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金合歓は止めてしまおう


煉󠄁獄家と雨宮家は、昔から縁のある家同士だ。
どちらも代々産屋敷一族に仕え、鬼殺を生業としている。
当然、両家の子らは、幼少期より交流がある。

煉󠄁獄杏寿郎と雨宮深月も、例に漏れず幼馴染みというやつだ。

深月は、暇さえあれば煉󠄁獄家にやってきて、杏寿郎や千寿郎と共に稽古をする、という趣味がある。
煉󠄁獄家の兄弟もそれを歓迎していたが、ある日、深月は杏寿郎の様子がおかしいことに気付いた。

「杏寿郎、具合悪いの?」
「いや、元気だ!」

何を尋ねても、「元気だ」「大丈夫だ」と返ってくるので、深月はどうしたものかと悩んでいた。

具体的に何がおかしいのかというと、まず目が合わない。出会った時からどこを見ているのかわかりにくい瞳ではあったが、最近は明確に視線をずらしている。
かと思えば、深月が振り向いた瞬間に目線を逸らされることもある。

また、妙に頬が紅潮している時もあった。
杏寿郎ともあろう者が軽く稽古しただけなのに、顔色が変わるわけがない。熱があるのかと額に手を伸ばせば、「んん゛っ!!」と唸り声のようなものを上げて逃げられた。

「ねえ、千寿郎君。杏寿郎の様子が変だと思わない?何聞いても大丈夫とか元気とかしか言わないし……」
「えっと、そうですかねえ」

千寿郎は、何もないところを見て曖昧に答える。
弟からすれば、兄が深月を女性として意識しているのは一目瞭然なのだが、この鈍すぎる幼馴染みは全く気付いていないらしい。

杏寿郎としても、思いの丈を千寿郎から深月にばらされるのは本意ではないだろう。

「兄上とお二人でゆっくりお話されてみるのはいかがでしょうか?」

弟としては、これが精一杯の提案だった。


*****


千寿郎からの提案を受け、深月は杏寿郎と二人で話そうと提案した。すると、杏寿郎は特に嫌がる様子もなく了承した。
お茶とお菓子を用意し、縁側に腰掛けたが、杏寿郎は全然話さない。こんなに話さない杏寿郎は、出会ってから初めてだった。
少し前まで、二人の間に隠し事などなかったのに、と深月は悲しい気持ちになってくる。

「杏寿郎、もしかして怒ってるの?私何かした?」
「いや、怒ってなどいないし、深月は悪くない!」
「じゃあ、なんで……」

深月の瞳に、今にも溢れんばかりの涙が浮かぶ。
杏寿郎はそれを横目で見てぎょっとする。そして、少し悩んでから、深月の頭を優しく撫でた。

それを切っ掛けに、深月の涙腺が決壊した。
もう止まらない。ボタボタという勢いで流れる涙に、杏寿郎は「すまん!泣かないでくれ!」と珍しく下がり眉で慌てている。

「杏寿郎、最近、おかしいよ。私が何もしてないなら、なんで目を逸らすの?なんで逃げるの?私のこと嫌い?」
「それは違う!」

杏寿郎は叫んだあと、深月の目を見て恥ずかしそうに笑った。

「今まで男らしくないことをしていたな。申し訳ない。深月、聞いてくれるか?」
「……うん」

深月は涙を拭い、杏寿郎の目を見つめ返す。
彼の頬は、心なしか赤くなっている気がした。

「俺は、君のことが好きになったようだ。いや、きっと幼い頃から深月のことが好きだったのだろうが、最近自覚したようでな」

ぽかんとしている深月が可愛くて、杏寿郎はふっと笑う。

「深月があまりにも無防備だから、どう接するか悩んでいたのだ」

目が合わないのは、段々女性らしくなってきた深月を直視できなくなったから。

結った髪からのぞくうなじに、腕を上げたときに垣間見える二の腕。
酷いときは、深月が急に「暑い!」と言って、稽古場で道着を脱いだときもあった。胸に晒を巻いていたが、あの時はさすがの杏寿郎も目のやり場に困ったものだ。

稽古で不意に顔が近付けば動揺したし、触れられた場所に熱が集中する気がした。

「だが、悩むのは止めだ!深月を泣かせてしまって、不甲斐ない!」
「あ、いや……その、あの……」

先ほどまでぽかんとしていた深月が、段々と困ったような顔になり、いつぞやの杏寿郎より頬を赤くさせていた。漸く杏寿郎が言っていることを理解してきたらしい。

杏寿郎は深月を逃がすまいと、彼女の両手を自分の両手で包む。
そして、深月の耳元に口を寄せ、そっと囁く。

「これからは、遠慮無く口説くから、覚悟しなさい」
「きょ、じゅろ……」

深月の肩が、声が、弱々しく震える。
彼女は今、鬼殺の剣士ではなく、一人の少女としてここに居る。

杏寿郎は深月の耳元から離れ、彼女の顔を真っ直ぐ見つめる。
深月は、幼馴染みの、今まで見たことがない男性としての笑顔に、目眩を起こしそうになった。







 




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