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逆鱗


まだ暗い夜の森の中、少女が地面に仰向けに転がっていて、その上に一人の男が跨がっている。

「なあ、いいだろう!?俺はずっとお前のことが好きだったんだ!!」

男の怒鳴るような告白に、少女──深月は身を震わせた。喜びからではない。恐怖による震えだ。

深月の首筋には、鬼を斬るための日輪刀が添えられている。
男が少し力を込めて引くだけで、深月の命は終わるだろう。

「止めてください……」

深月は体と同じく震える声で、懇願する。
男は、深月にとって先輩にあたる隊士だ。数ヵ月前、任務を共にしたことがある。それ以降、会うことはなかったのだが、その男は今夜、任務帰りの深月の前に急に現れた。

押し倒された深月が抵抗したところ、男はあろうことか日輪刀を抜いたのだ。

「どうして、わかってくれないんだ!?」

わかりたくもない、と深月は心の中で呟く。
一度会っただけの、ろくに言葉も交わしていない男の、この恋情だか劣情だかわからないものを、何故自分が理解してやらねばいけないのかわからなかった。

(どうしよう。隊士同士の喧嘩は御法度……でもこういう場合は抵抗ってことでいいのかな。でも、動いたら日輪刀が首に……)

深月は必死に考える。
この男に犯されるのは嫌だ。かといって、死ぬのも御免だ。死んでしまっては鬼が斬れない。鬼が斬れなければ、誰も救えなくなる。

どちらか、好きな地獄を選ばねばいけないのであれば、男に犯される地獄を選ぶべきだ。頭ではわかっている。

それでも、深月の脳裏に、ある人物の顔が浮かんだ。

寡黙で、表情が読みづらく、しかし本当は優しい、深月の恋人だ。

深月は、決意を固めて息を吸った。

「止めてください!あなたの気持ちには応えられません!」

はっきりとした拒絶に、男が心底傷付いたという顔になる。
その顔は、深月の恐怖を怒りへと変えていった。
自分勝手なことをしておきながら、振られたら傷付くとはあまりにも身勝手ではないか。

男は耐えられなくなり、日輪刀を持つ手に力を込める。深月の首を切ろうとしているのだ。

しかし、次の瞬間、男の日輪刀の刃が半分消えた。

「え、あれ……」

男は情けない声を出し、自分の日輪刀を見つめる。
愛しく憎い少女の首をかっ切るはずの、自分の刀がなくなっている。

「そこをどけ」

男の背後から、冷たい声が降ってきた。
男が振り向く前に、声の主は男の襟首を掴み、横に投げ飛ばした。

男が飛んでいったことで、声の主が深月の視界に入る。深月は笑顔になり、恋人の名前を呼ぶ。

「義勇さん!」
「大丈夫か」
「はい!」

声の主は、義勇だった。彼が差し伸べた手を取り、立ち上がる深月。その足は、まだ少し震えている。

深月が何故ここにいるのかと義勇に問うと、「任務が終わったので、警備のついでに迎えに来た」とのことだった。
そうしたら、男が深月を組み敷いているし、今にも深月の首を切ろうとしていた為、日輪刀を真っ二つにしてやったのだという。

義勇に投げ飛ばされた男は、足を引きずりながら戻ってきた。そして、義勇の姿を確認して、目を見開く。

「なんで、柱が……」
「消えろ」

男の疑問には答えず、義勇は冷たい目で男を睨み付ける。今夜の彼は、珍しく感情が表に出ている。この上なく怒っているのだ。
しかし、正気を失っている男は食い下がる。

「邪魔をするな!その女は俺を、俺を……くそ!日輪刀まで折りやがって!」

自尊心が許さなかったのだろう。男は「振られた」と口に出せない様子だった。さらに、日輪刀を折られたと、義勇を逆恨みまでしているようだ。

「聞こえなかったか?消えろ」

義勇がもう一度、最後の機会だと言わんばかりに告げた。
男は歯を食い縛って悔しそうな顔をしていたが、半分になった日輪刀を握りしめ、深月へと向かっていった。

義勇は日輪刀を持っているのとは別の腕で、男の横っ面を殴り付けた。男は再び飛んでいくが、すぐ側の大木にぶつかって地面に落ちる。

「日輪刀は、人間に──ましてや、好いた女に向けるためにあるのではない」

男は気を失っていて、もう義勇の声は聞こえていなかった。

義勇は日輪刀を鞘に収め、深月の頭を撫でる。
その行為に安心して、深月はぽろぽろと涙を溢してしまう。

「……弱いからだ」

責めるような言葉に、深月は涙を拭いながら困ったように笑う。
義勇は決して、深月を責めているわけではない。深月が悪いなどとも思っていない。「相手の男が弱いから、あんな行動に走った。気にするな」と言いたいのだ。

「義勇さん、本当にありがとうございました」
「ああ」

義勇は頷いて、両手を軽く広げた。
深月は少し迷ったあと、その腕の中に飛び込んだ。その直後に、義勇は深月の背中に腕を回し、精一杯抱き締める。

深月は愛しい人の匂いに包まれ、安心感が増していくのを感じる。義勇が与えてくれるのは卑しい劣情などではなく、優しい愛情なのだ。

「俺が守る」
「私も、義勇さんを守れるくらい強くなります」
「む……」

強くなるのは歓迎だが、守られたい訳ではないようで、義勇は複雑そうな顔になる。
それを見上げて、深月はにっこりと微笑んだ。







 




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