ…」
そう言ったエルザは少し辛そうだったけど何よりジェラールが嬉しそうだった。それはあたしにもすごく嬉しいことだった。
「エルザ!」
ナツが納得いかないように声を上げた。ジェラールは何か思い出したように振り返り、エルザに微笑んで言った。
「そうだ…。おまえの髪の色だった」
エルザは悔しそうに「ああ」と言った。そのまま足を進めていくジェラール。
あたしは最後にジェラールと数秒の時間を過ごせて嬉しかったよ。
そんなあたしの気持ちに気付いたのか否か、ジェラールが足を止めてあたしの方を向いた。その視線からは愛しさを感じるのは自意識過剰とかではない。
「…アリス」
『………』
「一緒の時を…、いや、何でもない。一緒に生きたかった。そばにいてやれなくて、すまない」
『ジェラール…』
周りが聞いたら、一緒の時?ってきっとなるけど、あたしは分かった。それを言葉にしないあたりがジェラールの気遣いなのだろう。
もう会いたくても、会えないんだから。
「さよなら、アリス」
『さよなら、ジェラール』
一緒の時を二人の楽園で過ごそう。一緒に生きていこう。
それに側にいてやれなくてってことは昔の約束を思い出してくれたんだね。
一言で表したら、そうだね…
___ありがとう
○
『あたし、生きていても何もない』
「アリスの目は苦しそうだ」
『あたしの目?』
「君の笑顔が大好きだ。泣いてる顔はオレを苦しめる」
『もう、笑えないよ。誰もあたしの側にいてくれない…。こんな世界壊れたらいいんだよ』
「オレが、ずっと側にいてやる」
『…ジェラールが?』
「オレとアリスが幸せになれる、一緒の時を過ごせる楽園をオレは作ってみせる」
『幸せ……。あたし、ジェラールと一緒に生きたい…』
「ああ、一緒に生きていこう。俺はアリスが好きだ」
『あたしも好きだよ』
○
『愛してくれて、ありがとう』
一人で森の中を歩く。ただただ目的もなく、みんなと距離をとりたかった。一人になりたかった。
大きな樹木が朝焼けの光に当たり神秘的に輝いていた。
そこに両手をつき、額もコツン合わせる。そのまま足の力を抜き座る姿勢に変えると、合わせたままの額が擦れてひりひりする。
『ジェラールっ、ジェラール、ジェラールジェラールジェラールっ!!!』
一緒に生きていたかった。
ただ、隣にいてくれるだけでよかったんだよ。
「アリス!空はオレ達の色だ」
『あ、ああぁ、っあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!』
7年越しの片思い、結ばれたけど、叶うことはなかった。