心労にご用心
産屋敷邸にて、半年に一回行われる柱合会議。これに参加する隊士の階級は柱と決まっているが、産屋敷邸に柱ではない少女が居た。
雨宮深月。階級は
甲。
彼女が産屋敷邸に居る理由は、もちろん柱合会議ではない。それに参加している、師を同じくする冨岡義勇と他の柱達との間を取り持つためだ。喧嘩を仲裁するためと言ってもいい。
以前、偶々不死川と冨岡が揉めている場面に出くわし仲裁。それを見掛けたしのぶから柱、さらには鬼殺隊当主に伝わったという流れがあった。
それ以来、仲裁要員として呼び出されるようになったのだ。半年に一回のことなので、任務などもしっかり調節されている。
当の深月は、深い深いため息を吐く。
(義勇は言葉足らず過ぎるからなあ。先生が同じってだけで、柱合会議中待機する私の気持ちも考えてほしい……)
会議中、内容を聞くわけにもいかないので、深月は会議が行われている庭とは、また別の庭で、ただ立って待つ。何事もなければいいが、経験上、何事もなかった試しがない。
「なんだとテメェ!!」
「深月さーん、出番ですよー」
悲しいかな。本日も不死川の怒鳴り声が聞こえてきた。
その直後に聞こえてきたのは、しのぶの朗らかな声だ。
「行きたくない……」
深月は半べそで、柱合会議が行われている庭に向かう。怒った不死川はものすごく怖いのだ。
現場に到着すると、案の定、不死川が今にも刀を抜きそうなくらい怒っていた。ピキピキと額に青筋を浮かべ、冨岡を睨み付けている。
(めっちゃ顔怖い……)
当主が既に席を外していることも確認する。ほいほいと当主の前に出るのは、深月にとって大変恐れ多いことであり、そもそも当主が居れば、喧嘩が始まったとしてもすぐに収まるので、深月の出番は無い。
深月は回れ右をして帰りたくなったが、甘露寺と目が合ってしまい、それは叶わなくなった。
「深月ちゃん!今日も可愛いわね!」
普段は明るく可愛い甘露寺に救われている深月だが、今だけは彼女の明るい声が地獄への呼び声に聞こえる。
深月は、渋々といった様子で冨岡の背後に立ち、何か言おうとしているその口を両手で塞いだ。
「今日は何を言って怒らせたんですか、冨岡様……」
一応、柱達の手前、普段のように呼び捨てにはできない。口を無遠慮に塞いでる時点でどうかという疑問もあるが、上下関係が存在する組織に所属している以上、ある程度の建前は必要だ。
「いつも通り『自分には関係ない』と仰ってましたよ」
口を塞がれている冨岡に代わり、しのぶが困ったような笑顔で答える。
深月は、本日何度目になるかわからないため息を吐いた。
「またですか。申し訳ございません、風柱様。冨岡様は決して、皆様を見下しているわけでは……」
「オイコラァ!毎回毎回同じ事を言ってやがるがよォ!」
「ひっ」
不死川の怒声に圧倒され、小さい悲鳴をもらす深月。不死川は構わず続ける。
「
冨岡の態度は変わらねえよなァ?どうしてだァ?」
いや、私に聞かれても。本人の性格じゃん──と言いたくなるのをぐっと堪えて、深月は深々と頭を下げる。彼女の動きに連動して、冨岡も斜め前に少し傾く。
「申し訳ございません……」
深月はいつも通り、しばらく謝って、不死川の怒りが収まるのを待つことにしたが、頭上から降ってくる不死川の叱咤は止まらない。
何度か謝り続けたが、深月の中で限界が来た。
「もう……ない……」
「あァ!?」
「もう知らない!なんで私が義勇の面倒見なきゃいけないの!」
冨岡から手を離し、べそをかき出す深月。今の彼女の中には、建前など存在しない。
さすがの不死川も、その他の柱の面々も、驚きを隠せず硬直する。
「大人なんだから人付き合いぐらいちゃんとしてよ!ってか、義勇、柱じゃん!上司じゃん!むしろ私の面倒見てよ!」
振り返った冨岡の胸ぐらを掴み、泣きながらぶんぶんと前後に振り回す深月を見て、柱数人の顔に同情が浮かぶ。しのぶに至っては、呼ばなければよかったと後悔までしている。
何も言わないのか、それとも揺らされて喋れないのか、冨岡は口を開かない。
深月は手を止め、拳を握り締める。
詰襟に皺が寄り、冨岡の首が若干締まっているがお構いなしだ。
「鱗滝さん……錆兎……たすけて……」
師と今は亡き友の名を呼んで、助けを求める。
それを聞いた冨岡は、さすがに少し困った様子になる。彼の表情の変化は微妙で、柱の面々には察することができなかったが、長年共に過ごしてきた深月にはなんとなく分かった。
冨岡の表情の変化に少しすっきりしたのか、深月は手を離し、荒い手つきで涙を拭う。
その手に、冨岡の手が重ねられ、優しく深月の涙を拭い始める。
「深月。それでは痛むだろ」
そう言って、深月の頭を撫でた後、背中に腕を回し、抱き寄せる。小さい子をあやすように、背中を叩く。
昔、泣き喚く深月に対して、錆兎や鱗滝が同じ事をしていたのを思い出したのだ。
そして、深月ではなく甘露寺から「きゃー!」と黄色い声が上がる。
今度は、柱ではなく深月が突然の出来事に固まってしまい、声を出せずにいる。
耐えかねたしのぶが、冨岡に尋ねる。
「もしかして、冨岡さんと深月さんは、お付き合いされてらっしゃるんですか?」
「…………別にいいだろう」
冨岡の返答の前の微妙な間には、「付き合っているわけではないが、先生や錆兎と同じ事をしているだけだし」が入ることだろう。
再び、甘露寺から黄色い声が上がる。煉󠄁獄は「仲が良いのはよいことだ!」などと言っているし、宇髄は「どこまでいった?」などと下世話な質問をする。
「ちっがーう!!そういうとこだよ!義勇!!」
我に返った深月は、冨岡の腕から抜け出し、力の限り叫んだ。もはや、ここが産屋敷邸だということは、頭から抜け落ちている。
冨岡は「何が違うのか」と言いたげな顔で深月を見る。意図が伝わらないのは今に始まったことではないので、深月は諦めて帰ることにした。
「私、お先に失礼します……今日はもう疲れました……」
「お、おう……」
不死川は思わず了承し、柱の誰も彼女を止めはしなかった。
*****
後日、深月の元に当主からの文が届いた。
内容は『しっかり休め』という旨のものだった。
さらに、当主だけではなく、数名の柱から同様の文が届いた。
深月が、その文に「やってしまった」と頭を抱えていると、何食わぬ顔で冨岡が訪ねてきたので、彼女はしばらく頑として冨岡を家に入れようとしなかった。
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