05



日向はどうしてあんな言葉を私にかけたのか。学園から追い出したいんじゃなかったの。

考えても答えが出ないことはもう忘れよう。

気持ちを切り替えて北の森を歩いていると、びしょびしょに濡れているテディベアのぬいぐるみが落ちていた。
もしかしてこれも誰かのアリスなのか。このまま木の陰に置いてても乾かないので、日当たりの良い場所に移動させて、持っているハンカチで水分を取れるだけとった。

今日は疲労が溜まってる上に陽の下だと、小さな作業でもだるく感じるみたい。
ゴホゴホ噎せる体に、近くの木に手をつき、もたれかかる。嫌な汗もかいて、少しここで寝てしまおうかと考え出した時、座っている足を突かれる感覚が。
薄く目を開けると、先ほど助けたテディベアのぬいぐるみがコップに水を入れて私に差し出していた。


『…あんた、動けるの』

「………」こくり

『喋ることはできないみたいね』


差し出したままのコップをありがたく頂く。ぬいぐるみに警戒もしなくていいだろうし。喉を潤すと少し落ち着いてくる体。汗は完全に引いた。
荒い息も治まってきて、ゆっくり立ち上がり、コップを返すとテディベアは受け取った。
感謝の気持ちを込めて頭を撫でてやるとあまり嬉しくなさそうだった。子供嫌いなのかしら。
でも私には優しかったし、病人には優しいとか?そんなわけないか。


『…ツインテールの馬鹿そうな女の子知らない?』

「………」

『そ。わかったわ』


睨みを効かせた目で森の奥の方を指差した。
もしかしなくても、このテディベアをびしょびしょにしたのは蜜柑達なのかしら。

まさか、このテディベアも委員長が言ってた危険な試験の一部だったり。

じゃあね、と手を軽く振り、指差した方向に足を進めていると何やら蜜柑の笑い声が。馬鹿でかい声で笑う蜜柑の元に向かうと、私に気付いた。


「あ!華鈴!来てくれたんや!」

『まあ。…どうして彼がいるの』

「ルカぴょん?」

『は?なにその名前』


そもそもこの人の名前は何だったかしら。聞いた気はするけど、覚えてない。


「ルカぴょんな、動物フェロモンのアリスでさっきおった巨大ヒヨコの相手してもらってたんよ!」

『だから何でそんな名前なの』

「そのアリス使ってる時がめっちゃ可愛くてな、兎も来たから、ルカぴょん!」

『へぇ』


自分で聞いたけど、どうでもよかった。

蜜柑が近くにいる動物達と金髪くんをからかいながら踊っているのを見てると、からかわれてる本人がそばに来た。


「あのさ、」

『なに?』

「腕…、大丈夫か?」

『ええ。薬塗ったしちゃんと治療してもらったから』

「…ごめん」

『もういいって言ったでしょ?あんまりしつこいと逆にうざい』

「わ、わかった」


やはりずっと気にしていたのか。確かにこんな美女の体に傷をつけてしまったなんて、心配しない方がおかしいか。

はっきり言ってやるとそれからは居心地が悪い雰囲気はしなかった。金髪くんもほっとしたのか嬉しそうに笑っていた。


『…まあもし傷跡が残ったら責任取ってもらおうかしら』

「……えっ!?」

『冗談』


日向達の前とは違い、表情をころころ変える反応が良くて思わずくすくす笑うと、彼はからかわれたことに照れたのか、顔を真っ赤にして顔を伏せてしまった。


『そういや、あんた誰?』

「えっ?」

『名前』

「あっ、乃木流架。動物フェロモンのアリスなんだ」

『ふーん、乃木くんね』


金髪くんは乃木流架という名前だった。
この人は乃木って呼び捨てより、乃木くんって呼ぶ方があってる気がする。

日向といい乃木くんといい、やはり美形は美形とつるんでいるのね。私と蛍みたいに。





***

一方、流架が蜜柑に騙されて捕まっていた頃、初等部B組では、透視のアリスを持った男子生徒が棗に状況を伝えていた。


「…流架が縛られてた?」

「流架くん何か騙されて怒ってる感じでした」

「そういや飛田の奴幻覚使いだっけ」

「まさか勝負に負けると思って汚い手で流架くんを人質に!?」

「…奴らの現在位置は?」

「え、あ、はいっ!」

「馬鹿じゃんあいつら、よりによって流架くん人質にするなんて」
「棗さん目の色違ったぞ」
「このままだとあの転校生、かなりやばいことになんじゃねーの…」


「あっ!!」

「どうしたの?っまさか、流架くんに何か!?」

「華鈴さんがいる…」

「華鈴さんって、さっきの美女?」
「人間って疑うぐらい美人だったよね」
「人形て言われてもおかしくないぐらい」
「綺麗すぎて声出なかったぜ」
「ちょ、俺も見てえよ!」

「…流架くんなんか嬉しそう(顔真っ赤だ…)」

「………(あいつ、)」


窓ガラス事件を起こしてから、流架が華鈴に対して気まずくしていたのも知っているからか、棗は流架の心配事がなくなって少し安心したとか。





***

乃木くんと話していたら蜜柑が教室での態度と今とでは全然違うわけを聞いた。


「なあ、あんたなんでスカした態度わざととってんの?」

「………」

「もしかして棗がグレてるしあんたも足並み合わせてるとか?」

「えっ」


蜜柑の質問に無視を決めていた乃木くんだけど、言い当てられたのか思わず声が漏れてしまったようだ。


「わっ図星!?なんかそれって友達ゆうより手下って感じ。そういやあいつクラス中の子いいように使ってたもんな、サイテー!」

『蜜柑…』

「っ何も知らないくせして勝手なこと言うな!お前らなんかに欲しくもない力を持ってしまった棗の気持ちがわかってたまるもんか!」


欲しくもない力…?

穏和そうな乃木くんが声を上げるなんて、よほど日向のことが大切なのね。


『蜜柑、人のこと知らないのに言いがかりは良くないわ。心に留めておきなさい。あんたがしてるのパーマと同じことよ』

「(心の中はいいのね)」

「…華鈴の言う通りやな。ご、ごめんなさい、ごめんなさい〜」

「…もういいっ」


蜜柑が縋り付くように乃木くんに謝るのを見て、蛍が蜜柑に声をかける。自分のアリスについて少しでも何か分かったのか。

私は乃木くんに近付き声をかける。


『乃木くん』

「何?…あいつの事で謝りにきた?それならもういいって、」

『は?何で私が蜜柑の為にそんなことしなきゃいけないの』

「………」

『単純に、高等部まであとどれくらいか気になっただけ』


テディベアのところからそんなに距離が離れた感じもしないし、このままだと本気で日が暮れてしまうんじゃないか。
日が暮れる前には帰りたい。

乃木くんが答えようと口を開くのと同時に、私たちが歩いてきた方の茂みからガサッと音がした。


「棗…、何でここに」


教室で私達と談話していた時の、心配してくれた時の表情と全然違う。
乃木くんの腕の縛られた跡をチラッと見て言った。


「ルカ帰るぞ、ゲームは終わりだ。この女は失格だ。とっとと学園から出ていけ」

「ちょっ!」


ムカついたのか、蜜柑が言い返そうとしたけどその前に、日向に前髪を掴まれ木に抑えつけられた。


「俺の作ったルールを無視して、あまつさえ流架を利用して、なめたまねしてんじゃねえぞ」

「棗やめて!俺は何ともないから!言ってたじゃん棗、この試験でこいつの力を見極めるつもりだって」

「(こいつ…)」

「流架、俺は俺の敵と逆らう奴には容赦しない。汚い手使ってゲームを終わらせたのはこいつだ」

「(こいつ、こわい…っ)」

『…っ』

「もうこいつの正体暴くのにいちいち手段を選んでやるつもりはねえよ」


蜜柑が本気で恐れているのか、私の心臓がドクンと大きく脈打つ。
蛍がこそっと私に蛍特製のマスク?を渡した。蛍の意図がわかったのですぐにマスクをつける。それを確認した後、蛍はポケットから煙玉を取り出し、それを地面に投げつけた。

辺りが煙に包まれる中、日向が蜜柑の手を離し、その隙に蜜柑は委員長に呼ばれそちらに向かい走って行くが、日向が逃すわけがない。
委員長の元にたどり着く前に、二人の間に火をつけ、委員長の周りを火で囲んだ。


「委員長っ!」

「とっとと吐けよ、お前のアリス」

「火を止めて!!蛍っ、消化器か何か」

「だめよ、そいつの火はそんなんじゃ消えないわ」

「棗やめて!」


乃木くんの制止もきかず。


「こいつが力を見せれば済む話だ。はやくしろよ、死ぬぞそいつ」

「ウチにはそんな力っ、出せるもんなら出してる!お願いやからもうやめて!!」


蜜柑の願いも届かず、日向は蛍の周りにも火を。私にこないのは、乃木くんの横にいるからだろう。


「ナルの連れてきた奴の言葉なんかうさんくさくて信じられっかよ、本性出さねーなら…、もう一人いっとくか」


チラリと横目でこっちを見た日向。蜜柑は次に私が標的になったと思い、焦るように叫ぶ。


「他の人は関係ないやろっ!火を止めて!!」


委員長と蛍にしか気を取られていなかったからか、近くにいた尻尾に火がついて、泣いている兎に気付き、乃木くんが火に向かい走りだす。

それに日向が気を取られた瞬間、


「火止めろバカ!!!」


蜜柑が日向に飛びついた。飛びつかれた日向は反射的にアリスを使おうとした。


「なっ、この!」

「あぶな…っ」


…とてん

その場には蜜柑が後ろにゆっくり倒れる音だけが響いた。

…なるほど、これが蜜柑のアリス。


「今棗、確かに強いアリスを…」


誰もが驚いている中、いつのまにか居た鳴海先生がお得意のフェロモンで日向の額にキスをして気絶させた。
みんなの前でこんなことして、後で殺されても知らないわよ。


「ふー、大丈夫だった?蜜柑ちゃん、華鈴ちゃん」

「先生!…蛍っ、委員長っ!」


日向は意識を失ったけど、二人の周りを囲っていた火は消えなかったので、私は試してみたいことをした。


「心読めなくなっちゃった〜」


もしかしたら、私も蜜柑と…


「華鈴!?火に近づいたら危ないやろ!」

『うるさい』


消えてほしいと強く思いながら二人の火の周りに近付くと、一瞬で火が消えた。
まるで、私の周りに打ち消す何かがあるみたいに。

それを黙って見たいたみんなは、蜜柑が日向の力を抑えつけたことと、私が火を消したことにポカンと口を開けて驚いている。

全部消えたのを確認して、鳴海先生に向き合った。


「…試験終了ってとこかな。全部見てたよ」

『はあ』

「!(この騒ぎ、ウチが引き起こした。蛍や委員長を危険にさして、アリスすら見つからんまま。ウチ…)」

「蜜柑ちゃん、華鈴ちゃん、仮入学試験合格おめでとう。素敵なアリスを持ってるね」

「えっ…(合格?)」

「棗くんの力、全く君に効かなかったでしょう。それが君の、君達の力、攻撃してくるアリスを打ち消して自分の身を守る。特に目立った特徴はないけれど、 訓練次第でいろんな可能性の広がる立派な能力だよ」


蜜柑の場合、力が安定していないからか、未熟で不安定が多いのが難点らしい。
私はなんとか使いたいときに使えるようになってたみたい。だから教室で心読まないでて思えば読まれなくなったのね。

蛍ともう離れ離れにならないことに、嬉し涙を流す蜜柑。


「蜜柑と華鈴のアリスって聞いてる限りだと自分を守るだけなのね」

「うっ、」

『いいのよ、自分を守れたら』


でもさっきは、蛍たちを火から守りたいて思うと、二人の周りの火は消えた。
自分が中心になっているだけで、他の人も守れるかもしれない、このアリスは。


「…先生、ウチのアリスって自分のためだけ?蛍や他の子みたいに人の役に立ったり求められたりはせん能力なん?」

「それはね、蜜柑ちゃんの心次第かな。どんな力だってその人の心次第で毒にも薬にもなる。訓練次第で思わぬ効果を発揮するかもしれない」

『まあ、私は蛍たち守れたし』

「もしかしたら、こうしてる今も、どこかで君達の力を必要とする人がいるかもしれない」


乃木くんが倒れた日向を見つめていた。
欲しくない力、打ち消すアリスを必要とする人…、もしかしたら、ね。


「そうと決まればめでたいことだしね。二人共、早速入学手続きといきましょうか」

「はいっ!」

『は?』

「何驚いてるの?もっちろん華鈴ちゃんもだよ!立派なアリスだからね!」

『ちっ』


確かに、アリスじゃなかったらこの学園に入学しないてわけだったし。持ってるってわかってしまったなら、ここに入学する方が良いのかもしれない。


「あ、そうそう。改めて…、アリス学園へようこそ、歓迎します。佐倉蜜柑さん、華鈴さん」


委員長の、蛍の、蜜柑の嬉しそうな顔。
まあ、こんな明るい蜜柑なら、蛍がいなくて泣き続けているよりは断然ましだ。
この先何があっても、三人一緒なら最強だ。

日向が与えた試験は何はともあれ、私達二人をアリス学園へ入学させることとなった。


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