03



泣き続けて縋りにくる蜜柑にめんどくさく思いながら、頭を撫でてやる。

ちなみに怪我をした腕は只今黒髪の方の先生に治療してもらっている。ので、蜜柑を慰めるのは私と鳴海先生の役目で。

鳴海先生がどれだけ言葉をかけても泣き止まない蜜柑に、最終手段というように蜜柑の前にアリス学園の制服を見せる。蜜柑の制服らしい。
とまあ、物で簡単に泣き止んだ蜜柑は制服に着替えて眼に浮かぶ涙を拭う。その姿を見た二人の先生から褒められて蜜柑の機嫌も元通り。


「さて蜜柑ちゃんと華鈴ちゃん、君達のアリス学園入学の話だけど、無事入学決定致しましたー!」

やったー!と喜ぶ蜜柑に手を引っ張られて、同じように上にあげられる。
え、待って私も?という視線を向けるとニコニコしながら頷かれた。

でも正式入学ではなくて仮で。
一週間の仮入学中に、これから入る初等部B組でクラスメイトと仲良く協調性をもって受け入れられればいい、という入学テスト中の過程を見てアリスレベルを見定める、という簡単なテストを行うみたい。


『じゃあそのテストに落ちれば入学はなかったことになるの?』

「うーん、どうだろうね!」


キラッと星を飛ばす鳴海先生にイラッとしたのは仕方のないこと。
それに気付いた黒髪の先生、岬(という名前らしい)先生が治療を終えた私に制服に着替えるように促した。

まあ、ここで何を言ってもどうにもならないわけだし。
先生達に廊下に出てもらい、蜜柑と同じ制服を手に取り着替える。何だかこれ、自分の体のサイズにあっていてちょっと怖いわ。黒の履いていたタイツはそのままで、髪の毛もサイドテールのまま。サングラスはそろそろ外さないと、忘れてたわ。

一通り着替え終えて、違和感がないか確認していると蜜柑がキラキラした目でこっちを見ていた。


『…何?』

「やっぱ華鈴は美人やなあ!よー似合ってるで!」

『知ってる』


小さい頃から美人やの可愛いやの、出会う人全員に言われて、告白なんて数え切れないぐらいされ、誘拐されかけたことも何度かあり、街を歩くと大勢の視線を集めたのに自覚がない美人なんていない。


「さすがウチの華鈴やわあ!」

『あんたのじゃないわ』


コンコンっとノックされたので入ってもいいと返事をすると、二人が入って来たのでそっちに目を向ける。サングラスをかけていた時と大違いで視界がクリアで見やすい。


「どうかな、華鈴ちゃ、ん…?」

『ちょうどいいわ、怖いくらい』

「………!(こんなに顔が整ってる人、まさか)」

「鳴海、(お前…)」

「鳴海先生?どうしたん?」


鳴海先生が固まって、岬先生が少し不安そうに見つめる。私も蜜柑も何が何やらわからないけど。
蜜柑の声に正気を取り戻したのか、またニコニコして話しかけてきた。


「すごく美人になって吃驚したよ〜」

「そうだな」

『元々だけど』

「「………」」


私の言葉に二人は笑顔を貼り付けたまま、また固まってしまった。そんなことない、とでも言うと思ったの。あいにく嘘はつかないから。


「…やっぱりここまで美人だと自信つくんだろうね」

「事実だしな」


ひそひそ話しているのか知らないけど、筒抜けだから。
頭にはてなを浮かべてる蜜柑と溜息をつく私。

もういいから早くクラスに案内してよね。と思っているとナイスタイミングでノックの音が聞こえる。


「初等部B組、学級委員ニ名入ります」

「おっ、きたきた。二人のクラスメイト代表のお出ましだよ」


扉から入ってきた二人のうちの一人に、半年前にアリス学園へ入学した蛍の姿が。


「ほ、蛍…」

「あ」

『蛍…』

「え?え?」


何とも言えない無言の空気が流れたけど、とりあえずバスに乗り初等部に向かうことに。バス内で私は足が疲れるからちゃんと座ったけど、蛍と蜜柑はジッと見つめ合っていた。それは初等部についてバスを降りてからでも。


「そっか〜、蜜柑ちゃんの親友って今井さんのことだったんだ。よかったね蜜柑ちゃん」

「(蛍…)」

「(蜜柑、どうしてここに)」

「蜜柑ちゃん?おーい?」

『無駄よ。完全に二人の世界に入ってるから』

「二人の世界?」


蜜柑が近付き、蛍が下がる、そしてとうとう涙と鼻水を垂らしながら蛍に抱きつこうと飛びつくが、避けられてしまっていた。まあ、あたりまえか。泣き顔だものね。


「うぅ、蛍〜!」

「汚い顔して寄らないで。私の知ってる蜜柑はもっと可愛かったはず」


蛍のその言葉に思い出したのか、涙を拭き両頬を引っ張り無理やり笑顔を作る。
これでいいか確認する蜜柑に蛍は呆れたように抱きついてくる蜜柑を受け入れた。


「君たちは微笑ましいんだか、怪しいんだか」

「あたしたち二人じゃなくて三人です、ね?華鈴」


にっこり、向けられた笑顔は蛍のもので。私も返すように微笑む。


『ええ。久しぶりに会えて嬉しいわ』


カシャっと音が聞こえて蛍に近付こうとした足が止まる。蜜柑に抱きつかれながらもカメラを持って私の方に向いていた。


「華鈴が微笑むの、珍しいから(売れる)」

『そうかしら』


まあ、知らない人に撮られるわけじゃないし。私も久しぶりに会えた蛍に嬉しくないわけじゃないし。


「バカのお守りお疲れ様」

『蛍がいなくなってからもっと大変だったわ』

「想像がつくわね」


蛍のことで悲しんでる蜜柑を慰めたり、いつもみたいに暴走するのを阻止したり。でもまあ、一番の暴走であるここに乗り込みに来ることは止めることが出来なかったけど。

クスリと笑うと頃合いを見て、鳴海先生がB組の教室まで案内してくれた。


「さてと、教室到着〜。じゃあ蜜柑ちゃん華鈴ちゃん、みんなと仲良くね。初等部B組へ行ってらっしゃい」


案内をするだけして鳴海先生は何処かへ行ってしまった。先生なのに自由奔放でいいのね。

そして教室のドアを開けた先には、普通な日常的なクラスではなく、浮いてる人、壁を歩いてる人、薬品を使ってる人、空中に文字を書いてる人、など。
見慣れない光景に蜜柑は口が開いたまま冷や汗を垂らしていた。
ちなみに私は、こういう能力者がいると聞いて、日向の能力を見てからは驚くこともなかった。これがここの日常ってことなんでしょ。


「あ、あの、初等部B組へようこそ佐倉さん。僕クラス委員の飛田裕です。こんなクラスで困惑しちゃってるかもしれないけど困ったこと分かんないことあったらなんでも聞いてください」


制服が男物なので男の子なんだろうけど、雰囲気や声変わりしていない声なので、中性的な感じがしてしまう。
でもまあ、優しくて良い人そう。


「よろしくお願いします」

『よろしく』

「えっと、佐倉蜜柑ちゃんと佐倉華鈴ちゃんだよね?」

「うん!ややこしいし、ウチらのことは蜜柑と華鈴でええよ!」


私は何も言ってないんだけど。確かに佐倉だとお互いがどっちがどっちかわからないし、名前呼びの方がお互いに都合がいい。


『そういうことでいいわ』

「(ぽーーー…)」

『何?』

「あっ、ご、ごめんね。こんなに綺麗な人初めて見たから…て、僕何言って!」

『気にしないで、慣れてるもの』


綺麗と言われるのに抵抗があるわけがない。素直に嬉しいけど、もはや私の中では挨拶の一環みたいになってきてるだけで。
あわあわ慌ててる委員長に蜜柑が肩をポンっと叩いて頷いていた。

蜜柑と委員長は教室の入ったすぐのところに、私と蛍は扉の前で立っていてその状態で話していたから、中の人には私たちは見えなかったんだろう。
私のところからはチラチラ教室内が伺えるけど。


「何だよこいつ」


そんな蜜柑に、浮遊力で浮いている男が疑問をそのまま口にする。それに答えようとする委員長を遮り、超聴覚のこれまた男が「校門前で喋ってたの聞いた。ナルが連れてきた新入りらしいね。もう一人いたと思うけど」と。

そんな普通じゃあり得ない目の前の出来事に、蜜柑は驚きから声が出ないのかと思ったけど、興奮していただけのよう。
その蜜柑の興奮を抑えたのが、蛍がどこから語り出したのか馬足手袋で殴った。
そして蜜柑の手を引いて、廊下に出る。廊下には私たち三人だけ。


「あんたがどんなアリスを持ってここに来たかは知らないけれど、一つだけ言っておくことがあったわ。ここでは一切、私たち他人ってことでよろしくね」

「へ?」

「あたし、今年の優等生賞を狙ってるから。あ、華鈴はいいわよ」

「何で華鈴は良いのにウチはあかんの!?」

「あんたと違って面倒な事起こさないし、厄介ごとには極力首を突っ込みたくないのよね」

『同感』

「え?蛍?華鈴?」

「ここは普通の学校とは違うし、色々あると思うけど。ま、自分の力で頑張ってね」


じゃ、と教室に戻ろうとする直前に、私の前に来てある物を渡された。


『…扇子?』

「ええ。護身用に持ってて」

『ふーん、護身用ねえ』


蛍お手製なら危ない物ではないだろうし。普段は小さいサイズにして持ち運びも便利らしい。
昔から蛍は変な物作ってたけど、これが蛍のアリスってやつかしら。

せっかく会えた蛍に他人呼ばわりされて、なかなかの落ち込み具合の蜜柑。そこに副担任の先生が来て、私たちを教室内に案内しようとした瞬間、鳴海先生が戻ってきて私だけを引き止め、先に蜜柑に中に入ってみんなに挨拶するように言った。


「華鈴ちゃんは、蜜柑ちゃんとは姉妹じゃないって言ってたけど、親のこと覚えてる?」

『…何で?』

「…ちょっと、気になることがあってね」


少し、ほんの少しだけ寂しさと期待の眼差しを向けられたけど、残念。


『何も覚えてないわ。物心ついた頃からお爺様の元にいたし』

「…そっか。あ、そうそう、華鈴ちゃん携帯持ってたよね?」

『一応ね』

「この学園では外部との連絡は一切禁止なんだ」


要するに、没収する、とのこと?
まあ私の物じゃないけど、私入学するなんて一言も言ってないんだけど。入学試験で落ちるの期待して帰る気満々だけど。


『正式に入学が決まってからじゃないの?そういうのは』

「仮入学中もダメなんだよ。ごめんね〜」

『はあ』


手を出されて乗せろてことなんだろうけど。
とりあえず、蜜柑の無事を確認でき安心したお爺様だけど、それから送ったメッセージには返事がこなかった。
倒れていないか心配だけど、曲がりなりにもあの蜜柑と犯罪に何度か巻き込まれた私を育てた祖父だもの。簡単に倒れるような人ではないのは熟知してる。
最後にもう一度だけ、私と蜜柑は無事で、アリス学園に入学する可能性大、とだけ送っておいた。

そして鳴海先生に携帯を渡すと、先ほどとは違い悲しそうにごめんね、ともう一度謝ったので、別に、と返す。
何に対してそんなに悲しそうにするのかわからないけど、そんな思いするならしなければいいのに。


「大変だと思うけど、がんばってね」


とだけ言うと、またどこかへ行ってしまった。

私はいつまでここにいればいいのよ。鳴海先生が中に案内してくれるのかと思ったのに放置だし。
なんて考えてると、扉が開き副担任の人が呼んでくれた。


「えっと、もう一人新しい友達がいて」

「うっせー」
「何が新しい友達だよ」

「ひーーっ」


扉を開けたってことは入ってこいてことなんでしょ。
何やら先生を虐めるのが好きなクラスなことで。先生に物が飛んできたり、蜜柑も少し怯えたまま黒板の前に立っている。


「友達とか言ってんじゃねえ、バーカ」
「「「あはははは」」」

『……………』
「「「ははは、はは、は…、は」」」


開いた扉から一歩踏み出してコツコツ音を立てながら黒板の前の真ん中までゆっくり歩く。
ざわざわガヤガヤしていたクラスが人が消えたかのように一瞬にして静かになった。
先生もぽうっと惚けていたけど、自分の立場を思い出したのか、私の横に来て紹介する。


「えっと、自己紹介できる?」

『…佐倉華鈴』


まさに鶴の一声。あれほど悪上等な煩いクラスが、今では誰一人声を発することができずにいる。
華鈴の声は小さいはずなのに、このクラスに響き渡った。

ある者は初めて目にする恐ろしいほどの美しさに。
ある者はその綺麗な透き通る声に。
ある者は何もかも呑み込んでしまいそうな雰囲気に。
みんなが華鈴に囚われた瞬間だった。


そんなみんなの視線に気付かないわけがない。華鈴は機嫌が悪そうに舌打ちをして、先生を見つめる。
早く次の行動に移せ、と視線で訴えた。


「あ、じゃあ、二人とも後ろの席に…」


無表情無言で進んで行く華鈴と、その後ろに続くように歩く蜜柑の顔は自慢気だった。


「(さっすがウチの華鈴や!こんな奴らも軽々虜にできるんか!ウチも華鈴みたいにがんばろ!)隣よろしく〜」


蜜柑と華鈴が座ったの席は、


「あ、お前さっきの水玉パンツじゃん」


学園に来て何かと関わりのある危険人物、黒猫の日向棗と乃木流架の席だった。


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