09



夕食時になると蜜柑に放っていった事を怒られ、あの後助けてくれた中等部の先輩が自分達と同じ特力系の先輩だった事を教えてもらった。
みそっかす集めの変人だと思ってたところは自由がモットーのみんな人一倍家族意識が強い最高のクラスだったらしい。ちなみに担任はタイムトリッパーでしょっちゅう過去や未来に飛ばされ滅多に帰ってこれないとか。

蜜柑の他にもう一人新入生のことを聞かれたらしく、簡単に私のことは紹介してくれたみたい。

初めての先輩が嬉しい蜜柑は、B組の仲の良い人に紹介するとのこと。もちろん昨日サボった私も強制参加するはめに。


「翼先輩っ!華鈴の先輩でもあるんやで!」

「蜜柑から聞いたよ、俺は安藤翼よろしくな!」

『…よろしく』

「ほ〜、こりゃあ噂通りだな」

「噂?」


私をじっと見つめる安藤先輩に、噂が気になったのか蜜柑が首をかしげる。


「蜜柑も星なしで有名人だろ?もう一人の新入生もえぐい美女って噂があってさ、所詮噂は噂だろうて思ってたけど…、参りました」

『私に謝られても困るんだけど』


初めて見る生き物に出会ったみたいな反応されても。
蜜柑は蜜柑で、「なんでウチは星なしやのに華鈴は美女やねん!」と嘆いている。蜜柑みたいに色々やらかして有名になったならわかるけど、私は特に何もしてない。勝手に噂される身になってほしいわ。


「わりーわりー!華鈴だっけ?お前も同じ特力の後輩なんだしいつでも頼ってくれよな!」

『はあ。あまり期待はしないわ』

「んな!?」


雷が落ちたように驚き動かなくなった安藤先輩に蜜柑が横で「だから言ったやろ、華鈴はクールビューティーやねん、気にせんといてな」とかほざいてる。見た目に騙される人が悪い。私は生まれてからこの顔でこの性格だし。

安藤先輩の紹介と同時にお茶会でもある。
北の森のとある場所で、お茶会用のスペースなのか椅子と机が用意されていた。
そこに座り出された紅茶やクッキーを口にする。蜜柑が安藤先輩に学級崩壊を起こしてることを相談してるの聞き、先程からこのティーセットを用意してくれた物体を眺める。


「ん?何固まってんだ?お前ら」

「べ、ベアが茶運んでるー!!絶対毒入りやー!」


ベアから距離を取る蜜柑と委員長、蛍に至ってはアリスメカの水鉄砲を構える。
なるほど、初めに試練で北の森に来た時ベアが濡れてたのは蜜柑達の仕業だったわけね。


「ああ、大丈夫大丈夫。こいつの生みの親ってのが俺の親友なんだよ、だから俺には一応はむかったりしねーんだコイツ」


腹ん中はどー思ってるか知んねーけど、と言いながらポットを持つベアの頭を撫でる安藤先輩。生みの親というのが気になるけど、ここはアリス学園。人形に魂を宿らせるアリスの持ち主がいててもおかしくない。

警戒を解かない三人に、余程ひどい目にあわされたのが伝わってきた。
私は特に何もされなかったけど。


「話は戻るけど、お前のクラスの学級崩壊、棗のせいっつーよりはクラスの行き場のないストレスがそーゆー形で現れたってところだろな」

「ストレス?」

「多かれ少なかれ学園にいる奴で、この学園に不満や不安を抱かねー奴はいねーし。学園にとったら所詮生徒なんてコマだかんなー」


もぐもぐひたすらクッキーを食べていると、補充してくれるベア。
こっちを見て何か言いたげに思えた。目つきが悪いけど何となく心配してくれているのだろうかと思い、頭を撫でた。


「それを感じとれば感じる程、俺や棗みたいにむやみに反抗して問題児のレッテル貼られる奴がでるってわけさ」

「翼先輩て問題児なん?」

『問題児そうな顔してるけど』

「おいおい…。コレ何だかわかるか?」


コレ、と言って指差したチャームポイントにも捉えれる左目の下にある星マーク。


「おしゃれ!」

「「ブー」」


安藤先輩だけじゃなく、蛍からも豚のパペットを使い否定される。あれも蛍の発明品なのかしら。


「これは"罰則印"だよ。まあ簡単に言えば軽い呪いだな」

「学園にはそーゆーのを司るやっかいな奴がいるんだよ、この印はそいつにしか消せないしそいつ次第で激痛を走らせることもできる」


罰則印、て。
もしかしたら日向の時みたいに無効化で消したりできるんじゃないかしら。
でもこの人のチャームポイントでもありそうだし、そもそも完璧にアリスを使いこなせてるわけでもない。下手に使って余計悪くしたら後味が悪い。


「お前んとこの学級崩壊だって同じだよ。要は変化球でいけってこと」

『そのストレス発散を別のものに変えろてことね』

「そーそ、何にしたって楽しいにこしたこたねーだろ」

「おもしろそうっ!」


ベアに紅茶のおかわりを入れてもらい、安藤先輩と思考回路が似てる蜜柑はすぐにその案に賛成した。

まあ静かなクラスになるなら私も賛成だ。
今日は体調が良いのか、陽の下にいるのがぽかぽかしてすごく気持ちがいい。
お茶とお菓子を出してくれるベアもあるし、またここに来ようかな、とベアに視線を向けると、コクリと頷いてくれた。





***

次の日、楽しいことにすり替えると考えた蜜柑がとった行動は、


「ドッジボールだあ?」

「そ!みんなで楽しく運動するといろんなこと忘れてすっきりするよー」


ドッジボール。スポーツでストレス発散を考えたのはいいけど、蜜柑が考え出したことだ。クラスのみんなの反応なんてわかっている。


「はあ?何言ってんだこいつ」
「だれがやるかバーカ」
「ボケ」
「キエロブ、ス…、あ!今のは華鈴さんに言ったわけじゃないですよ!」


蜜柑に助言してあげるために横に立つと、丁度ブスと言った瞬間に現れたからか、言った本人は慌てて顔を真っ赤にして否定する。
その人達は無視して、怒りマークを顔に表す蜜柑に耳元で囁く。

こういう奴ら、挑発に弱いわ、と。


「…そっかそっか〜、遊びといえどウチとの勝負に勝つ自信がないからそうやって逃げるわけねえ」


馬鹿にするような言い方の蜜柑に、プライドの高いこのクラスの人たちは黙っちゃいない。
現に蜜柑の挑発に反応している。


「普段えらそーにいばりちらしてらっしゃるくせにねえ、ちょっとみなさん聞きましたー?」


はい、落ちた。
男って本当に単純だから助かるわ。

場所を外に移動して始まるドッジボール対決。
アリスの使用は一切不可で使ったら即アウト、ルールは公式通り。
蜜柑チームが勝てば金輪際いじめや先生いびりをやめ、負ければ一生下僕になれと持ちかける相手チーム。日向もそれに同意してなんと参加するみたいで。

どっちのチームに入るかは個人の自由とのこと。


まあ、クラスのほぼ全員が日向チームに入った。そりゃそうよ、下僕なんて誰も好んでなりたい人なんていないもの。
一人になる蜜柑に委員長から始まり、野々子とアンナも。


「あれ、蛍ちゃんと華鈴ちゃんは?」


委員長の発言に、今まで黙っていた私達に気付く蜜柑。
蛍はアリスメカのいも虫一号に入り、外に"風邪をひいているので起こさないで下さい、今井蛍"と張り紙が貼っている。


「ちょっと今井さん、全員参加よ!華鈴さんも!」

『…めんどくさ』

「蛍!華鈴〜!」


蛍を引っ張りコートに無理矢理入れようとする蜜柑。コートまで連れて行くと今度は私の元に。引っ張ろうとする蜜柑の手をはたき落とし、拒否する。
全員参加だろうがめんどくさいものは嫌。


「華鈴〜!一緒にがんばろーや!」

『汗かく、しんどい』

「うっ、」


体のことを持ち出すと立場が悪くなる蜜柑。しんどいのは嘘だ。今日はすこぶる体調が良く、運動しても問題はないだろうけど。
早く諦めて始めてくれないかしら、と思ってると蜜柑の後ろから蛍が。


「華鈴、強制参加よ」

『いやよ』

「…そういや限定の和菓子、最近ゲットしたのあったわね」

『………』

「ね?華鈴」


ニコ、と微笑む蛍に負けた。蛍というより和菓子に負けた。
この学園に来て和菓子を食べていないので、仕方ない、付き合ってあげよう。


『はあ、わかった。後でちょうだいね』

「もちろん」

「よっしゃ!華鈴もウチのチームや!」


蛍様様〜!と喜んでる蜜柑には悪いけど私はボールを取りに行くつもりはない。こっちに飛んで来たり転がってきたらとるけど。
和菓子のためとはいえ面倒な事になったな、と思ってると足元にいつも乃木くんが抱いている兎が。


「あ、うさ…」

「えー!ルカぴょん!うちに入ってくれるの?」


その兎を追いかけてこっちのコートに足を踏み入れた瞬間、蜜柑にがしりと肩を掴まれ、蛍や野々子ちゃん、私も腕を掴む。


「というわけで、蜜柑チーム総勢八人でーす!」


にこにこしながら言う蜜柑に対し、睨みを効かせる日向。


「おい棗さん殺気が…」
「チームとしてはやる気になってくれて心強いけど」
「でも相手チームにルカ君だろ?」
「もし間違ってでもボール当てたりしたらどーなるんだ?」
「どうって、棗さんのあの感じからしてタダじゃすまねーだろ」
「それに華鈴さんも…」
「あの国宝並みの体に傷一つつけてみろよ、死ぬまで後悔し続けるぞ」


なんとか乃木くんを味方に巻き込めたおかげで勝負はわからなくなったでしょ。
日向の取り巻き達なら、その親友である乃木くんにボールを当てるなんて事できないだろうし。

ジャンプボールで始まったドッジ。緊張した中始まるのかと思えば、蜜柑がだらしないほど頬を緩めて乃木くんを見つめていた。


「…何だよ」

『気持ち悪いわ』

「ルカぴょんて何だかんだ言ってやっぱいい奴ーって思って!」

「は!?」

「だってしぶしぶでもこっちに残ってくれたのってウチらやクラスの子達少しは心配してくれたからやろ?ありがとうな」

『…まあ、しぶしぶ同士一緒にがんばりましょ』

「…何言って」


三人で話していたら、真ん中にいた蜜柑の頭がぶっ飛んだ。
いや、本当に取れたわけじゃないけど、日向がボールで頭を狙ったのだろう。


『ナイスコントロールね』


焦る委員長と乃木くんと違い、正直にすごいと思った。私と乃木くんの間の蜜柑を、しかも綺麗に頭を狙うなんて。
まあ、頭はセーフなので蜜柑は外野に行く事なくこの場に留まる。


「ちんたらしてんじゃねーよ」


日向からの見下されてる言葉ももらい、蜜柑のやる気は倍に。
そして試合は意外と白熱していた。

私と蛍は角で立ってるだけ。

元々日向の取り巻き達以外はやる気がないのかボールにわざと当たったり、向こうのコートは人数も多い為蜜柑が二人抜きしたりしている。

それに比べてこっちはコートが広いから使い勝手が良く、みんな華麗に避けている。
これは案外勝てるかもね、なんて思っていた時から少し異変が。
野々子に不自然にボールが当たり突き指、続きアンナも転んで当たってしまった。


『…女を怪我させるなんて最低』


チラリと遠隔操作のアリスを使ったであろう人の方を見ながら呟くと聞こえていたのか、視線に気付いたのか、こっちを見た後顔を青くして慌てている。


「怪しいわね」

「誰だよお前…」


怪しいと言った蛍に顔を向けると、頭に被り物が。頭というより顔全体を覆っている蛍発明のたまごヘルメットといいリラックス効果があるとか。
ボールを持つ乃木くんに突っ込まれるが、それよりこのアリス使用禁止の中でこっそりアリスを使っている向こうチームをなんとかしないと、と話し合っていると聞こえてくる蜜柑いじり。


「いちごパンツ〜」

「お前のフォームパンツ丸見え〜」


ガキか。いやガキだったわ。
負けそうになる向こうはどうやら動揺作戦に出たみたいで、恥というものがないのかこのクラスの男は。

そんな中、日向が言った事でもっと大事に。


「お前らパンツくらいで騒いでんじゃねーよ」

「そーや!そんな事くらいでっ」

「この女はもうパンツの中見られてんだぞ」


一瞬の静寂の後、響き渡る声。
驚きや焦り、怒りと様々なところから伝わってくる声。

確かに聞く人によれば大方の人は危ない関係に思うだろうけど、知ってる身からするとあの入学当初、鳴海先生を待ってるときにソファーで押し倒された時のことだろう。
その後に蜜柑と日向の関係が発展していて事に及んでいたら別だけど。

クラスのみんなの前で恥をかかされた蜜柑は怒りをぶつけるように日向めがけボールを投げる。それを取り巻きの一人が念動力のアリスで蜜柑の方へ跳ね返し、まだコントロール出来ていない蜜柑は使う気がなくても無効化のアリスを使ってしまったのかボールが逸れ、私たちの方に。
たまごヘルメットを取ることに夢中だった蛍は気付いていない。このままだと蛍の顔面に一直線。


「ほっ!?」

「…華鈴」


蛍の顔面に当たったと思っている蜜柑は声にならない声をあげた。
でも実際は、顔面直前に蛍の前に手を伸ばして腕でカバーした。思っているよりもなかなかの威力で少しだけジーンとした。


「…て、華鈴!?だ、大丈夫!?」

『顔に当たるよりマシ』

「華鈴、ごめんなさい」

『気にしないで。…ルールを破る奴がクズだから』


蛍も蜜柑も悪いわけじゃないのはわかってるし。
向こうのコートを見ながら言うと、アリス使った人は冷や汗を垂らし、念動力を使った人なんて涙が出そうになっていた。

参加するつもりもなかったしこの辺で退場してあとは観戦としよう。委員長が持ってきてくれた氷嚢を腕に当てながら、落ち込んでる蜜柑に喝を入れてやる。


『蜜柑のせいじゃないってわかってる』

「で、でもウチの無効化で」

『ちゃんと使いこなせてないのもわかってるから、もういいって言ってるのにしつこい』

「うぅ」

『普通に腕に当たっただけだし、それより負けて奴隷なんて許さないから』


渋々コートに戻る蜜柑、委員長や乃木くんにも励まされて、やる気を取り戻したようだ。
どんどん減っていく相手チームにこっちは変わらず三人。
なぜか怪我を免れた蛍も観戦状態という名のアリス使う人撃退を始めた。
この学園にいたら生傷が増えそうね。

長時間の戦いの末、結局三人から減ることはなく、引き分けで終わった。
始まる前と違うのは、向こうチームの人達が今度は違うので勝負だ、と持ちかけてくれたこと。こういう体を使って全力で楽しむことを忘れてたようで。
なんだかんだみんな楽しかったんでしょうね。

アリスを使用した人達は蛍により始末されていたけど、何とか最後の力を振り絞って私の元に来たかと思えば、土下座された。
腫れも収まったし、和菓子で手を打った。これで蛍からもらえる分もいれて二つだ。

全力で遊んだ後はみんなで笑いあって、水を飲みに行った日向が帰ってこなかった理由なんて、この頃の私は何も知らないことだった。


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