04



「ヘンタイちかん男ー!!」

早速お得意の叫び声でクラス中の視線を浴びた蜜柑。良かったわね人気者になれて。
私は面倒ごとは嫌いなので、大人しく席に座り読書をする。

ちなみに正確に言うと、蜜柑の隣が日向ではない。私の横だ。席は金髪くん、日向、私、蜜柑の順番。少し広めの三人掛けの席に少し詰めて四人座る感じだけど、十分な広さ。
私本当は端がいいし、また変わってもらおうかしら。


「何言ってんだこの女。痴漢ってのはバカが下心もってやるから痴漢なんだよ。お前相手に下心もくそもわくかよ、バーカ」

「よくもウチにあんなことしておいて!女の敵!野蛮人!謝れバカー!!」


黙々と本を読んでいたけど、私を間に挟んで言い合いしないでほしい。主に蜜柑が不満をぶつけてるだけだけど。


「おい転入生、棗さんに何調子こいた口きいてんだ、コラ」


うん、この作者の本も一通り読み終えたし、次は違うジャンルに挑戦してみようかしら。そろそろ暗殺系の本は飽きてきたし、たまには和菓子のレシピ本でも読んで新しい和菓子開発でもしようか。

蜜柑が宙に浮いて呆然としているのを横目で見てから、最終章の終わりのページを読んでいく。


「や、やめてよみんな!か弱い女の子になんて事するんだよっ」

「あら、やめる事ないわよ」

「正田さん!」

「さっきからアリスと思って黙ってみてれば何?この子。棗くんや流架くんのこと馬鹿呼ばわりしてたじゃない。こんなの優しすぎるくらいよ、ねえ棗くん!」

「…降ろせ」

「はい棗さん」


ふーん、毒物による暗殺ってこんな簡単にできちゃうのね。解毒方法もこんなにあったなんて、覚えておかなきゃ。
パラパラ夢中で読み進めていく。最後の方ってことで簡単に読み終わってしまった。本を閉じ新しい本を鞄から取り出す。


「(何なんこいつら、棗さんって)」

「おい水玉、お前どういうアリス持ってんだ」

「(誰が言うかっ)べっ」


蜜柑が日向に向かって舌を出して反抗的な態度をとったせいで、また空中に持ち上げられていた。

どうでもいいけど、私を巻き込むなよ。


「"そういえばウチってホンマはどういうアリス持ってるんやろ。先生はウチと華鈴をアリス言うてくれたけどウチは全然そんなん持ってる兆しなんてないしな。ウチってばホンマにアリスなんかな、華鈴のアリスも何なんやろ〜、て"」

『……………』

「(え、この人、ウチの心の中を…よんでる?)」

「信じらんない!その子自分のアリスも知らないの!?なんでそんな子がこの学園にいるわけ!?」


蜜柑の心を読まれたせいで、周りの視線は疑いを向けてくる。蜜柑の心の中に私も入っていたのが関係していたのか、私のことも見てくる人には同じように視線を向けると相手がすぐに逸らした。

アリスを騙って学園に潜り込んだと正田?相田?さんと呼ばれていたパーマ頭の女(ちゃんと聞き取れなかったからパーマでいいわ)に疑われるが、それを全力で否定する蜜柑。
二人の言い合いは続いた。


「アリスアリスてさっきから何やねん、そんなにアリスが「えらいわよ」っな、」

「私たちはアリス。国に認められ保証されてる特別エリートなの。この国のスペシャリストはほぼアリスで成り立っていると言っても過言じゃないのよ」

『………』

「アリス以外の人間なんて、アリスに群がって恩恵を受ける寄生虫か、手足となるだけの働きアリ、いわばただの引き立て役よ」

「なっ!」

「私達は選ばれた人間なの。使い捨てのいくらでも代わりのきく一般庶民とは人間の格が違うのよ」

「ふざけ…っ」


周りの視線が、パーマに同意するように語る。
蛍の方を見て、否定してほしいと願う蜜柑だけど、ここからじゃ蛍の表情は見えない。

ぺたり、と地面に両手両足をつく蜜柑に、追い討ちをかけるようにパーマは続けた。


「証拠も見せられないんじゃアリスじゃないって認めたも同然よ。早く学園から出て行きなさいよ、ずうずうしい」

「…………」

「ちょっと!聞いてるの!」


まあ、こんなことで挫けるような奴じゃないのなんて、私が一番わかってるわ。

なんせ、私と一緒に育ったもの。


「いや」

「え」

「絶対イヤ。ウチはアリスや。ちゃんと鳴海先生にこういわれた。ウチは先生信用してるもん、きっと間違いないもん」

「何根拠もなしに勝手なこと」

「でもアリスがそうでない人より上やなんてウチは思わへん。あんたらが人より上なモンがあるとしたらなあ…、そのくさった根性じゃボケっ!!」

『…ふっ』

「ついでにそのわっるい頭もどっかで取り替えてこいバーカッ!!」

「な、何ですってー!?」


蜜柑が言い返したことに、クラス中がざわめく中、馬鹿にされたパーマは同じ立場の男に蜜柑が抵抗できないように命令する。


「アリス以外取り柄ないしそればっかに縋っとるだけの空っぽ人間ー!!」

「こいつっ」

「蜜柑ちゃんっ!」


蜜柑のチャームポイントでもあるツインテールを取り巻きの一人の男に引っ張られて二人は取っ組み合う。
ここの男って野蛮な奴が多いのね。
流石にさっきまで座って無視をしていた蛍も立ち上がり近付いてくるのを感じた。


「ちょっと誰か念動力でこいつを窓から放り投げちゃってー!」

「ちっ!」


蜜柑との取っ組み合いにオチがないのが目に見えたのか、とうとう男は手に力を込め蜜柑の顔面を殴ろうとした。

さすがに女に手を出すなんて、ねえ。

蛍も同じことを思ったのか、コンビネーションは抜群だった。
私が蛍にもらった扇子で暴風を起こし、目くらましになっている間に、蛍が蜜柑を突き飛ばして、その男を発明品で殴り飛ばした。
突き飛ばされた蜜柑は私の腕の中に。


「今井さん!?と、あなた…」

「悪いけど、このバカ泣かしていいの、あたしと華鈴だけだから。勝手に手出ししないで」

『蜜柑、女は顔が命よ』


蛍はクラスメイトに手を出したことで、今まで大人しく我慢してた優等生賞がパァになった、と蜜柑に愚痴る。
セントラルタウンのお食事券一ヶ月分、一週間の実家への里帰り特典。それを捨ててまで蛍は蜜柑を守ってくれた。

私は私でパーマに言いたいことがあるのを思い出した。


『ああ、それからあんた』

「え、え?私?」

『ええ。あんたのさっきの発言は"存在否定"って言うのよ、意味ぐらいわかるわよね。そういうの良くないって、"アリス持ちの優等生"ならわかるはずなんだけど、ね?』

「っ、!」

「華鈴、ウチのこと思って…」

『蜜柑、あんたも』

「へ?」

『仮にも女なんだから、あんな汚い言葉を使う口、………縫うわよ?」


にっこり、と。
蜜柑が大好きな笑顔で忠告してあげると、向けられた本人は顔を真っ青にして部屋の温度がぐっと下がるかのような感覚におちる。

第三者は美人の笑みに顔を真っ赤にするだけだ。


「ご、ごめんなさいぃ!!(目が本気や!裁縫セットでウチの口縫われる!!)」

『…はあ』


私は蜜柑やパーマのようにぐちぐち言い合うのが好きではない。ただ、間違ったことは訂正するけど。面倒くさいことは大っ嫌いだ。

私の言いたいことは言ったし、後のことはどうでもいいから席に戻ると、赤目と視線がぶつかった。


「…お前誰だ」

『は?』

「…!もしかして、君さっきサングラスかけてた…」

「は?こいつが?」


アリス学園の制服は長袖なので、怪我をした腕は見えてないはずだけど。
別に隠すつもりなんてないけど、金髪くんが気付いたことで日向は少しだけ目を見開いて私を見た。そもそもこの二人は私たちが黒板の前で事故紹介していたのを聞いていなかったの?


『…何?』

「別に」

『そ』


特に用がないならゆっくり自分の時間に入らせてもらう。


「やだもー!棗くんっ流架くんっ何とかしてー!」


自分の立場が悪くなったからか、日向と、金髪くんに助けを求めるパーマ。


「おい水玉、お前ら一週間以内でこのクラスに馴染めなかったら正式入学できないんだってな」

「なっ!?(なぜそのことを…、あ)」


蜜柑の視線の先には先ほど心を読んだ男が。


「…ま、このままだと確実に入学は無理だな」

「、っ」


日向のダメ出しに、パーマが高笑いするけどまさかの助け舟が日向から出された。


「チャンスやらなくもないけど。お前らが本当にアリスならって話だけどな」


窓の向こうに見える"北の森"と言う大きな森。そこを通って無事高等部に辿り着き足跡を残せたら蜜柑の実力を認めてアリスとしてこのクラスは受け入れてくれる、らしい。

それを聞いた委員長が慌てて危険だと言うが。


「イヤなら大人しく学園から出て行けばいい。やんのか」

「やるっ!」

「不慣れな新入りってことで道案内に特別友達つれてかせてやるよ」


日向の言葉にすぐさま蛍を確保する蜜柑だけど、餞別に何かをもらい逃げられる。そして委員長は自ら可愛い女の子だけで行かすのは危険だと同行することを決める。


「華鈴!あんたも」

『嫌』

「ええ!?」

『日傘置いてきたし、日焼け止めないし、無理』

「そんなこと言わんと!な?お願い〜!」

『うるさい。……本読み終わったら追いかけるわよ』

「ホンマ!?言うたで!じゃあ、先行ってるな!」


試験がスタートしたことで、逃げた蛍を再び捕まえて合計三人で教室を出て北の森に向かったのだろう。
行動力だけはあるんだから。

それにしても、騒がしいのが落ち着いたからか眠い。
そういや私、いつもより早く起きて始発で蜜柑追いかけてここに来たんだった。蜜柑も同じような状態なのに馬鹿みたいに体力あるのね。

頭もズキズキしてきたし、ほんと最悪な一日よ。


「おいお前…」


頭痛薬持ってたかしら。あ、でも全部キャリーケースの中だから鳴海先生に渡したままじゃない。


「聞いてんのか?サングラス」

『……は?私?』

「お前以外に誰がいるんだよ」

『知らないわよ、何か用?』


読書を読み終えて、鳴海先生のところに行き薬を飲んでから蜜柑を追いかけようか、と考えていたのに日向に邪魔された。


「お前も行けよ、北の森。試験に合格できねえぞ」

『別にいいわよ。望んでここに来たわけじゃないもの』

「は?(こいつ、何隠してる)…おい、読め」


周りは静かと言うわけではないけど、私と日向、金髪くん、心読む人、持ち上げる人、パーマ、その取り巻き女子が数名だけ近くにいて、その他の人は各々遊んでる。


「"…めんどくさ。早く帰って寝たい。腕痛いし発作も出るし、だる。朝から蜜柑を始発で追いかけてこっちは体力ないのに、馬鹿のせいで疲れた。眠たい"…だって〜」

「「「……………」」」

「(発作…?)」

『勝手に心読まないで、はいシャットダウン』

「…あれ?読めなくなっちゃった」


え、本当にシャットダウンできたの。

"美少女の考えは変わってるな〜"

て、これって心読む人の心の声?
なんか一瞬だけ頭の中に直接響いたけど、それからは何も聞こえないし、空耳か。
美少女自覚あるから変な空耳になったのかしら。

みんなは心を読めなくなった事ではなくて、私の心の声に意外な顔をしていた。
こんなに美少女だから、もっと中身は綺麗とでも思ったのか。

心の中を読まれたことで、一人だけ居心地が悪く感じている金髪くん。
ああ、腕が痛いとも思ってしまったから。窓ガラス事件のことまだ気にしてるのだろう。もういいのに。


「おまえ、アリスか?」

『知らない。鳴海先生に誘拐されただけ』

「なんか、大変だったんだね〜」

『ほんと』


鞄からペットボトルに入った紅茶を取り出して飲む。はあ、本当に今日は疲れた。人生で一番といっても過言ではない。まだ一日の半分過ぎたところだけど。


「あなたも苦労してるのね」

『………』

「な、何?」


先程、私に言われたことを気にしてるのか、少し距離を開けて話してくる。
そのままじっと見ていると、顔を真っ赤にしながらおずおずこちらに向かって来た。


「パーマがんばれ〜」

「う、うるさいわね!…あの、さっきはその、少し、言い過ぎた、わ」

『…で?』

「っだから、その、…ごめん、なさい」

『……別に私は気にしてないわ、パーマ』

「(美女っ!)わ、私はパーマじゃなくて正田スミレよ!」

『私興味ないことはすぐ忘れるけど。…正田スミレね』

「っ名前ぐらい、覚えてよね!」


捨て台詞を残し、パーマ、もといスミレは取り巻きとともに自分の席に戻った。キャーキャー!顔を赤くして騒いでるあたり、何か私に関係することなのか。面倒事じゃないなら何でもいいけど。


「パーマがあんなに素直なの珍しいよ〜」

『そう』

「佐倉さんだともう一人と被るから華鈴ちゃんでいいー?」

「俺も、華鈴さんって呼んでいいっすか!」

『好きにして』


パーマ、スミレの次は心読む人と持ち上げる人ね。持ち上げる人は顔が真っ赤だ。美女に免疫ないのかしら。蛍もなかなかの美少女だと思うけど。

二人はみんなからは心読みくん、持ち上げくんと呼ばれてるらしい。本名は誰も知らないとか。

私と心読みくんの会話を聞いていた日向が疑問に思ったのか、


「お前と水玉、名字一緒なのか」

『まあ。私の片割れ的な存在』

「その片割れの手伝いは行かなくていいのかよ」

『ええ。蜜柑が危険になったらわかるし。もう少し休んでから向かうわ』


もともとない体力を今日は絞り出したせいで、未だに動悸は激しいし、体がだるい。正直昼過ぎだけど早くベットに入って夢を見たいぐらい。


「でも華鈴ちゃんって凄い美人だよね。僕初めて見たよ〜」

『でしょ』

「…自覚ありかよ」

『あたりまえ。何度も誘拐されかけ、ストーカーされ、痛いぐらい視線浴びてたら自然と気付くし。気付かない方が変じゃない』

「た、大変だったんすね」


そして、いつのまにか私と心読みくん、持ち上げくんの会話にたまに日向が参加するぐらいで。
金髪くんは座っていた場所から居なくなっていた。

そろそろ向かうべきか。
あんまり距離を取られると私が追いつけなくなっちゃうし。
日向の横に座っていた腰を上げると、視界が少しくらっとしたけどすぐに戻る。

蜜柑が向かったであろう、北の森に行こうと動いた瞬間誰かに腕をそっと引っ張られた。しかも、怪我をしていない方の。


『………』

「………」


「な、棗さん?華鈴さん?」


スッと離されたかと思えば今度はしっかりと握り、そのまま引っ張られて、椅子に戻る形になる。
文句の一つでも言ってやろうかと顔を上げると思ってたより距離が近くて少しだけ驚くが誰にも気付かれていないだろう培われたポーカーフェイス。

そして日向は私の耳元に口を近付けて、


「気を付けろよ」


周りには聞こえない声でボソッと呟いた。


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