07
算数の授業が終わり、星なしの称号を与えられた蜜柑はクラス中の的だ。
私は授業が終わる寸前に神野先生に授業後教員部屋に来るように呼び出されたので、蛍に道を聞いてからついて来てくれると言った委員長に断りを入れ向かった。
蜜柑はなんとかなるでしょ。
遠い道のりを進み、教員部屋と書かれたプレートの部屋を見つけノックをしようとしたが、中から聞こえて来た声に耳を澄ませる。
「反抗的な態度といい、しかも無効化のアリスなど悪例を思い出させる縁起の悪いアリスだ」
この無効化は蜜柑のことか。反抗的な態度なんて私は取っていないし。
悪例を思い出させる縁起の悪いアリス、とは一体何のことなのか。同じ無効化の私はそうじゃないのか。
入るタイミングを見計らって、会話が終えたときにノックをする。中から声が聞こえてきたので、入らせてもらう。
「華鈴ちゃん?どうしたの?」
『神野先生に呼ばれたから』
真っ先に声をかけて来た鳴海先生に用事を伝えると、神野先生は手に何かを持って私の元に来た。
「佐倉華鈴、お前のアリスはまだはっきりとわかっていないが、その天才的な頭脳によりこれを。手を出しなさい」
『…星?』
大人しく手を出すと、手のひらに乗せられた金に光る星が二つ。
「アリスの力がどれほどか次第で増えも減りもする。日常生活でもな」
『はあ』
ダブル、ということか。
私のアリス次第でトリプルになったり、蜜柑と同じ星なしになったりするのだろうか。星階級によって待遇が変わるなら、それだけは嫌だ。
手のひらの星をじっと見つめていると、鳴海先生が近くに来た。
「良かったね、華鈴ちゃん」
『…これ、蜜柑に一個あげたり出来ないの』
「ナル!これ一個渡しちゃだめ〜?」
「!…それはダメかな〜」
『そう』
まあ、人は人、自分は自分と言ったばかりだ。蜜柑の功績は自分で大きくしてもらおう。いつまでも私に甘えさせるわけにはいかないし。
星は制服につけるのが規則みたいだけど、なんだか象徴してるみたいで嫌だから、ポケットにでも入れておこう。
用はこれだけかと訊ねると、戻って次の授業の準備をして来なさいと言われた為、教室に戻ると魂の抜けた蜜柑に抱きつかれっぱなしだった。暑苦しい。
そして一日の授業を終えると、昨日寝た初等部専用の寮に移動し、昨日は見かけなかった初等部の寮母ロボットのタカハシさんに新しい部屋へと案内された。
ダブルなため、先日泊まった蛍の部屋よりは少し豪華さが足りないけど、正直困るほどじゃないし、十分。
星なしの蜜柑はシングルよりも下なわけで、屋根裏部屋に案内されていた。私も付いていこうと思ったが、扉の前に立つだけで埃臭かったため、咳が出そうになりやめた。
星階級によってこうも待遇が違うのか。幹部生とかどんな部屋で過ごしているのかしらね。
制服から普段着に着替えて、髪をほどき元からあるベットに倒れる。
元々ある備え付き家具以外は自分で買いに行かなきゃいけないようだ。
これはこれで、ごちゃごちゃしてるよりはシンプルでいいけど。
夕食の時間になり、再び髪を結び直していつものメンバーで食堂に行くと用意された夕食。
ここでも星階級が影響しているのか、スペシャルは一流シェフの超豪華料理、トリプルは高級ホテル、ダブルはホテル、シングルは一般家庭、そして星なしはご飯に味噌汁に漬物、てな感じのご飯だ。
蜜柑の量で私は十分なんだけど。
決まりがあるのか、星階級に合った分はちゃんと出されるが食べきれる自信がない。
「なんでーっ!?」
「何言ったって無駄よ。ここはそういう所なんだから」
「蛍…」
「力のある者がない者より優遇される、それが嫌なら自分が上にいくしかない。そーゆーわかりやすい図式よ」
この学園において星階級がどれだけ重要になるか、ね。
「てか華鈴はなんでそんなご飯なん!」
『さあ。頭の出来が良いからじゃない?』
「アリスをちゃんと評価される前に初めからダブルなんて珍しいよ!今井さんもダブルだったよね?」
「ええ。華鈴のことだから、そのうちトリプルになるんじゃない?」
アリスのレベルに、一般的な学習能力、それを総合して評価されるらしく、初めからアリスの力がわかっていたらそれに見合った星階級を得られるとのこと。
蛍みたいにアリスが優秀でダブルやトリプルスタートはたまにいるが、私みたいに学習能力だけでダブルスタートは珍しいらしい。
蛍や委員長、この二人はすぐにトリプルに上り詰めたよう。
すごいすごいとはしゃぐ二人(蜜柑と委員長)を気にせず、この量をどうしようかと悩んでいると、横から腕が伸びて来て私のおかずを掻っ攫っていく。
「こんなに食べれないでしょ?」
『好きなだけとって』
トリプルは量も多いのに、まだまだ胃袋に余裕がある蛍。そういえばこの子は元々大食らいだったっけ。
「ちょ、蛍じゃなくてウチに頂戴よ!」
「早い者勝ちよ」
『欲しいなら早くとって』
メインをがっつりとった蛍に、余り物をちょこちょこ取っていく蜜柑。
残っているのはサラダとスープぐらいだけど、二人はよく私のことをわかっている。食べやすいものを残してくれた。
「取ったウチが言うのもなんやけど、華鈴はしっかり食べやな倒れるで?」
『入らないもの。食べすぎたら逆に吐く』
胃が小さいからか、病気のせいか。メイン料理など見るだけでお腹が膨れてくる。
食べれない分はデザートで補うからいい。
なんとか完食し、部屋に戻る。私の部屋の場所はまだ蜜柑に教えていない。不法侵入されても困るし。
部屋の家具など物資の調達はどこですればいいのか、アリス学園についてまだまだ知識が足りていない。
お風呂を済ませた後、腕に貼っている絆創膏を何枚か取り替える。小さな窓ガラスの破片が刺さったとはいえ、一日で治るような傷ではない。跡が残れば乃木くんも一生気にしてしまうだろうし。
あの二人、性格や雰囲気は全然違うのに、何が引かれ合ってるのだろうか。
委員長の話だと二年前に一緒にアリス学園に来たらしいけど。
ま、私には関係ないことね。
特にやることもないので、昨日はサボってしまった日記を書いてから布団に入る。首にかけているネックレスがジャラッと音を立てたので忘れる前に取り、枕元に置く。
私の親が唯一残した物。これを持っていると不思議と守られているように感じる。私の親はどういう人だったのかな。
そんなことを考えながら眠りについた。今日はよく眠れそう。
***
朝ご飯の時間になって蛍の部屋に向かいノックしても返事がないので先に行ったのかと食堂に向かったが、そこには委員長しかいなかった。
挨拶を済ませた後、二人はまだ来てないと言ってたので寝坊してるんじゃないか。
朝から食べる気にならなかったので、タカハシさんに私の分は蛍にあげると伝え、代わりにヨーグルトだけもらって自室で食べて、着替えてから再び蛍の部屋へ。
ノックすると中から蛍の声が。
『先に行ってる』
「ありがとう。…五分で支度して、おいてくわよ」
どうやら蜜柑もここに寝ていたみたい。
よかった、部屋教えてなくて。
寮を出たところで待っていた委員長と合流して、珍しく二人で初等部へ。
それから蛍が一人で遅刻ギリギリで間に合い、後から走って来た蜜柑は遅刻のペナルティを受ける羽目に。
それがゴミ箱のゲロ掃除といつやつで。
アリス学園のゴミ箱は職人アリスによって作られた特殊なゴミ箱で、食べたゴミを原子分解して肥料やリサイクル素材に還元する。これをゲロといいすごく臭いとか。そのゲロを分別して集めることをゴミ箱のゲロ掃除、という。ちなみにゴミ箱達はゴミを食べさせられるのを嫌うため人間を見るの逃げ回ります。と委員長が言ってた。
私はそんな役目したいとも手伝いたいとも思わないので、蛍と教室で待機してた。
休憩が終わり蜜柑と、手伝っていた委員長が戻ってきて二人共時間がないからか急いで席に着く。
教室の雰囲気を見る限り、次の授業はジンジンこと神野先生の算数のようだ。
今日は大人しく私の横に座る蜜柑。何かあったのか後で話聞いてな、と言われ無言だったが肯定と受け止めたのか。
算数の授業が始まった後も、蜜柑は考え事をしてるのか、顔を机に伏せながら一人で瞑想してる。
それを神野先生が見逃すわけもなく、
「授業中という事をすっかり失念しているようだな、新入生」
焦る蜜柑に、周りは学習しない奴という目を向けている。横に座ってる私も日向達も無視。
すると急に横からバチッと電気の火花が飛び散るような音が。それと同時に蜜柑が床に倒れた。
「蜜柑ちゃん!」
「お前には言ってなかったが私のアリスは雷でね、お前のようなバカ者に罰を与えるためによくこの力を使うことにしている」
生徒には授業中の能力使用禁止、とあれほど言ってるのに先生は使っていいとか、矛盾してる。
流石のクラス内もざわつき始め、委員長は蜜柑の側へ。
「昔、お前と同じアリスを持った人間がいたが、お前の様に図に乗った秩序を乱す愚か者で、挙げ句の果て…ろくな死に方をしなかった」
誰も気付いてないみたいだけど、なんて言えばいいのか、馬鹿にしてるはずなのに侮辱してるのに、どこか寂しさを纏わせる声のトーン。
生憎みんなは蜜柑が攻撃された事に意識を持っていかれてるが。
「お前の未熟な無効化のアリスとやらで反撃でもするつもりか?」
「(何で、なんでウチがこんな…)」
「おもしろい」
「やめて下さい!」
アリスを使おうと構える神野先生に、蜜柑を庇う委員長。
それも御構い無しに二人まとめてアリスを使おうとする神野先生に蛍がある物を投げ、私は咄嗟に無効化を二人に向けて使ったつもり。
「自分のアリスで気失ってりゃ世話ないわね、バカはお前だっつーの」
蜜柑の手には先程蛍が投げた、三倍返し鏡が。そのおかげで神野先生は自分のアリスを倍の威力で受ける事になり、倒れてしまった。
じゃあ、私のアリスは特に必要なかったと。発動してるかわからなかったけど。
「ほ、蛍…」
感動してる蜜柑には悪いけど、流石にこれは処分なしというわけにはいかないだろう。
蛍もやばいと思ったのか蜜柑の手を引きその場から何処かへ行ってしまった。
先生が倒れて、授業どころじゃなくなったので自由になる人達、医務室の先生を呼びにいく人達、自習をする人達に分かれてしまった。
その日、二人は教室に帰ってくる事なく翌日から蛍の一週間シングルに降格処分が成された。
「責任の一端はあんたにあると思うのよね、シングルの量は少なすぎるわ」
「鬼やあんたー!!」
私のところからもちゃっかり蜜柑の分まで取ったのに、蜜柑に与えられた食事からも白米をとった蛍。
ちなみに私はアリスを使ったとバレていないので処罰はなかった。
蜜柑が昨日寮に戻ってきた時、私と二人になって話がしたいと言うものだから仕方なく部屋に案内して入れてあげた。
ダブルの部屋に興奮してるのか、ベッドに飛び込む蜜柑。
そのベッドに腰掛けて、要件を聞くと乃木くんに言われた事と、神野先生に言われたことが引っかかると。
「目つけられてるって、何でやろ。ジンジンが言うてた無効化を持っていた人と関係あるんやろか」
『さあ。でも乃木くんは優しいわね』
「え?ルカぴょんが?」
『普通どうでもいい人なんて関わりに行かないし、心配してくれてるってことでしょ。ちゃんとお礼言うのよ』
「うん!」
と、神野先生にやったことを忘れたのか上機嫌になり挙句私の部屋で寝てしまったのだ。