01
都会とは無縁の田舎生活を送っていた私には、親友と呼べる友達が一人だけいる。まさかその一人がアリスという天才しか入学することができない、アリス学園という小中高一貫の学校に通うことになるなんて。
『蛍なら心配ないと思うけど、向こうでもがんばって』
「ええ、ありがとう華鈴。あの馬鹿のお守りを任せる形になって申し訳ないわ」
『いいの、元気でね』
今井蛍、私の一番の親友といっても過言ではない人。
紫の瞳に、黒のショートヘア、色白の肌。見た目に反して中身はクールでかっこいい蛍が本人にも言わないが大好きだ。
別れの挨拶をすませて、車に乗ろうとする直前に聞こえてきた大声。
「蛍っ!!!」
蛍の名前を呼びながら全速力でこちらに向かって走ってくる前髪センター分けでツインテール、私の片割れのような存在、佐倉蜜柑。
やっと来た、と呆れる蛍とは違い、蜜柑は蛍に罵声を浴びさせながら飛び蹴りをくらわそうとしたが、巨大ハエたたきで返り討ちにあっていた。
これもよく見慣れた光景、明日からはなくなると思うと少しだけ物足りない。
私達と今井蛍との出会いは小学校四年生の時。転校してきた蛍に、私は他人に興味がなく、蜜柑は反感を待っていたけど、
ある日…
「キャラが被らない限りは可愛いからつるんでる方が色々と得だと思うのよね」
『…私とあなた、少し似てるキャラだと思うけど』
「いいの。こんな美少女初めて見たから。逃すのが惜しいわ」
『………(逃す?)』
片手に"美少女コンテスト、グループ参加可、優勝賞金10万円"と書いたチラシを持ちながら私達二人に話しかけてきた。これが初会話だったけど。
とまあ、最高の口説き文句を受けた蜜柑はすぐに蛍に落ちた。コンテストはもちろん優勝。
それから私たち三人はずっと一緒だった。遊ぶときも学校に行くときも、ご飯を食べるときも。主に、先走る蜜柑のお守り役が私たち二人だった為、気の合う人が近くにいることは心地よかった。
蜜柑は涙を流しながらも蛍に不満をぶつけまくっている。
しかも蜜柑には直接伝えたわけではなく、到着が遅い、カメ便を使って都会の学校に行くことを伝えたらしい。
私はちなみに一週間前には本人から聞いていた。
「蛍のアホバカー!何でそんな大事なこと黙ってたんよー!!」
「…バカね蜜柑。こんなの泣く程のことじゃないわよ、一生会えないわけじゃあるまいし」
『夏と冬には帰って来てくれるみたいだし、手紙も書いてくれるらしいわよ』
でも、と納得のいかない蜜柑に、蛍が涙を拭ってあげると、美少女の行動に赤くなる蜜柑。
時間は待ってくれなくて、蛍がスーツを着た人に車に乗るように言われ、本当の別れがきてしまった。
「このカメは餞別にあげるわ、元気でね」
一生会えなくなるわけじゃない、その蛍の言葉を信じて私は笑顔で見送った。蜜柑は泣いていたけど。
***
蛍との別れから半年後、二日に一回手紙を書いていた蜜柑に蛍からやっと返事が来た。
今年の夏は暑いし疲れそうなのでそっちには帰りません。
こっちは冷暖房完備で快適です。
華鈴、変な男に気をつけて
スイカ下さい。
蛍
と書かれたハガキが半年にしてやっときた。蛍のことが大大大好きな蜜柑には、この程度のハガキじゃ満足できないみたいで。
「うぅ〜、華鈴〜!」
『はいはい、無視されるよりマシでしょ』
「せやけど〜!」
『ほら、蛍はあんたのどんな顔が好きだったんだっけ』
はあ、と読書をしながら言うと、蛍の言葉を思い出したのか無理やり涙を拭い笑顔になった。
『まあ、気長に待ちましょ』
「うん!」
なーんて、言ってた蜜柑だけど、学校ではアリス学園についての噂が出回ってるようで。
卒業するまで親にも会えない、電話もできない、蛍は家族と共に学園のスカウトから逃げ回っていた、アリス学園に入学すると多額の給付金がもらえる、とか。
それを聞くとまたまたネガティブモードの蜜柑。正直めんどくさいから無視をして先に帰ったけど、学校から帰って来た蜜柑はすごく悲しそうに泣きながら私に告げた。
「蛍な、ウチらの為にアリス学園行ったんやって、町が貧乏やから、その為に行ったんやって…」
『…そう』
「蛍のお母さんは、そんなことないって言うてくれたけど、蛍優しいから、不器用やからっ」
『…そうね、あの子は少し不器用だから。でも嘘はつかないわ。必ず会える日が来るから信じて待つだけよ』
「うっ、蛍の、バカぁ…、華鈴はウチの前からいなくならんといてな?」
『…あたりまえよ』
抱きついてくる蜜柑に今日だけは優しく抱きしめ返してあげた。
これで明日からは少し大人しくなればいいけど。
いつも通りの日常、のはずだったのに…
「孫が家出したーっ!!!」
お爺様が朝から騒いでる声で目が覚めた。手には、ごみんね、と蜜柑マークを書いた蜜柑からの手紙らしきものが。
ちなみにぼそりと、わしのヘソクリと共に…、は聞かなかったことにする。
ごめんね、じゃなくて、ごみんね、の時点でふざけてるでしょあいつ。
血圧が上がるといけないので、なんとか背中を撫でながら落ち着かせると、私が居ることには安心したようだった。
蛍がいなくなって、蜜柑が落ち込んで。あんたが急にいなくなって落ち込まない人がいないなんて思わないでよね。
口では怒りを表しているお爺様だけど、その背中はすごく焦っていて寂しそうで。
何が、華鈴はいなくならんといてな、よ。あんた自身で私の元から去ってどういうつもり。
昨日のシリアスな雰囲気返しなさいよ、蜜柑。
蜜柑がいなくなったのはどうやら昨日の夜、私とお爺様が眠ったすぐ後のようだ。
あの蜜柑の様子だと、確実に蛍に会いにアリス学園というところに向かったに違いない。帰ってくるのを待てばいいだけだろう、と思ったけど。
『(あの馬鹿が一人で目的地まで行って、ここに帰ってこれるかなんて…)無理ね』
「華鈴、蜜柑が、蜜柑が…」
『大丈夫よお爺様。もし蜜柑に何かあれば私はわかるもの』
私達は特異体質なのか、何か危ない事が起きている時不思議と感じる事ができるのだ。
私の言葉にホッとしたお爺様だけど、このままじゃ本当に蜜柑は危ないかもしれない。
幸いなことに、蜜柑は昨日の終電で向かったなら始発の電車と新幹線なら何とか追いつけるかもしれない。
『お爺様、私…』
いや、でもそれは、お爺様を一人にしてしまうことになる。
ただでさえ蜜柑がいなくなり不安になってるお爺様を一人になんてできない。でも、蜜柑のことも心配だ。
どうしようか、と悩んでいたら顔には出ていないはずなのにお爺様は優しく微笑んでくれた。
「行ってきなさい」
『え?』
「ワシは鍛えとるから大丈夫じゃ。それより蜜柑のこと頼むわい」
『…うん。急いで準備して向かうわ』
朝起きたばかりなので何も支度すらしていない。そもそも出かける準備だって。
泊まり込みになるかもしれないから、適当に衣服を何着か入れて、お爺様からお金をもらい、自分で貯めていた貯金箱からもお金を持っていく。あとは、蛍が送ってくれたハガキから住所をメモした紙も。
『あ、これも持って行かなきゃね』
顔も知らない私の親が唯一託してくれたものらしい。今では私のお守りの存在であるネックレス。薄いピンクと真っ黒の二つの宝石のような石がついている。
寝る時は外して箱の中に入れているため、それを取り出して掌でぎゅっと願うように握ってからつける。
どうかこの先、みんなが笑っている未来になりますように
***
こんな田舎町に新幹線なんて走っていないので、何度か乗り換えをして新幹線に乗り、なんとか東京まで辿り着くことができた。
真夏は終わったにしろ、まだ日差しは強いので日傘をさして、タクシー乗り場まで歩く。
ちなみに地元を出た瞬間にマスクもサングラスも装着済み。この見た目のせいで何度小さい頃に誘拐されかけたことか。
この格好のおかげで、地元とは桁違いの人の数でも、視線を気にせず歩くことができる。
まあ、ある意味不審者みたいでたまに見られてるけど。
タクシーに乗り、アリス学園までと伝えると一言返事をして発車した。
ここまで、寄り道もしていないし、一番早い道のりできたおかげで、昼にはアリス学園に着くことができそうだ。
たまに話しかけてくる運転手に気分で返しながら、ようやく到着したようだ。
お礼を言いお金を渡し、目の前の光景に一瞬だけ唖然とした。
そりゃ、日本一のエリート校なわけで、警備も厳重に決まってるか。こんな中に蜜柑は入ることなんて、できないだろうし、どこにいるのやら。
再び日傘をさしながら正門に向かって歩いていると、「うそっ!?」と聞き覚えのある声が耳に入ってきて、そちらに視線を向けると予想通り。
『蜜柑っ、…ごほっ』
見つかったことへの安心感からどっと力が抜けて、噎せてしまう。塀に手をつき、噎せている私の元へ目をかっぴらいて走ってきた片割れ。手にはたくさんのお土産袋を持ってるので、寄り道してやっとここに辿り着いたとみえる。
「華鈴!?あんた、何でここにおんの!?」
『っ…、はあ、勝手にいなくなったあんたを見つけにきたに決まってるでしょ』
声だけで私とわかるとは、さすが十年共に過ごしただけはある。
蜜柑に目的を告げると顔を真っ青にした。
「う、ウチ!帰らへんからな!蛍に会うまでは!!」
連れ戻されると思ったのか。あいにくここまで来たんだから私も蛍に一目会いたい。
わかってるわよ、と言うと安心したようにほっとした。そして次に告げた蜜柑の言葉に私が驚かされる羽目になった。
「あんな!ウチもアリス学園に入ることできるかもしれんねん!」
『は?』
サングラスとマスクで顔は隠れているが、私の険悪な雰囲気を感じ取ったのか、まあまあ聞いて!と焦るように付け足す。
「この人にさっき危ないところ助けてもらって、じゃあこの人アリス学園の先生やったんよ!入りたいって言うたらちょっとしたテストあるけど、入らせてくれるって!」
蜜柑が言う"この人"とは蜜柑の一歩後ろにいる中性的な顔をした男性の方だろうか。
ニコニコしながら私たちの会話を聞いている。
「こんにちは〜」
『…蜜柑が迷惑をかけたみたいで』
「そんなことないよ!それより君もアリス学園に?」
『いいえ?この馬鹿を連れ戻しに来た感じだけど、何だか話がややこしくなってるみたいね』
さて、どうしようか。蜜柑がこの学園に入るとしたら私はお爺様のところに帰るけど。
まず第一にお爺様への連絡が最優先だと思うから、とりあえず持たされた携帯でメッセージを入れておくべきね。
「君たちは姉妹かな?」
『…正式には違うけど、そんな感じよ』
「そっか、僕はこの学園の先生だよ。…とりあえずここは危険だから…、君も学園内について来なさい」
語尾にハートがついてる気がする。
ニコニコ話すけど、命令されてる感じで、そもそも入るのには抵抗がないけど、この人本当に信頼して大丈夫かが不安だ。
『…怪しい人にはついて行くべきじゃないかと』
「…あ、あれ?(今、確かに力を使ったんだけど)」
『何か?』
「うーん、今何ともなかった?」
『少し寒気を感じたぐらいかしら』
バシッと本音を言うと驚いたように「そ、そう」と呟いた。何がしたいのこの人。
私が冷たい目を向けていると、今まで黙っていた蜜柑が男性に話しかけた。
「そや!入学させてくれる言うたけど、ウチ華鈴と違って天才とちがうよ!?」
「ああ、世間的には天才の学校になってるけど"アリス"の正確な意味は"天才"でなくて"天賦の才能"が本当の意味」
『…蜜柑にその天賦の才能ってのがあるかもしれないってこと?』
「そうだね。この学校はそれぞれ個性的な"天賦の才能"の持ち主が集まった、究極の一芸入学の学校ってとこかなあ」
この人もその才能、アリスの持ち主だと言う。
それを聞くと蜜柑は目を輝かせて顔を赤くして、見せて見せて!とすごく興奮しているようだった。
私は先程送ったお爺様からのメッセージに返信がきたので返す。
二人とも無事、アリス学園に入学するかも…、と。
「はやくはやく〜!」
「じゃ、ヒントだけ」
まだ続いてたのね。
何かこの二人雰囲気ってか波長が似てるわ。
溜息をつくのと、自称先生の言葉を遮るように、ほんの数メートル先で起きた爆発。流石に驚いた。蜜柑はぶっ飛ばされてたけど。
砂埃のせいで噎せてしまうし、気分が悪いわ。
「やっぱりあの脱走情報は本当だったか〜。見張っといてよかった」
『脱走…?』
「みてごらん二人共、あれが最年少にしてアリストップクラスの天才生徒、日向棗君だよ。彼のアリスは"火"」
塀の上に立っている黒猫のお面をつけた人物。
初対面のはずなのにどくんと大きく鼓動が。何これ?
一回高鳴るだけで、その後はいつも通りだったので病気のせいと気にしないでおこう。
塀の近くではその人が使ったであろうアリスという力により壊された塀の残骸が。
…この学園ではこういう力を持った人が多数いるってことね。
でも、蜜柑にもそんな力ある?見たことなんてないし。
「にしても、ちょっとおイタがすぎるかな〜。棗君!」
手のひらに乗せた豆の様なものがだんだん成長していき、やがて鞭となり黒猫のお面をつけた人を叩いた。うわ、痛そう。
自然と近くに倒れてきたこの人の心配をするけど、自称先生が耳元で囁くと顔を真っ赤にして気を失うように倒れた。また寒気が。
「さてと、蜜柑ちゃんと、それから…」
『…佐倉華鈴』
「華鈴ちゃんだね、そろそろ行きますか」
おてて繋ごうか〜、なんて言われたけど私は初対面の人に気を許す性格ではないので片手日傘、片手は蜜柑と手を繋ぐ。
自称先生は気を失った人を肩に担ぐ。
正門は目の前にあり、教師の特権でその門を開けた。
「ではようこそアリス学園へ、佐倉蜜柑ちゃん、華鈴ちゃん」
いや私入学するなんて言ってないけど。