泣き虫少女のきっかけ

それはまだ、私が女優としての私になる前の話



春休みを過ごしていた私は、あと少しで中学生という実感がなかった。友達できるかな、とか心配していたり。

とにかく人見知りな私は不安ばかりが私を支配していた。


「真雪ー、ちょっと買い物に行ってくれない?」

『あ、うん。わかった』


お母さんに頼まれてお金をもらい、自転車はパンクしているので歩いて近くのスーパーまで行った。

スーパーから出ると日が暮れてきて、空はオレンジに染まっていた。
まだ春だから、日が沈むのは早いなぁ…

家までの道のりを一人寂しく歩いて帰っていると、行きにも通った河川敷の横を歩いているのに気づき、ちらっと見てみると今日は珍しく守くんは練習していない。

中学生になったら絶対にサッカー部に入るんだ!
そんな事言って、毎日ボールを蹴ってたっけ。

守くんはサッカーに夢中で、私にも夢中になれる事はある。

幼稚園の頃は親が共働きで一人で家にいることが多かった私は、テレビを見て過ごしていた。そんなとき、たまたま見たドラマの一人の女優に目が釘付けになった。

役を演じるのではなくて、成りきっている。
私もこんな風になれたら…


それから私は時間があればテレビをつけて、たくさんのドラマを見て、たまに真似をして、それを繰り返していた。

テレビの中の女優を見るのが私の楽しみなのだ。


誰もいない河川敷に下りて、買い物の袋をベンチに置き、私はその前に立って川を眺めていた。

なんだかこの風景、最近お気に入りのドラマのワンシーンに似てるなぁ…

そしてキョロキョロと周りに人がいないのを確認してから、お気に入りの役を演じ、世界に入っていた私は周りの気配に気付けなかった。



その人がいることに気付いたのは、演じきった後だった。
一息ついて、帰ろうと後ろを振り返るとベンチの横には人が立っていた。


『ひっ!』


驚いて腰を抜かした私は立てないまま、徐々に後ろに下がっていると、その人は手を伸ばしてこっちに近づいて来た。

え、笑われる?殴られる?


「危ない!!」


そんな予想とははるかに違って、その人は私の腕を引っ張った。
後ろを見てみると坂になっていて、このまま下がっていたら川に落ちるところだった。


『ひぇ、あ、ありがとうございます…』

「大丈夫?怪我とかしてない?」

『は、はい。あなたのおかげです』


私がそう言うと、微笑んで「よかった」と言ってくれた。なんて優しい人なんでしょう。

その場の成り行きで名前を教えあい、少し話してから彼がふと思い出したように言った。


「さっきのすごかったよ!」

『さっきの…?』

「真雪が演じてたのって昨日ドラマでやってたのだよね?」

『あ、う、えっと、それ、は…、そうです(は、恥ずかしいぃ)』

「すごかったよ!感動した!」

『…………え?か、んど、う…?』

「ああ!目が離せなかったし、それに女優の人に似てた、っていうより本物みたいだったよ!」


私がドラマをみたときと同じ事を彼は思ってくれた。私の演技を見て…

それは、私の心を大きく動かすには充分だった。


「え!?何で、泣いて…」

『ご、ごめん、なさい。私、うっ』

「落ち着いて、ゆっくり話せばいいから」


優しく背中を叩いてくれる彼に、私はゆっくり呼吸を整えてから話出した。


『私、小さい頃からドラマを見ていて、その、女優さんに憧れていたんです。それで、さっきあなたが本物みたいだったって言ってくれたのが、嘘だとしても嬉しくて…』

「そっか。それに、さっきのは嘘じゃない」

『え、』

「真雪には女優の才能があるんじゃないかな」

『そんな、私なんか』

「少なくとも俺は、真雪が演じてるのを見て心をもっていかれた気分になったよ」

『こ、心って、大げさですよ…』

「そうだなぁ…。オーディションとかに出てみればいいよ!そこで自分の実力を試してみればいいさ」

『うぇ!?オーディションって、そんなの恥ずかしくて無理ですよぉ』

「大丈夫!俺が真雪なら受かるって保証する」


そう言ってくれた彼の言葉は私に自信をくれた。

そして彼のことも教えてもらった。
昔、足の怪我をしてサッカーができなくなり、当時一緒にサッカーをしていた友人には死んだことにしてもらっている。
それでも、サッカーは諦めきれなくて、リハビリをしてやっとの事で、治ったから今度日本に来ようと、今日は下見をしに来たみたい。


その日、彼とわかれた後に広告やネットで調べて女優のオーディションを受けてみると一発で合格した。
夢のようで、合格したことを彼に伝えようと、携帯を出して、わかれ間際に交換した連絡先を探して文章をうった。



宛先はアメリカにいる一之瀬一哉。