不動から見た少女

初めはただ、人と違うそいつが面白かった。



強くなれと母親に言われてきた俺は、影山に取り入ろうとしたが失敗に終わった。
でも俺は絶対父親みたいにはならない。一人で強くなり、そのためなら周りだって利用してやる。誰だって自分が一番可愛いんだ。
そう考えて生きてきた。

日本代表も、そのための一部にしか考えていなかった。まあ、サッカーは唯一無心で楽しめる存在だったけど。

影山と繋がりがあった俺と、日本代表選手は好んで関わりに来ることはなかった。
一人でいる方が気楽で有難い。

なのに…


『不動さんはチームを見ることが得意なんですね』


白露真雪。日本人なら知らない人はいないだろう女優だ。
そんな有名人が何故日本代表のサポートをしてるかなんて、知らなかったし興味もなかった。

こいつが階段から落ちてきたあの日までは。

自主練の後に合宿所の部屋に戻ろうと階段を上っていると、ちょうど踊り場に来た時にあいつが落ちてきた。正直、反射的に受け止めたけど、結構な高さから落ちてきたため自分ごと後ろに倒れてしまった。その時、肩を地面にぶつけて痛みが走った。

俺に受け止められたと知ると、土下座する勢いで謝り、目に涙を浮かべた。
泣くなよめんどくせえ、というのが本音だ。

それから、特に会話もすることがないし、部屋に戻ろうと階段を上ると、腕の裾を軽く引っ張られ引き止められた。
そして、こいつの口から出た言葉に驚きが隠せなかった。俺は完璧なポーカーフェイスで痛みなんて顔に出さなかった。理由を問うと、ありえない答えが。

人の身体の中を感じることができる。

そんな人間いるわけないだろ、と思うものの、確かに肩の痛みを見抜いた。
少し興味が出て頭がどうにかしてたのか自室に迎え手当てをしてもらった。

こいつの言葉は半信半疑だったが、それが確信に変わるのはすぐのことだった。

オーストラリア戦での鬼道の足を見て正しく処置をし、何故か一人で自主練する俺についてくることもあった。


「あんたさあ」

『っは!はい』


リフティングしながら少し離れたところで俺の様子を見ている真雪に話しかけると、視線は合わせていないが驚いているのがわかる。


「何で俺のとこにくるわけ?」

『っ、不動さん、一人で練習する日はいつも、身体を痛めてますから』

「は?」


思わずリフティングする体が止まって振り返ると、こっちをじっと見つめる瞳とぶつかる。
リフティングをやめたことでボールがあいつの足元へ転がる。


『ご自分では気付いてないと思うんです。身体に負担がかかってるわけではないですから。でも、少しずつ重なっていくといつか限界がきそうなんです』


ボールを拾い腕に抱えながら言う。
自分の体の事なのに、それ以上にこの女は理解しているようだった。


『昨日、おそらくドリブルの練習をしてましたよね?』

「ほお?」

『特にターンの練習をしていたのかと。右足のふくらはぎの筋肉が左足より少しついているので、右ターンを重視したのかと。ただ、右ばかりしたのか、右の筋肉量に左足がついていけなくなって、持久力は伸びにくくなってます』


こいつは、監視でもしてたのか、と疑うぐらい当ててきやがる。


『でも、あくまでほんの少しの差です。普通の練習では非はないですし…!ご、ごめんなさい、』

「何謝ってんだ」

『か、勝手に見て、図々しく話し過ぎました、』


まあ、これがサッカーを知らなくて、適当に言ってる人なら図々しい。ほっとけ、となるが、こいつは明確に当ててきやがる。


「…なんか気付いた事あれば教えろ」


そう言った時の白露の顔は俺に向けての中で過去最高に嬉しそうな顔だったかもしれない。


それからは更に、俺の練習を見にきた。今では二日に一回のペースでやってくる。
ちょくちょく助言したり、水分やタオルを持ってきたり、俺の世話係みたいになっていた。

驚くことに、深入りしてこないこいつのそばは不思議と居心地が悪いことはなかった。

こいつの力で誰よりも上手くなってやろう、俺が強くなるために利用させてもらおう、と汚い考えを持っていた自分が今はない。
出来なかったことを、白露に見てもらい、その通りにやってみると段々と出来ていく自分が楽しくて仕方なかった。

そして難題をクリアすると、嬉しいのか俺の近くに来て目をキラキラさせて興奮する白露と、その興奮を抑えるために白露の頬を引っ張るのが日課みたいになったいた。

一度、俺のところに来るこいつに聞いたことがある。
エイリア騒動の時の俺がしたこと、それを知ってもお前は今まで通り近付けるのか?

急な質問に驚いたのか、話の中身に驚いたのか知らねえが、真っ直ぐな瞳で迷うことなく言った。


『誰でも強くありたいと思うのは当然です。周りを巻き込んだのは確かに良いことではないですけど』


恨むことも責めることもなく、迷いのない瞳で告げた。


『ただ、不動さんがサッカーを好きなことはプレーを見ればわかります。大好きなことで鬼道さんたちを傷つけたのは、もう変えられない過去です』

『それなら、今度は道を間違えなければいいだけじゃないですか?』


その日から、俺が白露に対する意識が変わったのかもしれない。


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不動は初めは利用したろ、好かれてる人を独り占めしよう、と思っていたが、共に過ごすうちに居心地の良さを知る
不動だけ名字呼び