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潮の匂い、鉄の錆びた匂い、誰かの話し声…


『………』

「こいつが、あの"黒ネコ"ねえ…」


目を覚ましたタイミングが悪かったのか、ちょうどレオが寝ている日向を足蹴にしてるところだった。
慌てて見つかる前に目を閉じる。


「あの、何なんですか?その黒ネコって」

「黒ネコってのはこいつの裏世界での通称、こいつはアリス学園の影の産物、闇工作員さ」


闇工作員…?


「こいつが何で組織のブラックリストに載ってるのか知ってるか?」


組織?
ダメだ、知らない単語が多すぎる。


「二年前、わずか八歳の時こいつは自分の住んでた街全域を一夜にして火の海にしたんだ。国に揉み消されて世間的にはただの放火として事件は迷宮入りで片付けられたんだけどね」


放火?日向が?しかも八歳の時って…


「学園は更生と称してこいつを着々と裏の仕事を片付ける工作員に仕立て上げた。こいつに痛い目にあわされた国や企業、団体は多分両手じゃ足りない、うちの組織もな」

「目の色変えるハズですね、そりゃあ」

「仕事をする時一度も黒ネコ面をはずさないことから畏怖を込めて黒ネコと呼ばれたらしいけど」


危険能力系の生徒全員が、本当は目をつけた生徒を裏工作員に育てる工作員養成セクション、とレオは続けて言った。

言う事を言うと、寝てる私たちには興味がないのか、放置されて何処かに行ってしまった。


「棗くんはそんなことしないわよ」

「…え」

「工作員とか放火とか、あんなのでたらめに決まってるわ。棗くんはそんな事する人じゃないわよ」

『そうね、日向は優しいもの』

「あ、華鈴!よかった、起きたんやな」

「華鈴さん!無事でよかった」


何で蜜柑とパーマがここにと思ったけど。
そもそもここはどこなの。
潮の香りからしてどこかの海の近くだと思うけど。


「でよう」

「な、どうやって」

「分からへんけど、今夜二時に密輸船来るゆうてたし、そしたら棗もウチらももっとヤバい事になるよ」

『密輸船、売るつもりね』

「せやから、死ぬ気で考えんねん、ここからの脱出方法を」


売られるなんてごめんだ。
でも私も腕を縄で縛られてるし、嗅がされた薬のせいでたまに頭がぼーっとする。

ガジガジとパーマの縄を噛み切ろうと頑張る蜜柑の頭に違和感が。
それと同時に日向が目を覚ました。


「パーマパーマ!棗目覚ましたよ」

「棗くんよかったー!一時はどうなるかと心配で」


こそこそ話でこれまでの経緯を話すが、聞いていない日向。

潮の匂いもするため港の倉庫らしく、片方は荷物でうまってるけど出口は二つ。
パーマがアリスを使って倉庫街の様子を探ろうとしたけど、なぜかアリスが全然働かないとか。
レオの仲間にアリスを封じる結界師がいるんじゃないかと予想するパーマ。

そして日向も蜜柑の頭に気付いたのか。


「おいバカ」

「バカゆうなっ!」

「お前その耳につけてるパンダ何だよ」

「はあ?これは蛍にもらった通信用イヤーマフラー…、あ…」

『蜜柑、私にもついてるから、スイッチ入れて』


怒りを表すパーマには悪いけど、今は説教してる時間が勿体無い。
すぐに二つスイッチを入れると、聞こえてくる蛍の声。


「はいこちら蛍です。ああ蜜柑に華鈴?やっとスイッチ入れたわね」

『スイッチ入れる直前に捕まっちゃったの』

「無事でよかった。…なんか外野がうるさいからかわるわね」


蛍の安心した声の後、聞き慣れた鳴海先生の声が。


「もしもし蜜柑ちゃん、華鈴ちゃん?僕だけど聞こえる?」

「鳴海先生!」

「今井さんから大方の事は聞いたよ、大変だったね、四人とも無事?」

「あんなあんな、ここどっかの港の倉庫やねんっ、棗の具合まだけっこー悪くて、それにここ結界みたいなん貼ってあってアリス使えへんし」

『うるさい蜜柑』

「落ち着いて、声小さく小さくっ」


ここからは声を出すのは危険だから、鳴海先生が喋るだけにしてもらう。
まずは気を失ったフリを続ける。そしてマイクは状況がわかるようにオンにしておく。場所の特定を図る間に手足を拘束してる縄は自力で引き千切るか、どうしても無理なら日向に無理してもらい火で縄を燃やす、と。


「弱ってる体にはかなり負担だろうけど、棗くん本来の力なら結界を壊すくらいたやすいハズだ」

『(…いや、結界を壊すと絶対にバレる。それなら体調が悪い日向に無理はさせられない)』

「簡単に言いやがって…」


アリスを使おうとする日向に何とかタックルして止めさす。
学園の結界にも電流が流れてるなら、ここにはってる結界にも壊すときにダメージが来るはず。
それなら、


『私が無効化で結界を壊すわ、その間に火で縄を焼いて』

「お前、」

『蛍、指輪に発信機あるんでしょ。一瞬結界壊すからその瞬間に居場所特定して』

「…わかったわ」


上手くできるかわからないけど、でもやらないと。

意識を集中させ、結界を壊すことにアリスを使う事を考える。
その直後、一瞬電気が走ったかのような感覚があったが、痛みを感じる間も無く消えた。

また、跳ね返した?

視線で日向にアリスを使うように頼むと、自分の縄を燃やし、私の縄を解いてくれた。
それから私は蜜柑の縄を解き、蜜柑はパーマの縄を解く。


「縄をはずした後、確実に逃げるチャンスが出来るまで縛られたフリを続けるんだ。それと二つ重要な事がある。一つは出来る限り自分のアリスを敵に明かしちゃダメだ。それともう一つ一番重要な事、何があってもレオの声を聞いちゃいけない、もし聞いたら」

「なるほど、通信機だったんだ、コレ」


パーマの縄を解き終わる瞬間、蜜柑と私の頭につけていた通信機がレオによってはずされた。


「紫堂の結界壊したの、やっぱお前か。すぐに修復したけど」

『………』

「跳ね返しのダメージも受けてないなんて…、確定だな」


ニヤリと不敵な笑みを浮かべたレオ。何が確定なんかわからないけど。

それから通信機のマイクに口を近づけ、鳴海先生に話しかける。


「お久しぶりです、ナル先輩。先輩の可愛い生徒勝手にお預かりしちゃってスミマセン。ま、預かったっていってもお返しする日なんて来ませんけどね」

「玲生、お前何で反体制組織に…」

「驚きました?でも僕の方こそ驚きですよ、あなた程の人が何であえて学園の犬なんかに収まってんですかー?」


先生とレオって知り合い?


「どちらかといえばあなたは反アリス学園側の人だと思ってたのにな」

「玲…」

「さてと、」


通信機を投げつけ壊し、アリスを使おうとしてるのか結界を緩めるように部下に言う。


「知ってるかもしれないけど僕のアリスは声フェロモンでね、普段はこの制御ピアスでコントロールしてるから分からないだろうけど」


制御装置のピアスをくるくるいじりながら、私たちと距離を詰めるレオ。


「お前のアリスは?」

「わた、あ…、体質、」


パーマの前に行くと、声フェロモンを使いアリスを聞き出そうとする。
蜜柑は無効化で何ともないみたいだけど、そうじゃないパーマは話したくなくても口が勝手に動くようで。


「パーマ!耳塞いで!言っちゃダメ!」


蜜柑が制止する声と同時に、何かがレオに向かって投げられた。
そうかに落ちていた大きなネジの様なものを日向が抵抗するように投げたよう。


「へえ、まだ反抗する力が残ってたんだ。今のはこいつらを庇ったつもりか?」


日向の行動で、レオのターゲットがパーマさんから日向に変わる。


「なるべくならお前は僕の声で無害にしてからボスに引き渡してやりたいと思ってたところだしね」

「なつめ…っ」

「どうせお前らはもうこっから逃げる事は出来ないよ。あの二人は海外行き、お前とその女はめでたく組織入り」

「うっ…」

『は?』


組織入りってどういうこと。私は日向と違い裏の仕事もしてないし、たいして強いアリスを持ってるわけでもない。

この男の私のことをお見通しな感じ、むかつく。


「抵抗したっていい事ないよ、無事ここから逃れたところで煙たい目に囲まれて学園でお前はまた汚れ仕事専門だろ?」


じわじわ蝕むような声で日向にアリスを使うレオ。


「だったら組織に来るのと何が違う?組織はお前みたいに学園を憎んでる奴ばかりだ。お前にとってもその方が…」

「やめろ!」


日向とレオの間に入り、レオを押しのける蜜柑。私は倒れそうになる日向を後ろから支える。


「さっきから勝手なことばっか言うな!何で棗や華鈴がお前らなんかと」

『私何も聞いてないし。組織とか意味わかんない』

「…おい、こいつら、あんだけレオさんの声きいてて何で何ともないんだ?」


私は何だかレオにバレてそうだったから気にしないけど、蜜柑のことを何も知らない向こう側からしたら蜜柑の行動はアリスを自ら明かすようなことになっていた。
蜜柑もしまったと思ったのか、目を見開く。


「お前も、無効化か…?」

「え、あ?…何のことやらウチ…」


とぼける蜜柑も演技が下手で、私の時と同じように、レオに顎を掴まれて顔をじっくり見られる。


「こいつとは違う無効化でこの顔…、似てなくもない、あの女に」

『(私と違う無効化?)』

「(え……、何、あの女、?)」

「おい、今すぐデータを調べろ。あの女について十年程前を徹底的に洗い出せ。おもしろいことになりそうだ」


蜜柑から手を離し、部下達に命令するレオ。


「黒ネコ以外にこれは思いもよらない収穫かもしれないぞ」

『(蜜柑に何が…)っ!う、ごほっごほっ』

「華鈴!?しっかりしい!薬は!?」

『っ、けほっ、鞄…』


空気の悪い倉庫の中で更に地べたで寝ていたせいで、元々弱い体に良くなかったのか、嗅がされた薬の影響もあるのか、頭がくらくらして呼吸が苦しくなる。

病院で薬をもらった後家で飲もうとしていたからまだ飲んでいないし、しかも鞄はレオ達にとられているので、今飲むこともできない。


「ちょっと佐倉さん!華鈴さん、大丈夫なの…」

「薬、薬があれば…!」

『…はぁ、大丈夫。…ごほっ』

「大丈夫じゃ、ねえ、だろ、」


それは日向も同じ事なのでは。

噎せる声を小さくする事はできないので、それを聞いたレオが様子を見に戻ってきた。
その手には私の鞄が。


「…嫌なところ似たね、君は」
レオくんの声で沢山の人幸せにできるね!

『…どういう意味、けほっ』

「華鈴はよ薬!」


鞄の中から薬と水を取り出してくれる蜜柑。
レオは答える気がないのか、鞄だけ落とすと一言添えてからまたデータを調べてる人の元に。

アリスの人が作った即効性の薬のため、飲んだら呼吸も落ち着きすごく楽になった。
そんな私を見て三人はホッとしたのか、日向に関しては次にすべき事を考えパーマに周りの状況をアリスで探れと言う。

結界が緩い中ではアリスが使えるのか、パーマは猫のヒゲを出しくんくん匂いを嗅ぐ。


「…人気はなし。南方の二つ先?の倉庫から大量の火薬と薬品の匂いがするわ」


パーマのアリスは犬猫体質?
猫っぽい顔してるけど。


「お前ら、俺が合図したら全速力であのドアに向かって走れ」

「え…」

「逃げるならあいつらの気がそがれた今しかない」

「ちょ、何する気?」

「走ったら絶対に止まるな、どっちかでも無事逃げきったらなんとかして学園にここの居場所を伝えろ」

「まってあんた、走れる体とちゃうやん、華鈴も…」


私の心配をする蜜柑。実際薬が効いたからといって、この体調で走って逃げることは出来そうにない。


「俺はなんとかなるが、」

『…私も日向といるわ』

「…勝手にここまでついてきたんだし、放っておきたいのは山々なんだけどな、流石に売られるってなったら寝覚めわりーんだよ」


日向の考えに蜜柑は納得がいかないのか、渋い顔をするが今はこの考え以上に良いのが思いつかない。
二人が座ってる体制から中腰になり、日向が合図を出した。


「いけ!」


日向の声と走り出した蜜柑達に、倉庫にいる人たちが二人を捕まえようと追いかける。


「動くな!」

「な…」

「少しでも動けば、この先にあるダイナマイトに火をつける。そうすればここなんて一瞬で火の海じゃねえのか?」

「は?何を言ってる。お前にこの結界の中そんな距離の倉庫に火をつける力なんか…」

「あるさ」

『私結界を壊せるし』


立ち上がった日向の横に私も立ち、脅すようにアリスを使い結界を壊した。使い方さえ一度わかればこんなの簡単。


「こいつっ、俺の結界を…」

『これで日向に負担ないわ』

「…なんならためすか?」


手に炎を出し、レオ達を脅す。
流石に本気と思ったのか、みんな動けずにいる中、蜜柑達の背中を押す。


「さっさといけっ!」

「「…っ!」」


二人は後ろを振り返らず全力で走って倉庫を出た。
このまま逃げて先生と合流してくれたらいいけど。

おそらく結界を壊した時に蛍が発信機でおおよその居場所はつかめてるはず。そこからまた結界を壊したので、近くまで来てる先生達が気付いてくれるのを信じるだけだ。


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