「(…なんなんだこの猫は。ハッピーの仲間か?)」
人気のない森の中、一匹の猫と一人の男がかなりの身長差で見つめ合う。
互いに目を逸らさず、じっと見つめていたら、とうとう猫の方が目からぽろぽろと涙が流れた。
「んな、(俺は悪くないぞ、悪くない、)」
「うわあああ、アリスちゃんどこなの〜!!」
「なんだ、迷子か(アリス?)」
始めはぽろぽろ雫が落ちる程度だったが、ついに涙腺が緩んで大声で泣きだし、男の足元にしがみついた。
男は軽く振り払おうとするが、なかなか離れない。
「アリスちゃん、アリスちゃあああん」
「うるさい」
「!おにーさん怖いの、アリスちゃんがいいの〜!」
勝手に人の足にしがみついて、人を嫌だと言い、アリスを求める。しかししがみついた手の力は緩むことがない。
「はあ、」
「おにーさん、アリスちゃん見なかったの?頭にリボンつけて着物を着てる青髪の女の子なの」
「いや、知らねえな」
やっとまともに話せたと思えば、否定するとまた泣き出す。
めんどくさいと思いながらも、男は少し周囲を警戒した。
「そういや、このあたりは…」
「おにーさん?」
猫、ティアナが男に顔を向けた瞬間、足元からティアナが一瞬にして消えた。
「ほー!喋る猫!珍しい!」
「何するの!離すの!!」
一人の男の手から離れようとエーラで飛ぼうとする姿を見て、さらに感嘆した。
「翼も出るぞ!すげー!」
「なんだなんだぁ?」
「なんだこいつ〜?羽もぎ取って売ったら金になんじゃね?」
男たちの会話に顔を青くするティアナ。ティアナと初めに出会った男はそいつらを見てため息をつく。
「闇ギルドの残党がいるとか聞いたことがあったなあ」
「闇ギルドなの!?」
「なんだおまえ?」
「こいつの連れか?」
「いんや、関係ねえな」
「!!?おにーさんの薄情者なの〜!」
男にも見捨てられ、さっきとは違う涙を流す。
恐怖からの涙を見て、男たちは笑い出す。
「(関係ねえが、闇ギルドは…)」
「でもまあ、俺たちのことバレて生かしとくわけにはいかねえな」
「あ?」
「すまねえな、にーさん」
相手が戦闘態勢を取ったことで、男もため息をつきながら魔力を解放しようとする。
体からバチバチと放電する瞬間、
『あ、ティアいた〜』
その場の雰囲気に似合わない落ち着いた声が響き渡った。
青髪、リボン、着物。猫が言ってたのはこいつか、と男はアリスに目を向ける。
『勝手にいなくなっちゃだめだろ〜』
「何言ってるの!!アリスちゃんが一人でピャーて行っちゃったの!!」
闇ギルドの奴の手の中でバタバタ暴れる。
そのティアナの姿を見て、アリスの笑顔が消えた。
「お仲間かあ?」
「ごめんな嬢ちゃん。こいつは金になりそーだから貰ってくな」
「まあ、どうしてもって言うなら嬢ちゃんもつれてってやるけ『あ、思い出した』あ?」
にっこりと笑い言い放った。
『あなた達弱い人にしか手を出せないクズだ。この森にいて村の人困ってたよ〜?』
「あ?なめてんのか?」
闇ギルドの連中が俊足のような魔法でアリスに一気に近付いて、拳を振り上げた。
「!おい!!」
男は焦り、持ち前の電撃で助けようとしたが、
『あたし機嫌が悪いの』
近付いた男は一瞬で遠く離れた木に全身を打って、気絶した。
『返してもらうね』
驚きからティアナを手放した瞬間を見逃さず、時の魔法を使い時を止め、抱き上げ元いた場所に立つ。
魔法を解除すると周りの時は動き出し、何もなかったかのような感覚だが、確かにティアナはアリスの元にいる。
「な!おまえ!なにをした!!」
『え?あたしの友達を返してもらっただけ』
「ごちゃごちゃうるせーな!!!死ね!!」
『うるせーのは、どっちだよ』
ティアナを地面におろし、迎え撃った。
実力の差は目に見えていたので、得意の体術と天空魔法で魅せるように軽やかに全員を気絶させた。
その動きに魅せられていた男は、はっと意識を戻しアリスに近付く。
「見た目によらず強えな」
『な!見た目によらずってどういうことよ!』
「俺が手を出すまでもなかったな」
そう男は言い、ふっと笑いバチバチと電気を体に纏った。
その電撃だけでも実際の魔力は凄まじいものだと伝わって来る。
『(この人、きっとすごく強い)あ、ティアを助けてくれてありがとう』
「てぃあ?」
「ティアはティアナなのー!でもアリスちゃん!おにーさんティアを見捨てようとしたのー!」
「してねーよ」
『全部聞こえてた聞こえてた〜、ティアの大泣きの声が聞こえたからここに来れたんだ』
「ずいぶん耳がいいんだな」
『まあね。あなた魔道士?この付近のギルドの人?』
そう問いかけると、男の眉がピクッと動いたが、すぐにいつも通りにもどる。
「…まあ、いろいろあって今は放浪中だ」
『一人で?寂しい』
「うっせー」
『いだだだ、いてーよ!あたしら初対面!』
こめかみをぐりぐりとされ、痛さから涙が出る。
そんなアリスを見て男は呆れ、ため息をついてぽつりと呟いた。
「俺はさっきこんな奴に魅せられたのか」
『ん?なんか言った?てか痛い』
「いんや。まあ、俺はもう行く。同じ所に長く滞在したくないんでな」
『え〜、あ、そだ!名前は?』
「…ラクサス」
それだけ言うと、電気を纏い、光の速さで目の前からいなくなった。
『ラクサス、か。どっかで聞いたことあるような…』
「アリスちゃん?」
『また会えるかな!』
二人が出会うのは、そう遠くない未来