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アリス学園に入学してから一週間と少し、その間毎日お爺様に手紙を書いていた蜜柑に返事が来ることはなかった。

黙って出て行き、学園に入学したことを怒っているのかと考え、教室でごろごろ転がりながら葛藤してる蜜柑。

私たちを育ててくれた人だけど、なかなか大人気なかったり根に持つタイプだ。私は蜜柑と違っていい子だから怒らせたことなんてないけど。


『…何してんの』

「占いのアリスを持つ音無さんにお祖父さんの様子を占ってもらってるの」

『何でダンス?』

「音無さんの占いは当たるけど、その為には踊りをしないと結果が出ないのよ」

『ふーん』


私なら絶対にしたくない。
周りにも、あの踊りをするなんて度胸ある、チャレンジャーなど散々な言われ方をされてる。

十分のダンスの末、アリスを使った音無さん。


「あなたのお祖父さんは…、今この学園に来てるみたいよ」

「うっそぉ!何それ!」

「本当よ、どうやらこれは正門の前ね。門前で孫に合わせろとしつこくくいさがっては追い返される、エンドレスバトルが見える」


アリス所有者の言うことは正しいだろう。

これが今回の一連の騒動の発端。

門の前まで来てるお爺様に会いたい会いたいと駄々をこねる蜜柑に、特別許可されない限り門付近に近づく事は禁じられてると、罰則のことを話しながら注意をする委員長。
何を言っても聞こうとしない蜜柑はみんなの引き止めを無視して一人で行こうとした時、蛍が大きな蚊帳で蜜柑を捕獲した。


「模範優等生の委員長でさえ家族との面会は年一回がいいとこなのに、学園一の劣等生のあんたが会わせてもらえるわけないでしょ」

「蛍…っ」

「これはみんな我慢してることなのよ」


蛍の言う事は最もだ。
転入して来たばかりの私達が、特に蜜柑なんて謎に目をつけられてるらしいし。そんな人が面会なんて許してもらえるわけがない。
私もお爺様に会いたくないわけじゃないけど、我儘なんて言ってられない。

今回は大人しくするべきね、と蜜柑に視線を向けると、蚊帳の中であからさまに落ち込みオーラを出す蜜柑と、それを見つめる蛍。


…これは、まずい。


「…今回だけだからね」

「蛍〜!」


冷静沈着な蛍でも、大切な親友に弱い。故に負けた。
蜜柑もわざとしてるわけじゃないけど、正直わかってるんじゃないかしらと思う。

蛍の秘密衛星で門前のお爺様の様子を蜜柑と一緒に見せてもらうことに。


「あ、写った!じーちゃんや!!」

『お爺様…』


一週間しか経っていないけど、ずっと育ててくれた人の姿を見るとやはり安心する。が、それもすぐに消えた。

孫に合わせろ、せめて声だけでも、手紙でもいいから話を

そう言いながら、門番の人に縋り付く姿は普段体を鍛えているお爺様とは思えない、病人のように見える。

"一度だけ孫を追った孫の方から見つけたと連絡はあったが、電報でいきなりアリス学園に入ったと知らされて、それ以来音沙汰もなく、孫はどうしてるのかと心配で夜も眠れず…"

待って、わからない。私は確かに一回目は蜜柑発見と連絡した。その後にも、学園入学が決まった時にメールを送った。押し付ける感じになったかもしれないけど、何も言わないよりはいいだろうと思い、なのに、どうして。

蛍が映し出していた映像が消え、叫ぶ蜜柑、妨害電波で切れたと言う蛍。

…妨害電波?
もしかして、それのせいで送れていなかった、?


「何で!?音沙汰なしって、ウチいっつもじーちゃんに手紙出して」

「届いてるわけねーだろ」


パニックになる蜜柑に、今までの出来事を黙って聞いていた日向が口を開いた。


「教師がバカ正直に外との接触を許すかよ、特にお前みてーな悪目立ちのバカ」

「何をいきなり…、鳴海先生ちゃんと約束してくれたもん、ちゃんとじーちゃんに手紙届けてくれるって」

「じゃあお前のじじいに現に手紙が届いてないのは何だよ」


蜜柑が毎日手紙をお爺様に書いて鳴海先生に渡しているのは知っている。

…鳴海先生?

あの時、蜜柑が毎日手紙書くと鳴海先生に言った時の、あの人の笑みが貼り付けているようで不思議だった。それがこの嘘をついてまで隠蔽されてることだったら、


「この際だから教えてやるよ、この先鳴海がお前の手紙をじじーに渡す日なんてこねーよ。学園にいる大人で信用できる奴がいると思ったら大間違いだ」

「(こいつ、何言って…)」

「特に俺やお前みたいな目をつけられた奴にとってはな」


蜜柑が乃木くんに言われた、多分目をつけられている、と。それを日向も言うのだから、蜜柑が学園に目をつけられているのは間違いない。理由はわからないが。

日向が教室から出て行くと、行き場のない怒りを委員長にぶつける蜜柑。蛍はそれをぶつけるなら片割れの乃木くんにしろ、と乃木くんを捕まえながら言った。

蛍もなんだかんだ気になるのか、蛍特性手紙を蜜柑に渡し、それを鳴海先生に渡してみることにした。


「じーちゃんにまた手紙書いたのでよろしくっすー!」

「あー、ハイハイ、わかったっすー!」


廊下を歩いている鳴海先生を見つけ、いつも通りに手紙を渡す。いつもと違うのはその手紙にはシール目とシール耳が貼ってあり映像と音声が流れてくるようになっている。
それをこっそり蜜柑、蛍、委員長、私、そして巻き込まれた乃木くんも観察する。


「また佐倉さんから手紙のことづけですか?」
「うん、彼女にとって唯一家族との交信手段だからね」
「でもどんな事情か私には分かりませんけれど無効化のアリスってだけでこの状況は、あの子が可哀想に思えて」
「…まあ、過去の事件のせいで無効化は学園ではある意味禁忌となってるからね」
「毎回この手紙が焼かれるのを見る度何も知らない彼女が可哀想で」


そして言葉通り、焼かれてしまった手紙からは音声も映像も流れてこなくなった。

手紙が焼かれたことを信じれていないのか、鳴海先生を疑いたくないのか、焦りの色が見える蜜柑とは違い私は会話が気になった。


過去の事件で無効化は学園では禁忌となっている。

数日前の授業で神野先生が言っていた、同じ無効化の人がろくな死に方をしなかった、と。

過去の事件、昔にいた蜜柑と同じ無効化の人。
結果を導くにはまだまだ程遠いけど、可能性の一つとして考えられるのは、その血縁者が蜜柑であること。

ただ、その場合私の存在は何になるのだろう。

蜜柑と同じ無効化のはずなのに、目のつけられ方が違う。
先生達の会話に出てくる無効化は蜜柑を特定している。

…私の無効化と蜜柑の無効化はまた違う物という事?


あれこれ考えていると、走り出した蜜柑。考えても答えが出ないなら今は気にしてられないわ。

追う私達、行き先はもちろん…


「先生、ウチの手紙…、何で燃やすの?」

「…ごめんね」


貼り付けた笑みもなく、何を考えているのかわからない表情で謝罪の言葉を述べる鳴海先生。
裏切られた真実に蜜柑は近くにあった花瓶を地面に叩きつけた。


「うそつき!鳴海先生の事信じてたのにウチのこと騙したん!?」

「蜜柑ちゃん…」

「鳴海先生だけはって、みんなのいう事誤解やて思ってたのに、みんなのいう通り鳴海先生ウチらの敵なん!?」

「こら!何やっとるか星なし!」

「うそつき!!じーちゃんに会わせて!」


教師がたくさんいる前で泣き暴れる蜜柑を止める先生。蛍も名前を呼ぶが、耳に入ってこない蜜柑。
追いかけてきた乃木くん達も何も出来ず、黙って扉から成り行きを見守っている。


『蜜柑』

「っ!華鈴、?」

『うるさい』

「でも!鳴海先生がっ!」

『仕方ないわ』

「華鈴ちゃん…」


私の言葉に自我を取り戻した蜜柑と、庇ってくれたのかと安心する鳴海先生には悪いけれど。


『所詮、口だけの人だったのよ』

「ーっ!」

『生徒の気持ちを踏み滲んで…、笑顔で誤魔化せると思ってたのかもしれないけど、馬鹿にしないで』

「!華鈴ちゃん、」

『行きましょう、ここにいても何にもならない』


伸ばされた鳴海先生の手をスッと避けて、蜜柑の手を引きながら部屋を出た。
それでも、暴れた蜜柑は面会も許可なしの食事抜きで部屋に監禁処罰を課せられることになった。

蜜柑からしたら、唯一この学園で始めてきてからずっと信頼していた先生だ。
裏切られたなんて気持ちだけじゃ済まないだろう。

私は身内の一人として、部屋に入るのを許されたため、一人で泣いてるであろう蜜柑の部屋に行こうとすると、袋を持って部屋に入ろうとしてる乃木くんと鉢合わせた。

特に会話はしなかったけど、二人で蜜柑の部屋に入る。


「メシ食ってないんだろ、今井や飛田が心配してたから。これ、あいつらからの差し入れ」

『蜜柑、泣いてばっかだと目が腫れるわ』

「ルカぴょん、華鈴…」


泣きすぎて目が腫れている蜜柑は、乃木くんの服をがっしり掴み、お爺様に会いたい、一目でいいからと縋り付いた。

その結果優しい乃木くんは、


「ルカぴょんごめんね」


蜜柑が部屋にいない間の身代わりになるために服交換をさせられた乃木くんは、恥ずかしそうに大鷲にぴっとり引っ付いている。
この鳥を使って蜜柑を学園の外に出してくれるみたい。


「これ、今井から」

「蛍!?」

「外門越す時上空まで電流結界が貼ってあるらしいあら、その電流をはじくクリームとあとパラシュート」


そこまで厳重にするなんて。それを知ってる蛍も謎だけど。


「…行くんだな」

「うんっ」

『私も行く』

「え!?」


決心した雰囲気の時に悪いけど、私もお爺様に訳を話したい。危なっかしい蜜柑を一人で行かせたくない。


『乃木くん、この鳥の上乗れる?』

「え、大丈夫だと思うけど、でも」

「華鈴は待ってて!電流ってあんたの体には」

『今日は調子いいから大丈夫。はやく』


蛍特性クリームを体中に塗りたくり、納得のいかない二人を無視して大鷲に乗る。
私に何を言っても聞かないことをわかってる蜜柑も大鷲にぶら下がる。

乃木くんも仕方なしに、大鷲に空に飛び立つように指示を出した。
電流結界を打ち消すように、無効化できるかしら。

蜜柑はパラシュートがあるため電流付近になると大鷲が蜜柑を落とした。私はまだ掴まっているけど、どうやら電流が流れることはなかった。大鷲も大丈夫だったみたいで、どうやら私の無効化は成功したよう。
地面におろしてくれた大鷲を撫でて飛び立つのを見てから、不時着してる蜜柑のそばへ。


「いてて、何で華鈴は何ともないんや」

『さあ?はやく行くわよ』

「そ、そやな!」


とは言ったものの、私はここにはタクシーで来たし、蜜柑も同じく。
この付近の宿に泊まってるのは確実だけど、この都会の中探すのは簡単じゃない。二人で手分けして探すのも危険だし。

二人できょろきょろしながら周りを確認していると、ふいに後ろから口を塞がれた。


「おい気をつけろよ、どんな力持ってるか分かんねーぞ」

「さっさと気絶でもさせて車に放り込め」


これは、学園の教師じゃない。アリス学園生を狙った人身売買の誘拐犯?
私は足で後ろから抑え込む人の膝を蹴り、蜜柑は肘鉄をくらわし、二人で走る。


「おいっ逃げたぞ!」

「バカ!追え!」


大人の人から逃げれる訳もなく、


「このっ」

『ちっ、』


蜜柑の背中を押し逃すことはできたけど、腕を掴まれてしまった。
その瞬間、スイングするような音が聞こえ、それと同時に私たちの前には誘拐犯から庇うように鳴海先生が。


「うちの生徒に指一本触れるな」


初めてここに来た時日向くんに向けて使っていた鞭豆なる物を使い、相手を打つ。


「おいやばいよ、ここで捕まったりしたら」


そんな声とカチッという音が聞こえてきて、その物が蜜柑に投げつけられる。


「あ、あぶなっ」

『…っ』


無意識に、駆け出した体は蜜柑を守るように抱きしめた。
間近くで鳴り響く爆発音。爆弾を投げてきた相手は颯爽と去って行く。こんな物投げられたことなんてないから、当たってしまっても麻痺しすぎて痛みがないのだろうか。


「華鈴ちゃん!!!」


本気で焦る鳴海先生の声が爆風の音の向こうから聞こえる。

音が無くなってから、そっと瞑っていた目を開けると、砂埃と壊れている学園の塀が。


「華鈴ちゃん!蜜柑ちゃんも!大丈夫!?」

「ウチは何とも、華鈴!華鈴は!?」

『けほっ、…別に』


怖いぐらいに、何もない。体に傷一つついていない。砂埃のせいで噎せてしまったけど。
確かに爆弾が蜜柑に投げつけられた。それを庇ったから奇跡的にも重傷、悪ければ死んでいたんじゃないかと思うぐらいなのに。

それなのに、関係ない近くの学園の塀が壊されていて、私たちは無傷だ。逆に鳴海先生に切り傷があり、血が垂れているぐらい。


「何で!?華鈴、爆弾もろに受けて、鳴海先生も、何で怪我…」

「僕は壊れた塀の欠片で切っただけだから大丈夫」

『私もよくわかんないわよ』


私と蜜柑の周りは何事もなかったかのように綺麗なままで。
そういえば、初めてこの学園に来た時も乃木くんが飛び込んで来た時、大きな窓の欠片が刺さりそうになって跳ね返るように落ちた気がするけど。


「僕が見る限り、爆弾が跳ね返った気がしたけど、」

『…そう』

「…とにかく、二人とも無事でよかったよ」

「あ、ウチ、ごめんなさい、ごめんなさい」


体のいろんなところから血を流す鳴海先生に涙を流しながら謝る蜜柑。


「帰ろう、外は君達にとって以前とは違う危険に満ちた場所なんだ」

「でも、じーちゃんっ」

「…一緒に、一緒に帰ろう」


あんなに暴れていた蜜柑も、流石に怪我をした鳴海先生に言われたら何も言えず、私達は言われるままに鳴海先生の部屋について行った。

岬先生が鳴海先生の怪我を治療して、今回のことは黙っていてくれるらしい。
自分が引き起こしたと思い青い顔をした蜜柑は、鳴海先生に頭を撫でられて心配するなと言われていた。


「いろんな事あって疲れたでしょ、今日は僕んちに泊まっていきなさい」

「…先生、何でウチの手紙燃やしたの?何でウチは、学園に目をつけられてるの?」

「…ごめんね蜜柑ちゃん、今は何も答えることはできないんだ」

『私が同じ無効化なのに蜜柑と対応が違うことも?』


二人の会話に入ると、少し辛そうな顔をした鳴海先生が頷いた。


「うん、ごめんね。おじいさんにもあわせられなくて。でも、その事は僕が必ず何とかする、何をいっても信じてもらえないかもしれないけど」

『そうね、言葉じゃいくらでも言えるし』

「華鈴ちゃんのいう通りだ。でも、今は我慢して僕を信じて事の成り行きを任せてほしいんだ。僕はいつでも蜜柑ちゃん達の味方でありたいと思ってるから」


生徒が毎日笑って過ごせる学園になることを望む先生もここにはいるから、私達には人を信じる心を忘れて欲しくない
そう言った鳴海先生の言葉は、貼り付けた笑みで言う時と違った。

過去に何があったかなんて知らないし、関係のない事なのかもわからないけど、


「先生、一緒に眠ってもいい?」

「いいよ、おいで」

『(何で私も…)』


生徒のために駆けつけてくれるなら、貼り付けた笑みとは違い嬉しそうに心から笑ってくれるなら、私たちを守ってくれるなら、


「先生」

「はい?」

「じーちゃんって呼んでいい?」

「…じーちゃんはちょっと、」

『ふふ、こんな若いお爺様面白いわね』

「僕まだ二十代だよ!?(華鈴ちゃんが笑った…)」


蜜柑が信じるなら、私も少しは信じてみようかしら。


「じゃ、お父さんってのは?」

「お、お父さん…」

『私たちお父さんいたことないから、変な感じね』


嬉しそうにお父さんと呼ぶ蜜柑に、答える鳴海先生。
日向が信用できないと言っていたけど、今はまだ小さな可能性でも信じることにしよう。鳴海先生が行動で示してくれたなら、その時は心から信頼しよう。


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