居眠り
煉󠄁獄さんに用事があって、彼の生家を訪ねると、早朝だというのに、弟の千寿郎君が出迎えてくれた。
「深月さん!兄上は先程戻られたばかりですので、自室にいらっしゃると思います。どうぞ、上がってください」
「ありがとう」
小さな煉󠄁獄さんと言えるくらいそっくりなご兄弟だが、性格は全然違う。千寿郎君はいつ会っても可愛くて、ほっこりする。男の子に可愛いっていうのも失礼かな。
千寿郎君の案内で、煉󠄁獄さんのお部屋に着いた。
二人で声を掛けるが、返事がない。
「兄上?」
「煉󠄁獄さーん?」
どうしたのだろうと二人で首を傾げていたが、千寿郎君がそろりと襖を開けた。
「失礼します……あっ」
「どうしたの?」
千寿郎君が声を上げたので、私も襖の隙間から覗きこむ。
あれ、煉󠄁獄さん居るじゃない。居るのに返事をしてくれないとは。
煉󠄁獄さんは、縁側に座っていた。庭の方を向いているので、私達に見えるのは彼の背中だけだ。
「入りますよー」
声を掛け、千寿郎君と二人で煉󠄁獄さんに忍び寄る。別にやましいことなんてないんだけど、なんとなく足音を抑えてしまう。
「煉󠄁獄さん?」
「兄上?」
煉󠄁獄さんの両側から、二人同時に彼の顔を覗きこむ。
そして、二人で顔を見合わせて笑ってしまった。
煉󠄁獄さんは、珍しく居眠りをしていたのだ。
縁側に腰掛け、腕を組んだまま、静かな寝息を立てている。
「兄上が起きるまで、お茶にしましょうか」
千寿郎君が小さな声でそう言って、さっきより抑えた足音で、部屋を出ていった。
私は、煉󠄁獄さんの隣に座って、彼の寝顔を眺める。
こんな機会は滅多にない……というか、初めてだ。失礼かとは思いながら、まじまじと彼の寝顔を見てしまう。
一応、周りに誰も居ないことを確認してから、煉󠄁獄さんの頬に手を伸ばし、人差し指でつついてみた。それでも起きない煉󠄁獄さん。
私は調子に乗って、何回もつつく。思ってたより柔らかいし、楽しくなってきた。
そして、もう一回周囲を確認して、別のところに指を伸ばす。恐る恐る近付けて、そっと触れる。や、柔らかい!
「男の人でも、唇って柔らかいんだ……」
思わず、感想を呟いてしまった。
私は、煉󠄁獄さんの頬だけでなく、唇にまで触れてしまった。こんなはしたないところを誰かに見られたら、もう表を歩けなくなってしまう。
千寿郎君がいつ戻ってくるかもわからないので、手を引っ込めようとしたとき、ガッと手首を掴まれた。
誰にって思ったけど、この場には私と煉󠄁獄さんしかいない。私の手首を掴んでいるのは、もちろん煉󠄁獄さんだ。
「寝込みを襲うとは、大胆だな」
聞きなれた声がして、煉󠄁獄さんの顔を見ると、ばっちり目が開いていた。起きてる……え、うそ、起きてる!
「お、襲うなんて、人聞きが悪いです……」
なんとか誤魔化そうと笑ってみせるが、煉󠄁獄さんは手首を離してくれない。力で敵うわけがないので、逃げることもできない。
「というか、いつから起きてらっしゃって……」
「千寿郎と雨宮が部屋に入ってきたときからだ!驚かせようと思ったのだが、目を開ける機会を失ってしまってな」
誰かさんが可愛い悪戯をしてきたものだから、と煉󠄁獄さんは笑う。
最初から起きていたなんて、誤魔化しきれない。私は恥ずかしさで、顔どころか耳や首まで熱くなるのを感じた。
煉󠄁獄さんから顔を背け、千寿郎君が早く戻ってきてくれるように念を送っていると、煉󠄁獄さんの方からフッと笑うような声が聞こえた。そして次の瞬間、掴まれている手首を大きく引かれた。私の上半身は煉󠄁獄さんの脚の上に乗っかる形になり、顔は煉󠄁獄さんの硬い胸板に押し付けられた。
「さて、どうしたものか」
煉󠄁獄さんを見上げると、彼は楽しそうな笑顔で私を見下ろしていた。煉󠄁獄さんの顔が近すぎて、心臓が止まりそう。
手首をまだ離してくれないどころか、空いている方の腕を私の背中に回してきた。痛くはないけど、決して逃げられない程度の力加減だ。
「煉󠄁獄さん……その、すみませんでした……」
「ん?別に怒っているわけではないが」
じゃあ、なんで離してくれないんだろう。
というか、その「ん?」って言うのずるい。こっちは今にも心臓が止まりそうなので、これ以上負荷を掛けないでいただきたい。
「怒ってらっしゃらないなら、離してください!」
「それは断る」
断られた。何故。
どうしようどうしようと考えていると、背中に回されていた腕が、私の後頭部に添えられた。そのせいで、私の首は上向きに固定されて動けなくなった。
そして、煉󠄁獄さんの顔が近付いてくる。
ちょっと待ってください、と言おうとしたが、私の口はあっという間に煉󠄁獄さんの口で塞がれてしまった。
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