エドラスのあたし

『どこやねんここ』


あの後変な薬を嗅がされたせいか、眠ってしまったあたしが目を覚ました場所は、メルヘンチックなピンクと白を基準とした部屋。大きなベッドに寝かされていたらしい。服もピンクのフリフリのネグリジェになってた。
あたしにピンク似合わないから、すごく場違いな感じがするんだけど。


『さて、どうしよっか』


連れて行かれた三人も、追い詰められた顔をしていたティアたちも気になる。
…あれからどれくらい経った?薬のせいで頭ガンガンするし、魔法使えたら治せるのに。


「あれ?起きた?」


ガチャっという音と共に、扉から入ってきた紫の髪に白のメッシュが入った男。閉まった後は、魔法でロックされたっぽい。


『…ここどこ、』
「ふーん、ほんとにアースランドのアリス様なんだ。エドラスのアリス様とは全然違うね」
『くんなくんな!!』


その男が一歩ずつ近付いてくるが、今のあたしは拘束されている腕輪のせいで魔法が使えないから、普通に怖い。


「ここはアリス様の部屋。オレはヒューズ、エドラスのアリス様の護衛騎士だったんだ」
『だった…?』


目の前まできた男は、そのままあたしの顎を乱暴にグイッと掴む。


「消えたんだよ」
『えっ、』
「急に、消えちまったんだ」


…なんだろ、なんか、悪い人ではなさそうに思えてしまった。あたしを見るその顔が、すごく寂しそうで。
たしかに、エドラスのルーシィもナツも、最近あたしに会えないって言っていた。消えた…?


「陛下は仰った、アースランドの魔力をエドラスのものにすれば、アリス様は戻ってくると」
『、なにそれ』
「オレの全てだったんだ、あの人は。オレだけじゃない、エルザや他の人たちもだ。だからよォ、あんたたちに邪魔されたくねーんだ」
『そう、なの。…て!ちょと近い近い近い!!!』
「あんたもアリス様に変わりはないっしょ?欲しいんだよ、あんたが」


ちょちょちょちょちょい!まて!!!顔を近づけて来ないで!あたしはあたしであって、エドラスのあたしではないから!やめてー!!
魔法が使えなくて、さらに薬で力が入らない、こんな時、自分の無力さと、男女の力関係が腹ただしく思えてくる。しかも頭痛いし、
ヒューズの手があたしの足をなぞり、もう片手は頬に手を当てて、確実にやばい雰囲気になっていた。


「…ヒューズ」
「ちっ、邪魔すんなよ」
『える、ざ、?』


ロックを解除したエルザが扉に背を向けて立っていた。たすかった、


「つーかエルザは処刑しに行ったんじゃねーの?」
「今から行く。その前にアリス様に会っておこうと思ってな」
『処刑って、?』


嫌な予感がした。


「あの金髪の女だよ」
『な!なんでルーシィが!ナツとウェンディは!?』
「滅竜魔導士は貴重な魔力の持ち主だからな、処刑はしない」
『…あたしもその一人なんだけど』


そこまでは知らなかったのか、目を見開く二人。
そんなことより、どうにかして、ルーシィを助けにいきたい。処刑になんてさせない。


「まじかよ、どうするエルザ」
「…とりあえず陛下に報告を」


陛下ってあの魔水晶砕けさせた人でしょ?どうしてみんなあんな人について行こうとするのか、

ちょっとまって、ティアたちは、?


『待って!ティアは!?』
「ティア?…ああ、エクシードのことか」
「今頃国に戻って褒美でももらってんじゃねーの?」
『国?褒美?』


だめだ何もわかんない。

ティアたちはエクシードと呼ばれており、このエドラスで唯一魔力を持つ者。
エクシードがアースランドから滅竜魔導士を連行して、エドラスでの永遠の魔力にする、それが使命らしい。

シャルルが放棄したと言ってたのに、なんで、、
もう訳わかんないし、みんな無事ならそれでいいわ!


「そういえばヒューズ、陛下がお前をお呼びだ」
「えー、陛下の命令なら仕方ないかあ。また後でね、アリス様」


ニコニコしながら手を上げて出ていったヒューズ。何をされるかわからないので、後ででも、できれば会いたくない。

はあ、とため息をついていたら、感じる視線。エルザがあたしをじっと見つめて何かを思い出してるようだ。




『エルザっ』
『もし魔法がなくなっても、みんなが居てくれるだけでいいのです』
『一人にさせません、私がそばにいます。だからエルザもずっと私とお友達でいてくださいね?』
『っ、ごめんなさい、約束、守れなくて…』

「アリス様っ、!」
あの人を護れるなら、私は何でもできたのに…

あの人のことを忘れたことなんて、一日もなかった。


『あのねエルザ、アースランドの私が…』




そうだ、アリス様はアースランドの自分のことを話したことがあった。もしかして、アースランドのアリス様なら、エドラスのアリス様を…


「・・・・・」
『エルザ?どうしたの?…っ!』


痛い。
このお城に連れて来られてから、定期的にくる頭痛。これは薬のせいだと思ってたけど、なんか違う気がする。何かがあたしの頭に入ってこようとする、そんな感じ。
頭を抱えて唸るあたしに、エルザがハッとして近付いてきた。


「アリス様!?」
『っ、エルザ、お願い、、この腕輪を外して』
「…それはできません」
『お願い…!エドラスのあたしに、会いたいんじゃないの…!!』
「そ、れは、だが!アリス様は消えてしまった…」


っ、また、頭が痛い。それに何これ、何かが映像が、あたしの頭の中に…

この部屋にいる、あたし…?
それに、エルザと何か話してる?


『…一人にさせません』
「!!」
『私がそばにいます』
「アリス、さま…」
『だからエルザも、ずっと、私の友達でいてくださいね』
「どうして、それを…」


やっぱり、これは、エドラスのあたしの記憶だ。
つまり、誰かがずっと訴えかけてきてる、この頭痛はあたしがあたしを呼んでるんだ。


『エルザ、あたしがエドラスのあたしを見つける』
「…そんなこと、信じられるわけ」
『信じて。あたしにしか、きっと救えないの』


痛み続ける頭痛に耐えながら、エルザを見つめる。
数秒がすごく長く感じたが、エルザが顔を伏せて、あたしの手を拘束している魔道具を解除し、背を向け扉のロックも解除した。


『エルザ…!』
「アリス様は決して嘘はつかない人だ。…叶うならもう一度、会いたい…」
『うん、あたしが…っ』


拘束具が取れたことで魔力がじわじわ戻ってくる。それと同時にさらに強い頭痛がきたかと思えば、鮮明に聞こえる声と映像。


《…アースランドの、私》
《お願いします、ここまで、きてください。時間がありません》


「アリス様?」
『…時間がない、行かなくちゃ』
「どちらに、」
『もちろん、エドラスのあたしを助けにだよ。ありがとエルザ!』


そう言って、着ているネグリジェから召喚した着物に着替え、走り出した。
必ずあたしを見つける。

そう決意したが、何せお城なわけで、広すぎて、エドラスのあたしが訴えかけてくれた映像だけじゃ見つけることができない。


『あー!もう!どこよ!』

「…アリス様?」


ギクゥ!と体が震えた。普通あたしはあの部屋に拘束されてるわけで、ここにいてはいけないのだ。
ビクビクしながら振り返ると、綺麗な金髪をしたなかなかのイケメンが。青い天魔にいてそうだな…


「いや、アースランドのアリス様ですね」
『あ、っと、えー、と』
「…案内します」
『え?』


案内ってどこに、てかこの人誰。ついていってもいいのか、罠なのか、警戒をしているとその人が近づいて、表情を変えずにまっすぐあたしを見る。


「エドラスのアリス様をお探しでしょう?」
『どうして、それを…』
「私も、ずっと探していました」
『ずっと?』
「はい、私の、全てでした」


『今日からあなたは私の大事な人です』
捨てられた自分に居場所をくれた人
『私があなたを護ります』
自分の地位を投げ出しても、周りを護ろうとする人
『レオン、もしもですよ、私が居なくなったら、その時は…』


「アースランドのアリス様の手助けをするように、と」
『いいの?あたしはこの世界から魔法を消そうとしてるんだよ』
「エドラスのアリス様の意思ですから。魔法が無くなっても、大事な人が近くにいてくれるだけで、何よりなんです」
『…みんな、わかってるはずなんだよね。レオンみたいに、魔法に縛られずに前を見て未来を歩けばいいのに、』


あたしもギルドのみんなが近くにいてくれて、すごく幸せだけど、こっちのあたしも、たくさんの人に愛されてるんだ。


『よし!じゃあ、取り戻しに行こう』
「しかし、誰も見つけることができず、」
『あたしわかるよ。でも城内を把握できてないから、案内して欲しいな』


レオン、と名乗った男性に断片的に見えた映像を伝える。
思い当たる節があるのか、そこに案内してもらった。


『ここは…』


一層豪華な装飾が施された扉。しかし中に入ると人の気配は全くなく、人一人見当たらない綺麗な部屋だった。
人が生活している感じがなくて、でも女性が使っていそうな豪華な部屋。


『もしかして、ここ…』

「アリス様は、どこに…」


《…魔法を使ってください》

『魔法?』

《あなたが使える、時の魔法で、この部屋の時間を過去に戻してください》


『!、過去に…。ごめん、あたしその魔法、使えない』


対象のモノの時間を過去に戻す。
セレスティーネに教えてもらった大事な魔法。普通なら使えるはずだが、あたしは、あの日から、この魔法が使えなくなった。

リサーナを救えなかったあの日から___


《そんなっ、これしか方法がないのに、》

「アリス様?どうしました?」
『ごめん、レオン、あたしエドラスのあたしを救えない…!』


救いたい気持ちはもちろんある。
なのに、魔法を使うことができない。あんなにエルザにも、レオンにも助けるなんて大口叩いたのに、あたし結局、誰も救えない。


「な、ぜ、」
『…エドラスのあたしを救うには、魔法を使わないといけないの』
「魔法を?」
『そう、あたしが使える、時の魔法。対象のモノの時間を過去や未来にうつすことができる』
「使えるなら、何故?」

『…過去にこの魔法で人を失ったの』


救えなかった一つの命が、ずっと心に残っている。


「…でしたら次は、その魔法で救ってください」
『!、でも、無理だよ、怖くて使えないの!』

「…今回は、救えるかもしれない命を見捨てるんですか」


その言葉に伏せていた顔をあげると、真っ直ぐにあたしを見つめるレオンが。


『っ!簡単に言わないで!救えなかったの!!あの時!それだけじゃない、大事な人も傷つけた…』


あの日のミラの声を、顔を、忘れたことなんてない。


「ずっとそうやって、過去に縋り付いているつもりですか」
『、忘れないようにしなきゃいけないの、あたしなりの贖罪だから』
「…いい加減にしてください」


レオンの雰囲気が変わった。


「いつまで過去に縛られるつもりですか。あなた言ってましたよね、魔法に縛られずに前を見て未来を歩け、と」
『それは、』
「その言葉を口に出すことができるなら、あなたも乗り越えることができる」


また優しい雰囲気のレオンに戻る。


「それに、魔法がうまくいかなくても、私が証明します。あなたが全てをかけてアリス様を救おうとしてくれた、その想いは必ずみなさんに伝わります」
『レオン…』
「あなたに全ての罪を背負わせるなんて、そんなことさせません。他人任せなのはわかっております、ですが、どうか、お願いします…!」


…やってみるしかない。
レオンには扉を開けたまま、部屋の外に出てもらい、部屋中に魔法を使う。
あたしの親から教えてもらった、特殊な滅竜魔法。


『時間操作、過去!』


この部屋だけ、過去に戻す。ここにエドラスのアリスがいたなら、いなくなってしまったなら、この場所をあたしがいた時まで戻せばいい。
魔法陣が出て、光り輝いた後、真ん中にいたのは、


「っ!アリス様!!!」
『…エドラスのあたし、』
「アースランドの私…、」

「『会いたかった、アリス』」


レオンが感激のあまり、その場に崩れ落ち涙を流す。レオンがいなかったら、こうしてエドラスのあたしに会うことができなかった。あたしが魔法と向き合うことが、出来なかった。


「時間がありません、アースランドの私、」
『うん、わかってる』


お互い近づいて、両手を重ねる。
あたしたちを中心に薄紫の光が部屋中を照らす。


「私の魔力を、アースランドの私に」
『エドラスのあたしの魔力を、あたしに』


より一層輝きが増した後、静かに光は消える。


「…これで、大丈夫です」
『間に合ってよかった、』

「アリス様?いったい、なにを…」


状況把握ができていないレオンが問う。


「私には、生まれた時から魔力があったのです」


エドラスでエクシード以外、唯一魔力を持つ存在だった。しかしエドラスの世界が異端者と感じたのか、魔法がこの世界に馴染まなかったせいか、空間の狭間のようなところに閉じ込められてしまった。
透明人間みたいなものだ。誰にも気づいてもらえず、認識されず。もしも、自分の存在が危うくなったら、アースランドの自分なら助けられる、でもそれは限りなく不可能に近いことだった。
存在が消えそうな時、アースランドの自分がこの世界に来たのを感じ取った。


「そして、この城に来てからは直接本人に語り続けていました」
『その声が、記憶が、あたしの中に入ってきたから、エドラスのあたしの考えがわかったの』
「私の魔力をアースランドの私に奪ってもらう。それが私がここに居続けれる最終手段だったのです」
「じゃあ、アリス様は、もう、、」

「ええ、どこにもいきません。ちゃんとみなさんのそばにいますよ。約束しましたから」


ふわり、とあたしが笑った。綺麗だと純粋に思った。
数ヶ月、ずっと孤独だったんだ、あたし。

レオンがまた泣きそうになったが、グッと耐えてあたしに向き直る。
そして、跪く。


「アースランドのアリス様、本当に、ありがとうございます…!」
『いいの、それに、お礼を言うのはあたしだよ!魔法と向き合うことができた、ありがとう、レオン』
「あなたはやはり、アリス様ですね」
『うん?どゆこと?』
「いいえ。…今、この世界は魔法に飢えています。そしてアースランドに手を出した。急がなければ、アースランドの者たちが戻れなくなってしまいます」


ここにいる三人が考えていることは同じだ。


「魔法がなくても、大好きな人が近くにいてくれる、それだけで何でもできる気がします」
『うん、そうだね。…だからあたし、仲間のところに行く!』
「ええ、私もすぐに準備して向かいます。お父様を止めなければ。レオン、アースランドのあたしに手を貸してあげてください」
「…かしこまりました」
「大丈夫です。私はもう二度と、みなさんの前から居なくなりません。信じてください」

「私が、あなたを疑ったことなんて、一度もありません」


エドラスのあたしと別れて、レオンと一緒に走る。今外の状況はどうなってるの、みんなどうか無事でいて…!
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