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アリス祭の開会式は中等部のグランドで開催されるから、間違えて初等部に行かないように、と鳴海先生が言っていたのに、私と蜜柑は朝起きて寝坊→遅刻→初等部→中等部→迷子、という状態になっている。
ちなみに私は開会式は別に出なくてもいいんじゃないか、と思い遅刻なんてそもそも考えず部屋で寝ているつもりだったのに、遅刻した蜜柑に泣きつかれて起こされた。
中等部なんて来たことないし、今いる場所がそもそも本当に中等部なんかもわからない。
のだっちが消えた後、無効化の特訓を蜜柑自ら日向に頼んだ。パートナーのよしみと言っていたけど、確かに日向のアリスなら無効化出来たかどうかわかりやすい。
私も付き合ってもらい、蜜柑ほどスパルタじゃなかったし、おかげさまでアリスは安定した。
「ぎゃっ!」
なんか情けない声が聞こえた。
前の方で朝ごはんのパンを片手に持ちながら走っていた蜜柑は、盛大に転んだ。
まったく、世話がやける。
泣いている蜜柑に近付くと、同じ様に近くを通った高等部の制服を着てる人達が蜜柑に声をかけた。
「初等部の子だね、転んだの?」
そう言い近付いてきたリーダー的な人。
蜜柑が怪我をしてる足を見て、もう一人の高等部の人に目線で合図を出した。
するとその人は蜜柑の傷口に手をかざす。
「大丈夫、傷は彼が治してくれるから」
「ひゃ〜っ」
治癒のアリスの持ち主である彼は、無表情のまま蜜柑の傷を跡を残す事なく綺麗に治した。
何だかこの人を見てると雰囲気がすごい蛍に見える。顔もどことなく似てる気が。
「もうみんなグランドに集まってると思うんだけど、こんな所でどうしたの?」
「あ、えっと、ウチ迷って…」
「迷った?じゃあ中等部まで一緒に行こうか」
それはありがたい。このままだと私も蜜柑も着く頃には開会式を終えてるだろう。
目をキラキラさせながらお礼を言う蜜柑に便乗して、横で頭を軽く下げる。
「ウチ初等部B組の佐倉蜜柑言います!」
『佐倉華鈴』
「佐倉…、もしかして君達棗のパートナーの?」
「え!?何でウチらの事知ってはるんですか?」
「さあ、何でだろうね…」
一応名前だけ教えると、この場にいた高等部の人達がざわついた気がした。
日向のパートナーで有名なだけか、はたまた違う理由か。真相はわかんないけど、この人達とはそんなに深く関わる仲じゃないだろうし、気にしなくていいか。
ジーッと蜜柑に声をかけた人に見られているけど、無視だ。特に会話する必要もないし。
数秒見られていたが、ハッと驚くとすごく優しい笑みを浮かべた気がしたので少し不気味な感じがした。
この人達のおかげで何とか中等部グランドまでたどり着けた。
再度頭を下げて、蜜柑に腕を引っ張られながら走る。既に始まっていたのかアリス祭の説明をBGMにしながら。
「委員長っ!蛍っ!」
「どうしたの!?特力の列はあっちだよ!?」
「え!?」
「華鈴起きたのね」
『正確には起こされたんだけど』
どう見ても能力別クラス別ごとに並んでるのに、蜜柑は蛍と委員長を見つけた途端そっちに行くんだから。
特力の列はまた別の方だから、移動しないと。
「あ!それよりきいてっ!さっきウチなすごい事あって」
ーでは全校生徒を代表して学園総代表の櫻野秀一君の挨拶を…
「あ!あの人!」
『さっき道案内と蜜柑の怪我治してくれた人達ね』
代表者の挨拶をしている人に見覚えがあったのか蜜柑が大声をあげた。
マイクに向かって挨拶をしている人と、その後ろに控えて座っている人は先程私達を助けてくれた人達だ。
「ええ!蜜柑ちゃんてばプリンシパルの人達にそんな事してもらったの!?」
「プ、プリンシパル?」
「彼らはいわゆる"幹部生組"で全校生徒の憧れの的だよ」
羨ましいな、と言う風に蜜柑に説明する委員長。
幹部生組ってことは、もしかして日向も?
アリス学園の小中高全てを統べるのがプリンシパル(執行部)で、幹部生と補佐の幹部候補生で成り立っているらしい。
私達に真っ先に声をかけてくれた今話している人が、学園総代表の櫻野先輩で三つのアリスを持ってるとか。
蜜柑の傷を治してくれたのは潜在系総代表兼副代表の人らしい。
座っている人を次々説明してくれる委員長。
一番端に座っているは日向くん。スペシャルだしやっぱり執行部の一員って感じなのかしらね。
「でも委員長、ホンマこういう事詳しいな」
「何言ってんの蜜柑ちゃん、委員長と蛍ちゃんは時期幹部生候補だもん。いずれ自分達が行くかもしれないんだし詳しくって当然だよ」
「ち、違うよ!そんな事ないよ!やだなあ、もうっ、」
身近な存在で偉大な未来がある二人に驚き声が出ない蜜柑に、委員長が否定するけど、周りはトリプルだから絶対間違い無いと言う。
「てことは華鈴もか!?」
『知らない。いやよ私は』
「二人ともすごいとは思ってたけど〜…」
「そんな事ないってばー!ねぇ蛍ちゃんっ」
くらりとすごさによろつく蜜柑と、恥ずかしいのかすごく否定する委員長。
蛍に助けを求めるように声をかけたけど、蛍の耳には届いていないのか。
「………」
二人はいつもと違う蛍を不思議に思うだけで気付いていないけど、蛍はある一点をじっと見つめていた。
その先には治癒のアリスの人が。
この二人、もしかして…
ーそれぞれの想いや期待を胸に、アリス祭只今開幕です!
***
結局私達は特力の列に行く事なく、開会式を終えて体質系と特力系エリア方面に向かう。
ちなみに私は特力系が何の出し物をするのか知らない。準備をする時は手伝ってと言われるがままに手伝っただけだ。
特力系エリアに行くと、立っている看板に"特力系 RPG・アラジンと魔法のランプ 第1体育館にて"と書かれていた。
中に入ると体育館一面迷路が。
「すっごーいっ!!!」
「特力は他と違って模擬店祭のみの参加だからな、みんな気合い入れてかかろーぜ!」
「わっ!翼先輩かっこいーっ!」
いつもの制服とは違い、アラビアンな格好をした安藤先輩。
これは私達特力系が魔人の格好をして挑戦者と闘うとか?闘うって言ってもアリス使いあったら危ないし、どうなってるのかしら。
かっこいいと言われ胸を張っている安藤先輩に蜜柑が抱きつこうとしたが、美咲先輩に引っ張られて連れ去られた。
「ほら、華鈴も行ってこい」
『は?』
「は?てお前なあ…、ほら行った行った!」
背中を押され、仕方なし蜜柑について行く。
別室で着替えをしている人達に紛れ、私達も用意された服を手に取る。
「ウチと華鈴の衣装、ちょっとちゃうなあ」
『頭のやつヒラヒラしてて邪魔』
蜜柑のはまだ可愛さとかっこよさを兼ね備えたランプの魔人に見えるが、私のはどう見てもアラビアンコス。顔は隠れないけど頭にベールがついてるし、二の腕から手首まで布があり、お腹も出てるし、下は蜜柑と同じパンツ。
どちらかといえば美咲先輩と似てるかも。パンツはシースルーではないけど。
さらに蜜柑は髪の毛をポニーテールにし、私は片方にまとめてフィッシュボーンに。髪の毛のところどころにラメを散らして完成。
流れ作業のように着付けが終わると、またまた安藤先輩達の元に。
「ひゃーっ!」
「おー!可愛い可愛い、まるでアクビちゃんだな」
改めて自分の姿を見た蜜柑が興奮で声をあげる。
『これせめてお腹どうにかならないの』
「何言ってんだ!お前は大事な客寄せなんだから…」
『なに』
「…完璧すぎて言葉が出ねえ」
真顔で言う安藤先輩にため息が出た。
「セットも衣装も準備万端、あとは客が入るのを待つのみ」
「特力RPG"アラジンと魔法のランプ"開店!!」
「がんばるぞーっ!!」
「「「おーっ!!!」」」
全員着替え終えたのか集合し、気合いを入れなおす。
まあ、気合いだけは一丁前なのだけれど、毎年参加していなかった特力系に来る人なんていず。
三十分経っても客は誰一人来なかった。
「な、なんでや…」
「しょーがねーよ、こうも外に人っ子一人歩いてない状態じゃ」
「まあ大半が潜在系エリアと技術系エリアに行くとは思ってたけどここまでとはなー」
「ここ場所も結構不利ってのもあるよなー」
毎年一位争いの潜在系と技術系は比較的敷地内の中間である初等部と中等部で行われており、万年三位と最下位の体質系と特力系は離れにある高等部で行われる。
人目につきにくいってのも理由なわけだ。
窓ガラスにベターと張り付いていた蜜柑が、外を見て人が来た事に気付き、特力系のみんなを引き連れて走って行った。
私も歩いて後を追う。
「特力系RPGにいらっしゃーい!」
「わーっ!!」
全員で押し寄せるため、客である人達は恐ろしさから驚いて腰を抜かした。
「ちょ、ちょっと待てよ、俺らは体質系に行くんだよ!」
「特力系RPGもおもしろいよ!」
「えー、特力なんて、どうせ見なくてもたかが知れてるって。毎年そーだし」
たかがしれてる、その人の言葉でへこんでしまった蜜柑。
そして言う事言ってこの場を立ち去ろうとした人達と目があったかと思うと、こっちに来て手を握られた。
「き、君!新入生の佐倉華鈴ちゃんだよね!?」
「体質系行く為だったけどわざわざこんな所通った甲斐があったな!」
「うわ〜!実際見たら凄い美人だったからすぐわかったよ!よかったら俺たちと一緒に」
『じゃあ自分達がどれだけ不釣り合いかわかんない?気持ち悪いほんと離して吐く』
別に普通の人で知り合いなら何とも思わないけど、顔を真っ赤にさせて汗をダラダラ垂らしながら息をハアハアさせ、手汗もひどいのにやめてほしい。
可愛い顔からは想像もできない毒舌に、近くに来た男達は顔を青ざめた。
手の力が緩くなったのを見て、すっと引き蜜柑達の近くに行くと、さっきの人達はとぼとぼと体質系エリアの方に歩いて行った。
一応私も特力系なわけで、あんな感じに馬鹿にされるのは腹が立ったし。
私の行動を黙って見てたみんなは、よくやったて顔をしてる。
さっきまでへこんでいた蜜柑もスッキリしたのか、安藤先輩は私の頭をガシガシと撫でた。
「よく言ったな華鈴!」
『やめて髪の毛乱れる』
「蜜柑もへこんでんじゃねーよ、俺らにはこれくらいのハンデあった方が逆に有利なんだよ」
「へこんでなんか…」
「客がこっちに期待してない分、その期待を上回って客を楽しませるのがそれだけラクってことだろ?」
私の頭を撫でていた安藤先輩の手は今は蜜柑を抱き上げている。
「いいスタートラインに立ったよな、俺たち」
「こういう風が俄然燃えるっつーか!」
「雑草魂ってやつだ!」
雑草魂ーっ!!と盛り上がるみんなを見ていると、安藤先輩と目が合った。
そして悪い顔をしたかと思えば、蜜柑を下ろし私を片腕に担いだ。凄い力持ち。
「うわっ、軽っ」
『ちょっ、何すんの』
「華鈴も楽しめよ!な?」
他のみんなと同じように片手を捕まれて無理やり上にあげられた。
全然楽しくないわけじゃないし、楽しいことあれば楽しむわよ普通に。
「おや、何だかお客もいないのに盛り上がってるねー!もしかして僕ら一番乗りかな?」
「鳴海先生!ルカぴょんにパーマも!」
ふと聞きなれた声が聞こえ安藤先輩に担がれたまま振り返ると、うさ耳をつけた乃木くんと猫耳をつけたパーマ、いつもよりラフな格好をした鳴海先生が。
鳴海先生に抱きつきに行く蜜柑に、私達二人が心配で見に来た、と冗談交じりにいう先生と、模擬店祭には力を入れてないから暇つぶしに来たと言うパーマ。
そしてパーマと乃木くんの格好に今気付いたのか、服装の話題になる。
「あんたこそ何よ、そのヘソだしっ」
「じゃーん!ウチはランプの精でーす!」
「魔人だろ?」
「あはは、似合ってるよ蜜柑ちゃんに華鈴ちゃんも」
『動きにくいけど』
安藤先輩に担がれてるおかげでいつもは見上げる視線も目の前に鳴海先生の顔があり、話しやすい。
鳴海先生に抱きついていた蜜柑は私の元に来ると、安藤先輩に下ろしてもらうように言い、腕を引っ張り乃木くんの前へトンっと押された。
「華鈴めちゃ可愛いやろ!どう?ルカぴょん」
「え、どうって…」
勝手に人の感想を他人に求めないでほしいんだけど。押されたせいで転けそうになったし。
乃木くんの代わりに腕の中にいた兎が似合ってると書かれた看板を掲げてくれた。
兎の頭を撫でながら乃木くんからも直接言ってくれるのを待つため、私の方を後ろから抱き、感想をワクワクと待っている蜜柑とジッと見つめる。
『どう?変?』
「え、いや、変じゃ…ない」
『じゃあ何?』
「何って、その…」
照れてる乃木くんがなんだか可愛くて意地でも言わせたくなる。
可愛いと思ってくれてるのはわかっているが、やっぱちゃんと聞きたいし。
顔が赤くなっていく乃木くんを見つめていると、後ろから安藤先輩に腕を引かれた。
「華鈴、そのへんにしといてやれ…」
『んー』
「小悪魔め」
少し納得がいかない顔をする華鈴と、今のやりとりで流架に対して何かを察した人々がいた。