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B


今まで姿を見せようとしなかった鬼は、これ幸いと深月に向かって飛び出てくる。

しかし、彼女の手には村人が持って逃げたはずの日輪刀が握られていた。鞘から刀を抜き、流れるような動作で鬼の首を狙う。

鬼は驚愕し、地面を抉るようにして速度を落とす。
深月の刀は、鬼の首の前半分だけを切る形になった。

「はははは!未熟者めが!食ってや……」

勝機を見いだしたと思った鬼が深月に腕を伸ばすが、その首は宙を舞う。
深月が鬼の背後に見たのは、冨岡が刀を鞘に収めているところだった。

「まあ、私は未熟者かもしれないけれど、冨岡さんは優秀な柱だから」

深月が微笑む頃には、鬼の体は崩れかけていた。

「無茶をする。俺が間に合わなかったらどうするつもりだったんだ」
「いやいや、この距離で冨岡さんが間に合わないわけがないじゃないですか」

深月は微笑み、冨岡は小さくため息を吐いて深月の袖を捲る。

「深く切ったな」

そう言って、懐から手拭いを取り出し、深月の腕をきつく縛る。出血の量は減った気がするが、血は止まらない。
さぞ彼女の顔は貧血で青ざめていることだろう、と深月の顔を見て、冨岡は首を傾げた。

「何故、そんなに顔が赤い?」
「ひぇっ……いや、その……」

深月は目を泳がせながら、いそいそと裾を戻す。
今さらだが、恥ずかしくなってきたのだ。
冨岡に白無垢姿を見られたことも、冨岡に抱き抱えられていたことも、動きやすくするためとはいえ裾を捲り上げてしまったことも。

「まあいい。戻るぞ」
「はい……って、え!ちょっと、冨岡さん!?」
「どうした」
「どうしたって……こっちの台詞ですよ」

冨岡は、深月を抱えあげていた。
深月は必死に降りようとするが、冨岡は離さない。

「その出血で、走らせるわけにはいかないだろう」
「いや、平気ですって!」

反論する深月を無視して、冨岡は走り出した。


*****


村へ戻る道中、冨岡は疑問を口にする。

「そういえば、日輪刀は……」
「ああ、そのことですか。草むらから、柄の端が見えたんですよ」

日輪刀を隠し持つ役の村人が、たまたま捨て置いて行ったようだ、と深月は答える。
おかげで、日輪刀は若干砂汚れがついてしまった。それでも、自分の日輪刀が戻ってきたことが嬉しいようで、深月はそれを両手で抱き締めるように抱えている。白無垢に砂汚れが移ることも気にならないようだ。

「まあ、日輪刀がなくても、囮くらいはやるつもりでしたけどね」

ぴくっと冨岡の眉が動き、深月を抱える腕に力がこもる。
ぎゅうぎゅうと締め付けられ、深月は恥ずかしいやら痛いやらで頬を赤く染める。

「冨岡さん……?」

冨岡は何も言わない。深月は諦めて、村への到着を待つことにした。


*****


村に戻ってからは大変だった。

村人は鬼がいなくなったことに喜び、宴会を始めた。その途中、酔っ払った初老の村人が、冨岡と深月をお似合いだと言って、本当に祝言を挙げさせようとしてきた。
まあ、それは怪我人や毒の処置を終えたしのぶの「怪我をしている深月さん相手に何をしてらっしゃるんです?」という一言によりお開きになった。ついでに、宴会を続ける雰囲気でもなくなった。

深月はというと、花嫁衣装から隊服に着替えた後、しのぶにこっぴどく叱られた。

「こんなに深く切って。筋に届いてなかったからよかったものの……縫いますよ。痛いですからね」
「も、申し訳ございません」

しのぶの声は静かなのに、圧が凄かった。
深月は小さくなって、震えながら治療を受ける。

その途中、しのぶに聞かれて、深月は鬼を倒すまでの流れを説明した。

それを聞いたしのぶは、くすくすと笑い出す。
深月が、どうしたのかと尋ねると、しのぶはちょいちょいと小さく手招きする。深月が顔を寄せると、しのぶも口元に手を添えて、深月の耳に顔を寄せた。

「冨岡さんが新郎役になったのは、見た目じゃないんですよ」
「え?」

深月は思わずしのぶから離れ、彼女の顔を見つめる。
しのぶはもう一回、くすっと笑ってから、説明を加える。

「冨岡さんが、ご自分で志願なさったんですよ。祝言の真似事までするとは思ってなかったようでしたけどね」

いやあ、冨岡さんにも人間らしい所があるんですねえ、などと言いながら、しのぶは治療を再開する。

「きっと、深月さんの花嫁姿を見て何も言わなかったのも、見惚れてしまって何も言えなかったんだと思いますよ」
「そんな、まさか……」

深月はぶんぶんと手を振りながら、頬を赤らめる。
いくらなんでもそんなわけがないと思いつつ、そうだったらいいのにと思う自分もいることに、恥ずかしさが募ってくる。

そこで、急に襖が開いた。遠慮なく冨岡が入ってくる。
彼も既に普段の隊服に着替えていた。

「冨岡さん、またですか」

しのぶが少し青筋を浮かべる。数刻前にも同じことをして、注意されたのをもう忘れているのかと咎めるが、冨岡は気にしていないようだった。

「次の指令が来た。俺は先に戻る」

そして、また深月を数秒見つめる。

「綺麗だったが……もう着替えたのか。」

それだけ言い残し、さっさと立ち去る冨岡。

しのぶはくすくすと笑い、「ね?言ったでしょう?」と深月に微笑みかける。

深月は顔を真っ赤にして、冨岡が去った後の襖を見つめることしかできなかった。









 




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