02



自称先生…、まあ学園内に入ることが出来たってことは自称じゃなくて本当にそうなんだろうけど。
その人に案内された豪華な部屋に私と蜜柑を置いて、当の本人は上の方に報告に行かないといけない、と大人しく待つように伝言を残し部屋を出て行ってしまった。

マスクは息苦しいから、外してサングラスだけつけとく。

てか、蜜柑だけ入学じゃないの。どうして私までここに居なくちゃならないの。
イライラしてきたけど、ぶつける相手もいないし。

やけに静かな蜜柑を見ると、彼がつけていたお面を弄りながら迷走してるみたい。


『何悩んでるの』

「華鈴〜!何やよう分からんうちに色々進んで頭ついていかん!あの人信用してええんやろか…」

『知らないわよ。でも学園に入れてるってことは正真正銘の関係者でしょ』

「そ、そうやんな!でも、子供は打つわ、セクハラっぽいわ…、まさか、蛍まで…!」


あー。蜜柑の世界に入っちゃった。
確かに怪しい人だったけど、ここに来ちゃったんだし、大人しく待っとくしかないでしょ。

慌てる蜜柑と違い、用意された紅茶を手に取り頂く。その横に置いてるのが和菓子じゃないってのが残念だけど、普通紅茶には洋菓子よね。和菓子がいいけど。

音を立てずに飲んでいると、勢いよく扉が開かれた。


「鳴海ー!!温室から無断で鞭豆盗ったのお前かー!!!」

「キャー!!!」

『うるさい』


入ってきた男性も煩いけど、蜜柑がそれ以上に煩い。男性は部屋の中に私たちがいるのを見ると怒りが消えたのか、不思議そうに私たちを見た。
蜜柑は未だにぎゃーぎゃー言っている。


『……蜜柑?』


にこりと微笑みながら蜜柑の名前を呼ぶと、こっちを見て青い顔をした。と思えば真っ赤になったり、よくわからん奴ね。


「(目元見えんくても美少女やー!!)」

「鳴海が連れて来たアリス候補生って君達か?」

『私は違うわ、彼女だけ』

「いや、でもあいつ二人って…」

『知らない』


紅茶を置き、洋菓子に手を伸ばし口にする。うん、なかなか美味しい。
私の態度に驚いたのか、本来の目的を思い出したのか、あの先生がここに居ると思い来たみたいで、いないのを確認すると部屋を出て行こうとする男性を蜜柑が引き止めた。

それからその人に蜜柑の今の不安をぶつける形になっていて、聞いてるこっちがめんどくさいと思うぐらい。
そもそも、もしさっきの先生が悪い人なら同じここにいるこの人も悪い人でしょうが。
男性の、あの鳴海先生は本当はもっと厳しい罰を受けるかもしれなかった彼を庇っただけで、悪い奴じゃないっていう言葉で安心した蜜柑。


「ところで君達は自分のアリスが何なのか知っているのか?」

『私は違うわよ』

「……?あ!そういえば鳴海先生のアリス訊くの忘れた!」

「そ、そうか。あいつのアリスは"フェロモン体質"だ」


男女問わずフェロモンをまき散らして相手を虜にする才能らしい。なんとまあ、あの人に似合いそうなアリスだこと。
でもそのアリスはすごく強力で、その気になれば相手を意のままに出来るし、免疫のない子供がそれを受けるとメロメロになったり失神したりする、らしい。
なるほど、それでそこのソファに寝ている彼は意識を飛ばしてたのね。納得。


「他にも学園にはいろんなアリスを持つ子がいる」


超能力とかでよく耳にする、念力や千里眼、他にも見たこともない想像もつかないような様々なアリスの形がある。


「この学園はそういう人より秀でた不思議な力を持つ者を集め、それを育て保護する場所だ。アリスとはその力と力の持ち主の総称だよ」

「すっごーい!!!ウチってそんなすごい人達の仲間やったん!?先生先生っ!ほならウチはどんなアリス持ってるんですか?」


この先生の話を聞いた蜜柑はまたまた興奮状態に。自分にも同じ力があることに嬉しくて仕方がない感じだけど、この先生が知るわけないでしょう。
それにしても、アリスって憧れるものなのかしらね。


「あ、そや!先生このお面何?」

「突然話が変わるな君は」

『そういう子なの』


蜜柑が持ったのは彼がつけていた黒猫のお面。


「それはアリス完全制御面だ。それを被っている間はその人間のアリスをゼロまで封じる。危険人物専用の罰則用のお面だ」

『ふーん(罰則、ね)』

「生徒の中には危険な隣り合わせのアリスを持つ子もいるからね、いわば目印だ」


黒猫は避けて通れって言うだろ?


確かに黒猫は不吉と伝えられて来たけど。先生が生徒にこんな物を渡すべきなのかしら。
危険な人に罰則を与えて、目印にするなんて、嫌な感じ。

蜜柑と先生の話をBGMにおやつの時間を楽しんでいると、先生が温室に侵入者が入ったと通知が来たみたいで部屋を出て行った。
人が来るまでに黒髪くんが眼を覚ましたら緊急スイッチを必ず押すように言付けて。


そんなにこの人、日向棗?は危険人物なの?
眠ってる姿は普通の小学生だけど。

蜜柑もやることがなく暇になったのか、日向が寝ているソファに近付き顔をジッと見つめる。そして何を思ったのか鼻をつまんだ。
そんなことしたら起きるでしょ。

お腹もいっぱいになったので、部屋の中を歩き、窓のそばで壁に背中をつけて立っていると、蜜柑の小さな悲鳴と人が動く音が聞こえた。
ほら、言わんこっちゃない。

髪を引っ張られて彼が寝ていたソファに押し倒されて、身動きが取れない蜜柑を呆れるように見つめた。


「五秒で答えろ。答えなかったらこの髪燃やす。お前何者だ」


片手は蜜柑の首、もう片方は髪を引っ張りながら脅す彼に、蜜柑はビビリながら必死にもがく。

その二人の闘い?を呆れながら見ていると真横の窓が急に割れて飛び散る窓ガラスの欠片に、驚きながらも腕で顔をカバーした。
その瞬間、大きな欠片が飛んで来たときは流石にやばいと思ったけど、それは私に当たらず跳ね返るように地面に落ちた。
その驚きで警戒を解いてしまい、さっき飛んで来たものよりは小さ目の欠片が数カ所腕に刺さってしまった。

今の、跳ね返した…?まさかね


「…遅かったじゃん、流架」

「たく、誰のせいだと思ったんだよ、棗。…何してんの?」

「起きたらいた。わめくだけで正体言わねえ。とにかくゆーこときかねーし泣かしてやろうと思って。パンツでも脱がすか」

「!!?」

「ところで棗、何でアリス使って脅さねーの?」

「疲れてんのか調子でねーんだよ」


…渾身の窓ガラス飛び込みに拍手を送ってあげたいけど、それは私が無事な場合だ。生憎私は優しくない。
人に怪我させて何も言わずに無視をするとはいい度胸じゃないの?
そもそも私の存在に気付いているかすら。


「助けて華鈴ー!!」

「華鈴?」


蜜柑が日向に襲われながらも私に助けを求めたことで二人は部屋中に視線を巡らせ、私の存在に気付く。
今は蜜柑よりも自分のことよ。パンツ脱がされようが襲われようがどうでもいい。

こちらを見る三人の視線のうち二人は無視して、金髪の彼だけをジッと見つめる。


『ねえ』

「え?」

『あんたが窓ガラス割ったせいで私の腕に傷ができたんだけど』


ほら?と血が数カ所からぽたぽた流れる腕を見せると顔を青くする流架と呼ばれた金髪くん。
窓付近にいた私が悪い?そんなわけない。普通に窓を割る奴が悪いわ。


「ちょ!華鈴あんたはよ治療せな!!(蛍に会ったら殺されるで!)」

「ちっ!動くな水玉」

「いぎゃー!!やめろー!!!」


日向の下でもぞもぞ動き、なんとか私の元に来ようとした蜜柑は、彼の力に敵わずされるがままに。

まあ、そっちの二人は今はどうでもいい。私が用があるのは金髪くんだ。


『…聞いてる?』

「っ、ご、ごめん!」

『もし顔だったらどうするつもり?』

「それは…」

『まあ、謝ってくれたしもういいわ。薬ある?』

「うっ、うん」


この部屋にあるみたいで、熟知しているのか勝手に棚から救急箱を取り出し私の元に持って来た。そしておそらく治療をしてくれようとした時、ドア越しからドタドタ走ってくる音が。


「大丈夫!?蜜柑ちゃん!華鈴ちゃん!」

「棗!流架!」


入ってきた鳴海先生とさっきの先生に見つかると、二人はすぐに窓から飛び出そうと窓に近付く。
金髪くんは私の様子が気になるのか、残ろうとしたけど日向がそんな彼の腕を引っ張った。


「あっ…」


もう大丈夫、の意味を込めて怪我をしてない方の腕で手を小さく振ると、すこし安心したような彼の表情がうかがえた。別に責めたいわけじゃない、ちゃんとこうして後処理してくれたんだから。しらを切るつもりならこっちも容赦しなかったけど。

そして、その横で真っ赤な瞳をした彼とも視線がぶつかり合う。
サングラス越しだけど。

数秒で逸らされた視線は次は蜜柑へ。


「じゃーな水玉パンツにサングラス」


蜜柑のパンツを脱がすことができたのか、片手にブツを持ちながら窓から飛び降りた。サングラスって私のこと?妙なあだ名をつけられた。
部屋には蜜柑の過去最高の悲鳴が響いた。


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