06




ごめん、ごめんね、華鈴…
私じゃあなたを守れない

この力だけは絶対人に話してはだめよ

蜜柑ちゃんを守ってあげてね
いつかあなたに幸せが訪れるのを願ってる

…愛してるわ





***

…懐かしくて、どこか心地良い女の人の声。これは赤ん坊の頃の私の記憶なのか、そんなはずはない。
覚えているわけもないのに、母親の存在を求め都合の良い夢を見てしまったようで。

私もまだまだ子供ね。


「こんなに煩い寝言なのによく寝てられるわね」

「華鈴は朝が苦手やからなあ」

『…起きたけど』


私達は部屋がまだないので、蜜柑は床に布団を敷いて、私は蛍の横で寝させてもらっていた。
壁側を向いていたので、寝返りを打ち蛍の方を向くと、蛍は自分発明の銃を持っていたあたり寝言が煩い蜜柑に打ったのだろう。
ちなみに蛍のアリスは発明のアリスといい、物を作ったら珍しい物ができるとか。


「おはよう!」

『おはよ』

「蜜柑の寝言、どうにかならない?」

『無理』


蜜柑の寝言なんて慣れない限り無理。小さい頃はよく起こされてたけど、今じゃ耳にも入らない。
寝ていたのに起こされた蛍は少し機嫌が悪そう。私ももちろんまだ疲れが完璧にとれたわけじゃないので、また寝返りを打ち寝ようとしたけど、蜜柑に起こされた。


「入学初日なんやから、遅刻せんようにはよ行くでー!」

『昨日顔見せたからいいじゃない』

「あかん!昨日は仮や!」

『めんどくさ』


鳴海先生に昨日もらった服を着ながら、昨日の仮入学試験に合格した後のことを思い出す。





***

無事正式入学となった私たち二人は普通、学園長に挨拶をするのが決まりだと思うが、忙しい人らしく会えないとのこと。

寮暮らしになり、正式に部屋が決まるまでは蛍の部屋で居候させてもらうことになり喜ぶ蜜柑に鳴海先生が一言、

家族や外部の人間との接触は一切禁止されてる。

それにお爺様のことを心配した蜜柑だったが、私が入学になる前に連絡入れておいた、と伝えると少し安心したようだが、やはり直接会って話をしたいと伝えたが、規則上蜜柑だけが許されるわけにはいかず、我慢することに。
落ち込む蜜柑に委員長が、手紙を書いて渡して貰えばいいじゃないか、と提案してくれた。
それに元気が出た蜜柑はキラキラした目で鳴海先生に、

「いっぱい手紙書くしいっぱいじーちゃんに届けてくださいね!」
「…うんっ、勿論!」

鳴海先生の返事までの間が、貼り付けてるような笑顔が、すごく気になった。

そんな時、目を覚ました日向の怒りが爆発した。
寸前のところで、鳴海先生に庇われた蜜柑、木に隠れた委員長、発明のいも虫一号に避難する蛍、被害のない乃木くん、そして私は無意識に無効化を使っていた。

「ナル、てめえ…、ぶっころしてやる」

まあ、怒りの矛先は鳴海先生みたいなので私は関係ない。人前であんなこと(キス、しかも同性)にされたら特に日向のような人は本気で怒るだろうに。

その爆発のせいで森が燃え、警報機が鳴った。
血を垂らしながら、日向に早く逃げないと苦手な彼が来るんじゃないか、と言うと言い返さずに乃木くんと去ってしまった。

「おい水玉。自分の足で学園に来た事これからせいぜい後悔すんだな、能天気野郎」

私の方をチラッと見た後、しっかり蜜柑を馬鹿にして。





***

あの後乃木くんと日向には会っていない。
私はそのまま蛍の部屋に行きお風呂を済ませた後ご飯も食べずに、疲れがどっと来て眠ってしまった。
12時間以上寝たけど、今度は寝すぎて眠くなっている状態だ。

とまあ、寝ているわけにはいかず学園に行くと鳴海先生と合流し、B組に入る。


「大方のみんなの期待を裏切って舞い戻って来ました、佐倉蜜柑、正真正銘のアリスですっ!」

『佐倉華鈴』


どうしてもう一度自己紹介をしなくちゃいけないのか。
クラスのみんなは北の森をクリアできたと思っている蜜柑に声を掛けて、それに嬉しそうに返している私の片割れ。
それを私と蛍は一歩離れたところで見守っている。

ベアを倒したやの、森怖かったやの、いろいろ質問攻めされている蜜柑。


『…ベアって?』

「北の森の番人みたいな動くテディベアよ、すごく凶暴で危険な人形なの」

『へぇ…(あれか)』


ふと自分に水の入ったコップをくれたテディベアと結びつき、あれはそんなに凶暴だったかと思い返す。気まぐれで優しくしてくれたのか。

ガヤガヤする教室内に、鳴海先生が静かに席に戻るように指示する。


「鳴海先生ってB組の担任やったんやな」

『本当に教師だったのね』

「あれ?知らなかったっけ?華鈴ちゃんに至っては僕を何だと…」

『…さあ』


普通に生活していて、こんな先生見たことなかったし、貼り付けてるような笑顔にも少し疑っている自分がいる。


「さてと、棗君がまだ来てないみたいだけど…」


珍しく、初めて教室に入った時とは全然違う静かさだ。フェロモンの餌食になりたくないのか、日向がいないからか。

噂をすれば何とやら、前の扉が音を立てて開き一番初めに出会った時と同じ黒猫のお面をつけた日向が教室に入ってきた。
前と違うのは、全身ボロボロに傷付いているところ。昨日言っていた、"苦手な彼"と関係があるのか。


「あの後捕まっちゃったわけだ?彼に」

「…るせえ」


昨日のことはもう怒っていないのか、それともそれどころじゃないのか。
パーマが日向にクラスにちやほやされていた蜜柑のことを話すが、助けてもらえるどころか机を思いっきり蹴られていた。


「やばいよ棗さん罰則面つけてるよ」
「あれ付けてる時の棗さん超機嫌悪いからなー」
「あれって付けると脳に電流が走って頭痛止まんねーらしーし」


ぼそぼそ教室内の至る所から日向やお面についての話題が持ち上がる。
本気で心配する乃木くんに、心配するなと応える、優しいのは乃木くんにだけみたい。


「はーい!みんなが揃ったところでお話がありまーす!」


そんな不穏な空気をころっと変える鳴海先生。
どうやら転入した私たち二人に生活指導する係のパートナーなるものを選ぶとのこと。選ばれた人は始終行動を共にして手とり足とり学園生活の事を教えなければならない、とか。
そんな面倒なこと、誰も引き受けたがらないだろう。

蜜柑は蛍に期待の目を向けるが、拒否する文字を書いた看板を持ち上げた蛍。しょんぼりする蜜柑に委員長が自分で良ければ、と声をかけるが、それと同時に鳴海先生が勝手に決めたと告げた。


「二人のパートナーは…、日向棗くんです!」

『…はあ』


蜜柑の目が点になり、日向はお面で顔が隠れているからわからないけど、きっと無表情なんだろう。
私は何と面倒くさいことになったのかと溜息が溢れた。


「「「ええー!?」」」


一瞬の静寂の後、教室は驚きやら疑問やらで。私たち二人にはすごいアリスでも持っているんじゃないかと期待される始末。
パーマだけは蜜柑だけを反対しているけど。

そもそも私はパートナーなんていらない。必要なことさえ教えてもらえばそれで十分だ。


「鳴海先生!?」

「じゃそういう事で、よろしくね」


後の状況を副担の先生に任せて、こんな状況の中教室を出て行ってしまった鳴海先生。自由奔放すぎる。

なら私も突っ立ってるのは足が痛くなるし、自分の席に座る。蜜柑は慰めて欲しいのか、蛍の背中にぴっとり引っ付いている。暑苦しそう。

鳴海先生がいなくなり、日向が戻って来たことで教室内はまたまた荒れ放題に。
授業がないのは自由にできていいけど、こんな煩い中よく今まで過ごせてきたものだ。

パーマがまた蜜柑に突っかかってるのが視界に入った。響いてくる声の中に"星階級"という聞きなれない単語が。

星階級とは学園からうける能力レベルや生活態度などを総合した評価システムのことで、四段階評価になっており星の金バッジで表される。
一番上は他の三つより別格の"幹部生(スペシャル)"。そして、上から"星三つ(トリプル)"、"星二つ(ダブル)"、"星一つ(シングル)"、それから幼い子にしかいない"星なし"。
幹部生も入れると五段階評価になるわけだ。

幹部生は全アリスの憧れの的で、全学年の中でも滅多にいない天才中の天才。

この星階級により学園内や寮での待遇が変わってくるらしい。
以上、委員長の説明より。


面倒くさい制度があるものね。

初等部はほとんどが星一つか星二つで、星三つは三人(蛍と委員長、後一人誰かしら)、幹部生は日向とのこと。

日向が幹部生でもあるからみんなは逆らったりしないし、舎弟関係が成り立ってるのね。


「せいぜい楽しみにしてるわ、あなたがどの星階級にあたるのか」

「(むっ、そういや華鈴もまだ決まってないんやったっけ?)華鈴ー!」

『………』

「ちょ、無視しやんといて!」


パーマとの戦いは終わったのか、蛍と委員長を巻き込んでこっちに来た蜜柑。
本に向けていた視線を蜜柑に何?と向けると、心配そうな顔に。どうせ星階級のことを聞いて高い人は世間に求められ、低い人は価値なしとか思ってるんだろうけど。


『…他人なんて気にする必要ないでしょ。あんたはあんた、私は私』

「星階級なんて他人がつけた評価、そんなもんに惑わされてどーすんのよ」

『人の価値なんて他人に決められるものじゃないわ』

「…うんっ!そやね!」


はあ、単純。気持ちの浮き沈みが激しいんだから。

委員長にも励まされて、やる気になった蜜柑。少々褒めすぎかもしれないけど。


そっと視線を横に向けると、お面をつけた日向が静かに座っていた。乃木くんは腕にいる兎を撫でながらも日向のことを心配してるように見える。

そっと見てるつもりがいつのまにかガン見してしまっていたみたいで。


「んだよ」

『それ取れないの?』

「…お前には関係ないだろ」

『まあ』


どうやら自力で取るのは無理なようだ。
付けてるだけで脳に電流が走る、と誰かが言っていた。
自分はこんなもの付けたことないからわからないけど、大人しく座っている日向を見ると相当な痛みがあるのは伝わる。

そもそも脳に電流を走らせるなんて馬鹿な教師しかいないのかここは。
お面つけてるだけでもなかなか恥ずかしいだろうに、電流まで流すとは。違う処罰の方法を考えればいいものの。

…せめて痛みだけでも無くしたらいいのに。


「…!おい水玉、お前何した」

「っえ、ウチ!?何が!?」

「(水玉じゃねえ、てことは)…お前か」

『は?』


何が私なのかさっぱり。
蜜柑にも確認したみたいだけど、本気で何を言ってるのかわかってないみたい。私もだけど。

蜜柑はこれ以上関わらないように、少しだけ距離をとり蛍の後ろに隠れた。


「(この距離であいつに出来るわけがない)…お前だな」

『だから何が』

「この罰則面のアリス、無効化しただろ」

『は?私が?』

「棗、痛くないの?」

「何も感じねえな」


無効化が効いているうちにつけていたお面をそっと外した日向。あら、本当に外れちゃってるし。

ホッとした顔をする乃木くんは私の方を見て、日向の代わりに


「ありがとう」


と、真っ直ぐな目で伝えてきた。


『…別に。私がやったとも限らないじゃない』


確かに痛みがなくなればと思ったけど、無効化できるとは思ってなかったし。本当に私がしたのかもはっきりわかっていない。
私のアリスって自分を守るだけじゃなかったっけ。

そもそもそれを外したらもっと怒られるんじゃないかと思ったけど、これを付けた人と会うときはもう一度付け直す、と。

まあもし、これが本当に私がしたことなら、昨日北の森に行くときに心配してくれたお礼ってことにしておこう。

日向に怪しまれていた蜜柑も自分は関係ないことに安心したのか、また近くに来た。
三人(主に委員長と蜜柑)の会話にたまに相槌を打つだけの私、そんな時間はすぐに過ぎ一限目が終わり、休憩が終わり、二限目が始まるチャイムが鳴ると、荒れ放題のクラスが慌ただしく片付けだした。

次の授業の担任である、"神野先生"という人になにやら問題がありそう。


「神野って?」

「初等部総監督で算数の先生だよ。すごく厳しい先生で曲がった事が大嫌いなんだ。二人共神野先生には目つけられないようにね」


眼鏡をかけて、いかにもな顔をした神野先生とやらが教室に入って来て、担当である算数の授業を始めた。
黒板の隅には、"私語厳禁"、"授業中の能力使用厳重処罰"の紙を貼っている。


「っな!」

「新入生、何か質問でも」

「あ、いえ…」


急に蜜柑の間抜けな声が聞こえてきた。一番後ろに座っている私には、念動力のアリスの持ち主が蜜柑の後頭部めがけて筆箱を投げつけたのは丸見えだ。
そもそも蜜柑の席も私の横なのに、前に座ってるのは今は日向の隣が嫌なのか。

私語厳禁に目を光らせてる先生は問題を黒板に写し、生徒と向き合う。


「もう一人新入生が居たな。前に来てこの問題を解いてみろ」


このもう一人というのは私のことなのか。新入生とはこういう使われ方もするからめんどくさい。

人前に立つのは良い気分ではないのに。

静かに立ち上がり、問題が書かれている黒板に近付く時、先生が息を呑むのを感じた。
何、この先生まで美人でびびってるのか。


「っ、(この顔立ち、まさか)東雲…?」


まあ、人の心なんて読めなきゃわからないけど。
東雲ってなに?誰かの名前かしら。
驚いた顔をしていた神野先生だけど、授業中てことを思い出したのか、またキリッとした表情に戻る。

そして私は書かれている問題を目に通しながら、前に来るまでにこそこそ話していたクラスのみんなの言葉を思い出す。

「でたよ、ジンジンの新入生いびり」
「どのくらい学力あるか確かめる為らしいけど」
「基礎じゃなくて応用から出すからな」
「華鈴さん可哀想…、代わってあげたい」

心配してくれたみんなには悪いけど、ここで一つ言わせてもらう。

私は自他共に認める天才だ。
初等部の授業なんて簡単に解けるし、中等部、高等部も一応マスターしている。小さい頃から外で遊ぶ体力がなかった私は、家で本を読みまくり自然と知識が高くなっていった。一度見たり読んだものは忘れない。(興味のないことは別)

問題文を読み終えてからスラスラとチョークで解説と答えを書く。答えだけ書いて後から解説を聞かれるのも面倒だし、わかりやすく書いてさっさと席に戻ろう。

止まることなくチョークを書き進める私に、神野先生は何を思ったのか、もっと難しい問題を横のスペースに書き出した。


「新入生、それが終わったらこっちも解いてみなさい」


呆気にとられた表情の後、何かを確かめるようなその目が私は気に入らないけど。一応立場上、先生が上なので従う。

その問題文は中等部で習うやつで、こんな問題出しても良いのかと思ったけど、同じように解説と答えを書く。
今度は先生だけじゃなくて、背後にいるみんなからも息を呑むのを感じた。


「…よし、席に戻りなさい」


チョークのせいで手が汚れた。パンパンと手を叩いて余分なチョークの粉を落としてから、自分の席に戻った。
凄い、とみんなが感心してるが気にせず。次は蜜柑の番かと思ったが、当の本人の上にニワトリの機械が現れ、授業に対する不満を歌い出す。

私が前に出て問題を解いている間は何もなかったのに、蜜柑いじりは止まらないのか。


「新入生、お前は何が私の授業に不満でもあるのか?言いたい事があるならはっきり言え」


ざわざわと私の時とは違う意味で騒つく教室。蜜柑がこの状況を説明しようと立ち上がった時、


「蜜柑ちゃん上!!」


蜜柑の上に浮いているゴミ箱が。こんなことできる人なんて決まっているのに先生はどうして蜜柑に目をつけるのか。

委員長の声に反応した蜜柑は、咄嗟に自分を守るために無効化のアリスを使った。


「こっちくんなー!!」


念動力を自分に向かないよう無効化したゴミ箱は、そのまま神野先生の頭に。


「授業妨害、授業中の能力使用などのルール違反。いい根性だ新入生…」


明らか怒っているだろう先生は、星階級が決まっていない蜜柑に更に追い打ちをかけた。


「私がお前にふさわしい階級をこの場で決めてやろう。…お前は、星なしだ」

「(うっそーっ!)」


蜜柑の星階級はどうでもいいけど。
私も新入生だし、二人で一つみたいな意味で二人共星なしじゃないわよね。


prev next