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A


真夜中に始まった花嫁行列。

鬼がどこから見ているかわからないので、はじめから手を抜けない。
深月はできるだけ花嫁らしく、おしとやかに、新郎役の冨岡が待つ家へと向かう。

しのぶは、少し離れた所で、しかしすぐに対処できる距離で、花嫁行列を見守っている。

道程は順調だったが、途中から鬼の気配がしてきた。
だが、どこにいるかまでは正確にわからない。こちらの殺気で鬼が警戒するかもしれないので、深月はあまり鬼の気配を探れない。

(しのぶさんも冨岡さんもいるし、大丈夫だろうけど)

もうすぐ、新郎役の家に着くというところで、何かが腕に当たった感触がして、視界が一瞬ぐらついた。ジュクジュクと腕が痛み始める。

どこかでしのぶが自分を呼ぶ声が聞こえ、深月は周囲を見回すが、何もなくなっていた。

道も、人も、草木ですら、見当たらない。先ほどまで確かにあったのに。

ただ、血の臭いはするし、村人の叫び声は聞こえる。

「幻術……!」

深月は懐に隠していた短刀を取り出す。
護身用にと渡された物だが、鬼相手にはあまりにも心許ない。

きっと、幻術にかかった切っ掛けは、先ほど腕に当たった何かだ。それがわかっていれば、やることは一つ。

深月は躊躇うことなく、自分の腕の少し血が滲んでいる部分を切りつけた。激しく痛む腕。白無垢の袖が、どんどん赤く染まっていく。それと比例するかのように、景色が晴れてくる。

周囲は阿鼻叫喚という光景だった。
鬼の攻撃にやられた村人が数名倒れていて、他の村人は逃げ惑っている。
しのぶが「毒です!」と叫んでいたので、倒れている村人は毒に侵されているのだろう。

深月が自分の日輪刀を探していると、目の前に鬼の腕が迫っていた。

(日輪刀を探すのに夢中になりすぎた!)

避けようとしたが、白無垢が動きづらすぎて足がもつれた。
深月が自分を情けないと思う前に、冨岡が彼女を片腕で抱えて助け出す。

「大丈夫か?」
「はい!すみません!」

冨岡が握っている日輪刀はいつもの刀だが、服装が違った。新郎の正装、五つ紋付き袴だ。

その衣装で深月を抱えたまま、鬼の攻撃をさばく冨岡。

「冨岡さん、私のことは放っといて大丈夫ですので!」
「日輪刀も無いのに放っておけるか!」

深月を降ろしてしまえば、鬼が深月を拐ってしまう可能性があるので降ろせない。深月の日輪刀があれば話は別だが、それを隠し持つ役の村人は逃げてしまった。
村人の中でも腕が立ち、肝が座っていると評判の青年だったのに、持ち前の健脚で一番に逃げてしまったらしい。事前の打ち合わせでは、逃げる場合は日輪刀を置いていくはずだったが、しっかり持っていったようだ。

「せめて日輪刀は置いてから逃げてよ……!」

深月はギリギリと拳を握り締める。自分から志願してきたから信用して日輪刀を預けたのに、日輪刀を持って逃げるとは何事だ。そのせいで、余計足手まといになってしまったではないか。

(こんなことなら、無理してでも自分で持っとくんだった!)

後悔しても鬼は倒せない。深月は何度か「自分が囮になる」と冨岡に提案したが、聞き入れられなかった。

鬼の毒は回るのが早いようで、しのぶはその処置に追われている。

冨岡は、深月を抱えたまま、人気の無い場所へ鬼を誘導する。村人が居たのでは上手く戦えないし、これ以上怪我人を出せば、しのぶがいつまで経っても戦いに参加できない。

しばらく誘導すると、少し開けた場所に出た。
冨岡は地面に着地し、鬼の次の攻撃を待つ。深月を離さないどころか、より一層腕に力を込めていた。

「自分の腕を切りつけるとは、花嫁は鬼殺隊だったか!しかし、いのう!愛らしいのう!麗しいのう!」

どこからともなく鬼の声が聞こえてきて、深月は嘔吐えずく。

「褒められて嬉しくないの初めてかも」
「……だろうな」

鬼は二人に構わず続ける。

「幻術をかけた娘の花嫁衣装を剥いでやってなあ、辱しめるんじゃ!いいところで幻術を解いてやるとなあ、娘はみんな泣き叫ぶのだ!そんな娘は、とても美味でのう!しかし、男が憐れだからな、衣装だけでも返してやるというのが、儂の優しさじゃよ!どうだ!素晴らしいだろう!」

深月は、唇を噛み締め、中年女性のことを思い出す。

彼女の娘は、好いた人と結ばれるはずだった。それが、こんなに醜い鬼に辱しめられ、絶望の中殺されたとあっては、さぞ無念だったであろう。

「冨岡さん、やはり私が囮になります。あのクソ野郎を、細切れにしてください」
「駄目だ」
「っ……どうして!?」
「万が一にでも、深月が消えたら、俺はきっと立ち直れない」
「それって……」

どういう意味ですか。
そう、深月が尋ねようとした瞬間、木々の中から何かが飛んできた。

冨岡はそれらを全て切り落とす。
地面に転がったそれらを確認すると、大きさは親指の爪程度で、薄い紙のようだった。

「幻術の原因はこれか」
「そうじゃ!その幻術の種が体内に入ると、すぐ溶けて、違う景色が見える!そして、村人どもが苦しんでいる毒はこっちじゃ」

また、別の何かが飛んでくる。先ほどより小さく、数が多い。
冨岡は、それらも難なく切り落とす。

「一つ一つの毒素は少ないが、量を食らうと動けなくなるぞ!」

ケヒヒヒヒ、という鬼の下品な笑い声が響く。

冨岡が次の攻撃に備えていると、深月が冨岡の腕に自分の手を重ねた。

「ちゃんと、私を守ってくださいね」

にっこり微笑んだ後、白無垢の裾をこれでもかというほど捲り上げ、帯に差し込む。惜し気もなく晒された白い脚に、冨岡は唖然とする。その隙に、深月は冨岡の腕を抜け出し、冨岡から離れたところにある草むらに飛び込んだ。








 




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