化猫の宿の真実

「わぁ!かわいい!」
「私の方がかわいいですわ」


ジェラールが評議院につれていかれた後あたしたちはアリスとウェンディのギルド、化猫の宿で一休みしてから、ボロボロになった服を着替えた。


「ここは集落全部がギルドになってて織物の生産も盛んなんですよ」
「ニルビット族に伝わる織り方なの?」
『ん、まあね』


ウェンディは分からないようなのでアリスが代わりに答えてくれた。

昨日の、ジェラールと離れてからのエルザの顔色はよくない。楽園の塔での出来事は、あたしは先に脱出したからその場で何が起こったのか、深くは知らない。だから、まさかジェラールに深く関係しているのがエルザだけじゃなくて、アリスもだったなんて驚いた。


昨日、ジェラールが評議員の人たちに連れて行かれてから、エルザとアリスは静かにその場を離れた。
二人がいなくなっても、あたしたちは誰一人何も話さず、移動もせずに、ただ時が過ぎるのを待っていた。そんな中、


『ああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!』


アリスの声が広い森の中であたしたちの元まで届いてきた。
初めて会った時、すごく可愛らしい人だと思った。ニコニコして、元気で、でもどこかアホっぽそうな雰囲気が出てて、ナツと同じだけど少し違う太陽みたいな人だと。

だから、そんなアリスのあの声が、離れない。

ナツは同じ滅竜魔道士だからか、また違う理由なのかわからないけど、その声が聞こえた瞬間、ひどく顔が歪んだ。それは、ナツだけじゃなかったけど、ナツが特に気にしていた。
あと、ウェンディも。きっと今まで一緒に育ってきて、アリスのあんな姿を見るのは初めてなんだろう。すごく悲しい表情をして、アリスの声が聞こえた方をじっと見ていたその目からは静かに涙が流れていた。


その先はあまり記憶がない。
誰が話したのか、誰が先に動いたのか覚えてないけど、あたしたちはみんなで化猫の宿に到着していた。

化猫の宿のギルドの人に傷の手当てをしてもらい、声をかけてもらうと、自然と普通に話すようになってきたわけだ。


「ところで化猫の宿はいつ頃からギルド連盟に加入してましたの?」
『いつだっけ?』
「私、失礼ながらこの作戦が始まるまでギルドの名を聞いた事がありませんでしたわ」
「そういえばあたしも」
「そうなんですか?うわ、ウチのギルド本当に無名なんですね…」
「どーでもいいけどみんな待ってるわよ」
「はやくなのー!」


ギルドの外へでるとあたしたち以外のみんなが揃っていた。マスターやギルドのみんなもいたのであたしとウェンディはマスターの横に立った。


「妖精の尻尾、青い天馬、蛇姫の鱗、そしてアリスにティアナ、ウェンディにシャルル。よくぞ六魔将軍を倒しニルヴァーナを止めてくれた。地方ギルド連盟を代表してこのローバウルが礼を言う。ありがとう、なぶらありがとう」
「どういたしまして!マスターローバウル!六魔将軍との激闘に次ぐ激闘!楽な戦いではありませんでしたがっ!仲間との絆が我々を勝利に導いたのです!」
「「「さすが先生!」」」
「ちゃっかりおいしいトコもっていきやがって」
「あいつ誰かと戦ってたっけ?」


マスターがお礼を言ったのに対して一夜さんが代表となっていろいろ話したけどグレイとルーシィに陰ながらつっこまれていた。
まあ、あたしも一夜さんが戦ってるところは見てないんだけどね。


「この流れは宴だろー!」
「あいさー!」


ナツが言ったことでみんなが騒ぎ出した。でも化猫の宿のみんなはそうではなかった。何ともいえない空気が流れてウェンディは不思議そうにマスターを見た。


「皆さん、ニルビット族の事を隠していて本当に申し訳ない」
「そんな事で空気壊すの?」
「全然気にしてねーのに、な?」
「マスター私も気にしてませんよ」
『…ウェンディ、あのね、』
「アリス、ワシが話す」
『…わかった』


マスターは改まってみんなの方に向き直った。そして話し出した。


「皆さん、ワシがこれからする話をよく聞いてくだされ。まずはじめに、ワシ等はニルビット族の末裔などではない。ニルビット族そのもの、400年前ニルヴァーナをつくったのは、このワシじゃ」


マスターが事実を言えばみんな驚いて、ウェンディは何を言ってるのかわからないって顔をしていた。

マスターは400年前に戦争を止めるため、善悪反転の魔法ニルヴァーナをつくったけど、闇を光に変えた分だけニルヴァーナが闇をまとった。人々から失われた闇は、ニルビット族にまとわりついて殺し合い全滅した。生き残ったのはマスターだけだけど、肉体は昔に滅んで今は思念体に近い存在、マスターは罪を償うために力がないマスターの代わりに、ニルヴァーナを破壊できるものが現れるまで、400年ずっと見守ってきた。


「今、ようやく役目が終わった」
「そ、そんな話…」


マスターが話し終えると、化猫の宿のみんなが少しずつ消えていった。


「騙していてすまなかったな、ウェンディ。ギルドのメンバーは皆、ワシの作り出した幻じゃ」
「何だとォ!?」
「人格を持つ幻だと?」
「何という魔力なのだ!」


マスターはニルヴァーナを見守る為にこの廃村に一人で住んでいた。でもそこにあたしが現れて七年前にウェンディを抱えた一人の少年が来た。あたしはその場にいなかったけど、今思えばその少年がウェンディがずっと焦がれていた人、ジェラールだったのかもしれない。
幼いウェンディはジェラールがギルドに連れてってくれると言った、とマスターに告げると、マスターはギルドをつくって、そしてウェンディのために幻の仲間たちを作った。


「ウェンディの為に作られたギルド、」
「そんな話聞きたくない!バスクもナオキも消えないで!」
「ウェンディ、シャルル、もうおまえたちに偽りの仲間はいらない。本当の仲間がいるではないか。そしてアリス、ありがとう、魔力を返そう…」


あたしの体にマスターに渡していた魔力が戻ってきた。思念体となったマスターに足りなかった分の魔力を渡していた。
あたしは最初からみんなが偽りって事を知っていた。

でも…


『あ、たしこそ、ありがとう…!』
「アリス、ワシはおまえに謝罪しなければならん」
『謝罪、?』


何もされた記憶がない、それに謝るならあたしの方だ。たくさん迷惑かけて、わがまま言って、それでもここまで面倒を見てもらったのに、


「…ジェラールのことじゃ」


!!!
どうしてマスターがジェラールのこと、


「楽園の塔が完成した時、ジェラールはアリスとコンタクトを取ろうとした。しかし、ワシが魔法で拒絶したんじゃ」
『なん、で、』


ジェラールが約束を覚えていてくれた。

楽園の塔が完成したら、あたしと一緒に世界を作るって。だから、あたしを呼んでくれた。
あたしのこと、忘れてなかったんだ


「…お主とジェラールを会わせるべきではない、と思ったんじゃよ。闇に囚われたジェラールと、あの頃のお主はな」
『…マスターは全部知ってたんだ』
「無駄に永い時間過ごしたわけじゃないからのう。本当にすまない、」
『、いいの。ずっと、守ってくれてたのね』


ジェラールのことが大好きで、あたしの全てだった人。セレスティーネと別れた後、孤独になっていたあたしに光をくれた人。一緒にこの世界を作り替えて、二人が幸せになれる世界を作ろうとした人。

作り替えたかった昔とは違って、今のあたしには、この世界で守るべき大事なものが多すぎた。

楽園の塔が完成した時、ジェラールと会ってしまったら、どうなっていたんだろう。意見の食い違いで戦闘、にはならないな。あたしはジェラールに攻撃できない。
それに、魔法を完璧に使いこなせていないあたしに、ジェラールを倒すなんて、出来ない。

セレスティーネから受け継いだ大好きな魔法なのに、自分の魔力が怖い、魔法を使うのが、怖いんだ


「自分の魔法に誇りを持て。そうすれば、想いが力になる」
『あたしの、魔法…。できるかな、』
「自分の魔法を無碍にするな。この先、簡単な道ではないが、乗り越えてみせるんじゃ」


出来る、と直接言わないマスター。だけど、乗り越えろって負けるなって言ってくれた。もう、誰も失いたくない、だから負けないよ。


「おまえたちの未来は始まったばかりだ」
「マスター!」
「皆さん本当にありがとう。アリスとウェンディ、ティアナとシャルルを頼みます」


マスターは最後に言葉を残し、パァっと光の粒になって消えた。
ウェンディは声をあげて泣き崩れた。シャルルもなんだかんだで目に涙を浮かべていた。

この日がいつかくるとは思っていた。当たり前だ、マスターはニルヴァーナを無くすのを目的に思念体として生きてきた。ニルヴァーナのことを聞きつけた闇ギルドが現れて、それを阻止したら、マスターの役目は終わる。
わかっていた未来、いつか離れることは理解していた。そうなれば、一人で旅でも始めるか、違うギルドに入るか、とか気楽に考えていたけど、
どうもこのギルドに肩入れしすぎてしまった。

マスターが作り出した思念体でも、依頼から戻ってくるたび声をかけてくれる、飲みに付き合ってくれてしょうもない話を延々と聞いてくれる、そんな日常の中で大切な仲間になってしまった。

だから、この依頼がきたとき、覚悟はしていた、はずなんだけどな。


「アリス…」
「アリスちゃん…」


目が熱い、頬が冷たい。

ルーシィとティアがあたしの名前を呟くのが耳に入ってきた。二人の方を向く気も、声を出して応える気力もなかった。
ジェラールと別れたあの時に泣きすぎて、喉を潰しすぎて、涙なんて枯れてしまったけど、人の体って不思議なもので、感情が追いつかなくても勝手に涙は流れる。
無表情のまま、声も出さずにただただ静かに涙を流し続けるあたしは、さぞかし不気味だろう。

この場にいる全員の視線があたしとウェンディに向けられて、人前で涙なんて絶対に見せたくないけど、ずっと家族のように育ってきたギルドのみんなとの別れだ。初めから全部知っていたけど、それでも、分かっていても辛いものはある。
ティアはあたしの涙を見て、声を上げて泣いていた。


「愛する者との別れのつらさは、仲間が埋めてくれる…」


緋色の髪が、あたしの視界で揺れたと思えば、あたしの手を引いてウェンディの元まで。


「___来い、妖精の尻尾へ」


エルザに肩をぽんっと叩かれてウェンディは頷いた。それと同時にあたしも握り締めてくれている手をぎゅっと握り返す。


物語は始まった。
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