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髪は女の命


鬼殺隊最高位である柱の一人──煉󠄁獄杏寿郎は、雨宮深月という女性隊士が気になっていた。

艶やかな長い黒髪の女性で、接点といえば何度か任務を共にしたことがある程度だ。
刀を振るう度に美しく揺れるその髪に、亡き母を思い出さないでもなかったが、彼女は母と違い、表情がよく変わる人だった。

よく笑い、よく怒り、泣くのを堪えているところも見たことがある。

ある日、食事処の帰りに、その雨宮に遭遇したとき、煉󠄁獄は思わず声を掛けてしまった。

ばっさり髪を切っていたからだ。
腰あたりまであった黒髪は、今やうなじが見える程度の長さになっていた。

「雨宮!」
「煉󠄁獄さん。こんにちは」

柱に声を掛けられ、礼儀正しく腰を折る雨宮。
短くなった黒髪は、それでも変わらず彼女の動きに合わせて揺れる。

雨宮は顔を上げるが、煉󠄁獄は何も話さない。
しかし、煉󠄁獄の脳内ではいろいろな考えが浮かんでは消えていた。

何故、髪を切ったのか。自分と彼女は、そんなことを尋ねる程の仲だろうか。失恋だろうか。もし失恋だったら、今まで思い人が居たということだろうか。

少しして、用事は特になかったのか、と思った雨宮は再び頭を下げる。

「それでは、失礼します」

そう言って、その場を去ろうとしたが、煉󠄁獄に肩を掴まれる。彼の顔を見上げるが、やはり何も話さない。しかし、何か話したそうな雰囲気を感じ、雨宮は少し先の甘味処を指差して微笑んだ。

「甘いものでも食べますか?甘露寺様が美味しいと仰ってたお店なんですよ」
「うむ!」

煉󠄁獄は大きく頷き、二人で甘味処へと向かった。

外の長椅子に並んで腰掛け、女性店員にそれぞれ注文する。
注文の品を待つ間、雨宮は煉󠄁獄の顔を覗きこんで話し掛ける。

「あの、煉󠄁獄さん。何か仰りたいことがあるのでは?」
「む!?いや、その……そうだな……」
「私、何かしましたでしょうか……?」

普段と違い、歯切れの悪い煉󠄁獄に、雨宮は不安そうな顔になる。自分に原因があるのではないかと考えているのだ。
まあ、煉󠄁獄が気になっているのは、彼女の髪についてなので、雨宮が原因といえばそうである。

煉󠄁獄は意を決して、彼女に尋ねることにした。人に何かを言う際、こんなに悩んだのは初めてのことである。
煉󠄁獄が雨宮の方を向き、しっかり目を合わせると、彼女の肩が一瞬ビクッと震える。

「雨宮は、好い人が居たのだろうか?」
「え、好い人ですか?その、お慕いしている方は居ますけど……」

雨宮は頬を赤くして、俯いてしまう。
その答えと反応に、少なからず衝撃を受ける煉󠄁獄。

やはり思い人がいたのか。だったら、失恋だろうか。失恋であれば自分にも機会はあると、そこまで考えて、煉󠄁獄の思考は停止する。

『自分にも機会はある』

それはつまり、自分が彼女のことを好ましく思っているのだと気付いた煉󠄁獄は、心の内だけで動揺する。
亡き母を思わせる黒髪だから気になっていたかと思えば、何の事はない、雨宮深月だから気になっていたのだ。

「その人に振られたのだろうか?」
「いえ、その方には気持ちをお伝えすらしておりませんので……」

直接的な質問に、雨宮はバッと顔を上げて、首をゆるく横に振った。その顔は、動揺を隠せず真っ赤である。
恥ずかしそうに頬を両手で覆う彼女に、煉󠄁獄は「可愛らしい」と思い、目を細める。

「では、その髪はどうしたんだ?」

煉󠄁獄が雨宮の髪を指差すと、雨宮は「ああ、これですか?」と自分の髪の先端を弄る。頬の赤みは大分引いていた。

「恥ずかしながら、先日の任務で鬼に髪を掴まれてしまいまして。自分でこう、ばっさりと」

雨宮は、自分の髪を刀で切る仕草をする。

「切り揃えたらこんなに短くなってしまいました。ですから、失恋ではないんですよ」

そう言って、最後にはにかむ雨宮。
煉󠄁獄は「そうだったのか!」と言いながら、先ほどとは違う動揺を抱えていた。

思い人はいる。失恋はしていない。自分には機会が無いかもしれない。そこまで考えて、煉󠄁獄は自分の女々しさに嫌気がさす。

「短い髪も似合ってると思うぞ!」
「本当ですか?ありがとうございます!」
「ああ、可愛らしい!」
「あ、ありがとうございます……」

パッと花が咲いたように笑ったかと思えば、煉󠄁獄の「可愛らしい」の一言で、再び顔を真っ赤にし、汗までかき、声が尻すぼみになっていく雨宮。

雨宮は俯き、短くなった黒髪は、重力に従い彼女の顔を隠す。
もともと煉󠄁獄の方が上背があるので、雨宮の顔は煉󠄁獄から全く見えなくなる。

そこで、女性店員が注文の品を持ってきて、二人の間に置いて去っていった。

「雨宮、来たぞ!」
「はい」

俯いたまま、自分が注文した団子を取ろうと手を伸ばす雨宮。

煉󠄁獄はそろそろ雨宮の顔が見たいと思い、甘味ではなく、彼女の髪に手を伸ばした。
前髪をかき分け、横の比較的長めの髪を耳にかけてやる。

雨宮は団子を持ったまま硬直し、耳まで赤く染めていた。

煉󠄁獄は満足そうに笑い、自分が注文した甘味を食べ始める。食べながら、次の約束は何を取り付けようかなどと考える。



この二人が、お互い両思いだと気付くのは、そう遠くはない。







 




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