08
アリス学園は土曜日だからといって休みなわけではない。週に一回の中等部と初等部の合同授業が行われる日。
「なーなー、蛍は何系?」
「技術系」
「委員長は?」
「僕は潜在能力系」
「野乃子ちゃん達は?」
「あたしも技術系、蛍ちゃんと同じ」
「私も」
「じゃ、ルカぴょんは?」
特別授業てのが能力別に分けられたクラスで授業を受けることになっている。
乃木くんに聞くと彼の代わりに腕の中にいる兎が体質系と書かれた看板を掲げた。
アリスのタイプを主に四つ、正確に言うと五つに組み分けしてそのクラスに属してそれぞれアリスの開発向上にあたる。アリス学園は全生徒合わせても200人程度だから、行事なんかは合同でこの能力別クラス対抗になるんだとか。
学園で一番多いオーソドックスなタイプの潜在能力系。
二番目に多い、何かを作ったり研究したりでうまれる能力の技術系。
技術系と同じ割合で、フェロモンや体質に関係する体質系。
最小で基本的どのタイプにも当てはまらずクラス内の能力もバラバラな特別能力系。
「みそっかす集めたみたいな扱いなんやねえ、特力系」
『私とあんた、その特力系らしいけど』
「え!?み、みそっかすー!?」
「いや誰もみそっかすとは言ってないよ」
『人数少ないのは良いことね』
というわけで、私達は初めての能力別クラスを受けに特別能力系に向かう。
「(棗って何系なんやろ)なー華鈴、」
「彼は危険能力系だよ」
「…ど、ども」
「いえいえ」
蜜柑と二人で歩いて私に何かを言おうとしたが、心読みくんが先に答えた。
蜜柑が心の中で日向は何系か気になってたのかしら。
"危険能力系"
性格やパワーにおいて危険と判断された子が集まる秘密主義の謎なクラス。
そうやって危険能力系とか疎外するクラスを作るから、そこに所属する人にとって余計悪影響になるってわからないのかしらね。
蜜柑も日向の事を考えていたのか、丁度曲がり角でばったり出くわした。
驚く二人とは別に、特に用もないので素通りしようとしたが、日向に腕を引っ張られて物陰に隠れる。
叫びかけた蜜柑は口を塞がれて声にならない声を上げているが。
「しゃべるな、少しでも騒いだら殺す」
とまあ、脅されて大人しくなった。なんで私までここにいなきゃいけないのか。
腕を掴まれている以上、その場から離れる事はできないし、日向は何がしたいのか、と考えていると大人の人の中性的な声が聞こえてきた。
「棗、いるなら大人しく返事をするんだ」
だんだん近付いてくるその人は日向の名前を何度も呼ぶ。ここにはいないと判断したのか通り過ぎて行った。
陰からコソッと見たが全身黒を印象つける仮面を被った人だった。
よく見ると日向はいつものクールな雰囲気とは違い、顔中汗だらけ。逃げていたのか。
蜜柑の顔は酸欠で真っ赤になりかけている。
『…蜜柑が死にそう』
「………」
「…ぶはーっ!何やねんお前!人にいきなり掴みかかって、ふざけんなアホ!ボケっ!」
口を塞いでいた腕を退けると、息が出来てなかったのか懸命に酸素を吸い込む。
罵声を浴びた日向は言い返す事なく建物にもたれかかった。
「無視かこらーっ!!」
『蜜柑うるさい。はい、これ』
汗をかいたままだと気持ち悪いだろう、移動の時に持っていたカバンから小さめのタオルを取り出して日向に渡す。
「いらねえ」
『そ?汗かいたままだと臭いんじゃない。別に私はいいんだけど』
「………」
臭いという言葉に心を抉られたのか、黙って差し出されたタオルを受け取った日向。
まだまだ怒り叫んでる蜜柑を放置して特別能力系のクラスに行こうとしたら、たまたまここを通りかかった中等部の人達。
「おいあれ棗じゃん」
「女といちゃついて堂々と授業サボりか?幹部生はいい身分だな」
「あれ?こいつもしかして例の星なし?と…」
『…何』
「い!いえ!何でも御座いません!!(噂の超絶美少女!目が合った!よっしゃ!)」
蜜柑の次にこっちを見てきたので睨み返すと、顔を赤くしてガッツポーズをした変人。
どうやら能力別授業で、中等部が初等部に来ることもあるみたい。
蜜柑だけがあたふたして、私も日向もこの場を去ろうとしたが、
「まてよ人殺し」
ピタリと思わず足が止まってしまった。
「俺達はお前みたいな危険能力、幹部生だなんて認めてないからな。天才とか言われて調子に乗ってでかい面してんじゃねーぞ」
妬み。嫉妬。
自分じゃ手が届かないから、自分より年下なのに上の立場にいるのが許せない。誰かを否定しながら生きているなんて可哀想な先輩達だ。
「大体お前が幹部生でいられるのはただペルソナのお気に入りってだけの事なんだからな」
一人の先輩が言ったことに日向の気に触ることがあったのか、
「わ!こいつ、火つけやがった!」
「おい誰かペルソナここにっ!」
「呼ぶなら呼べよ、奴がここに来る前にお前ら全員黒コゲにしてやる」
黙って無視を決めていた日向も、お得意のアリスで相手に火をつけた。
「お前っ、この女共どうなってもいいのか!?てめーの女見捨てる気か!?」
アリスじゃ日向に勝てないからか、今度は私と蜜柑を人質にするみたいで。
蜜柑のツインテールを引っ張り、私は肩を抱かれる形に。私には優しさを残してくれてるんだろうけど、蜜柑にも同じようにできないの。
それでも初対面のしかも印象最悪な人に肩を抱かれて喜ぶ趣味はない。不愉快だ。
肩に置かれている手を叩こうとする前に、器用にその手だけに火がつき、つけられた本人は驚いて私から離れた。
その隙に少し距離をとり日向の近くに。
私も蜜柑も火のアリスなんて持っていないし、日向の方を見ると、ハッと蜜柑と先輩達を鼻で笑ってから、私の手を掴み、私はついて行くがままになった。
後ろからは蜜柑の日向に対する愚痴と、私に対する助けを求める声が響いて聞こえた。
『蜜柑も助けてあげたらよかったのに』
「だれが、あんなうっせえ奴」
やっと腕を離されたのはだいぶ距離が離れ、北の森に着いてから。ここはもしかしたら日向の隠れスポット的な場所なのかもしれない。
離れた手に少しだけ人肌を寂しく思いながらも、どうして私だけを助けてくれたのか視線で訴えた。
「…これで貸し無しだ」
『…あー、タオルのこと』
人に借りは作らないタイプのようで。
そんな事だけで助けてくれたなんて、なんだかんだ優しいところもあるんじゃないか。
木の陰に寝転んだ日向の横に腰を下ろす。寝転ぶのは流石に汚れるのが嫌だし、勇気がいる。
授業に行こうと思っていたのに、もう始まっているだろうし仕方がない、今日はサボらせてもらおう。
木にもたれていたらちょうどいい気温に日陰で、すごく眠たくなってきた。
私がここに居ることに日向は特に何も言われないから、移動しなくてもいいんだろうけど。
「お前、授業はいいのかよ」
『サボる』
「…寝るなよ」
面倒くさそうな日向の声を最後に、寝るなと言われたがそのまま寝てしまった。
起きた時には一人になってるんだろうな、と思いながら。
「…(寝たか)」
こんな真昼間に森の中で寝るなんて警戒心のない奴だ、と思いながら寝ている華鈴をジッと見る。
蜜柑とは真逆の性格なのに、お互いはお互いを大事にしていて。
棗にとって、蜜柑の第一印象はうるさい奴、華鈴の第一印象は驚くほどの美女なのに変な奴。
心読みが初めに華鈴の心を読んだ時、発作と言っていたのを思い出し、起こさないようにそっと近付く棗。
伏せられた目元の長い睫毛は影を作り、スッと通った小さな鼻、薄くもなく厚くもない血色の良い唇、大人の大きな手なら握りつぶせるのではないかと思うほどの小さな顔、病気と関係しているのか色白の肌、そして艶がかっている綺麗な黒髪。
改めて見ると、本当に同じ人間かと疑いが出て来るぐらい完成された見た目だ。
だからといって、中身が悪いわけでもない。極度のめんどくさがり屋で少々難はあるが、間違ったことは言わず、蜜柑からすれば支え導く光のような存在なのだろう。
手の届く距離にいる華鈴の頬に手を伸ばし、さらに距離を詰めた棗。寝ている間にも関わらず近くに気配を感じたのか、棗の制服の端を華鈴は無意識に摘んだ。
その後首が固定されていなくて痛さで目を覚ました華鈴は、自分と同じように木にもたれかかりながら眠っている棗に気付く。
放置されずに一緒に居てくれたみたいだ。少し嬉しく感じ、まだ眠っている棗の肩に頭を乗せて再び眠りについた。
棗の姿が見当たらないことを心配した流架が森に来て、二人が寄り添って寝る姿に初めは驚いたが、微笑ましく見ていたとか。
二人が目を覚ました時はすでに夕方で、周りには誰も居ず、特に気まずくなることもなく、お互い無言で寮に帰った。