箱入り娘と炎柱
煉󠄁獄と雨宮は二人で任務に出向いていた。なんでも、奇妙な血鬼術を使うらしいと聞いていたが、その内容までは聞かされていなかった。
鬼を発見し、いざ戦おうかと二人が日輪刀に手を添えた瞬間、鬼の血鬼術に嵌まってしまった。
奇妙な血鬼術というのは、人間を閉じ込め、そのまま消化できる箱を作り出す、というものだった。
それは一人分の容量しかないらしく、二人で閉じ込められるにはなかなか狭いものだった。
煉󠄁獄はあぐらをかくような体勢で壁に背を付け、片足を立てている。
雨宮は煉󠄁獄の脚の間に割座して、それでもどうにか彼から距離を取ろうと壁に背中と腕を全力で押し付けている。
しかし、箱の高さが座高以下なので、二人とも背を曲げてしまっている。そのせいでお互いの顔が近付いていて、雨宮は横を向いて赤面している。
ふるふると震えている雨宮を見て、煉󠄁獄は声を掛ける。
「雨宮。その体勢は辛くないか?」
「大丈夫です」
雨宮は杏煉󠄁獄の方を一切見ようとせず、弱々しい声で答える。しかし、煉󠄁獄から見れば、目の前の隊士は震え続けていて全く大丈夫そうではない。
それに、この距離のままでは日輪刀が抜きにくい。
「雨宮、少し我慢してくれ」
そう言って、煉󠄁獄は雨宮の腕を掴んで引き寄せた。
まさか引き寄せられるなど思っていなかった雨宮は、抵抗する間もなく煉󠄁獄の胸に倒れこむ。
何が起こったか理解できず、雨宮は一瞬硬直したが、頬に当たる硬い感触に気付き、耳まで真っ赤になって煉󠄁獄から離れようとする。
しかし、それを予想していた煉󠄁獄は、雨宮の背中に左腕を回し、強く押さえ付ける。
「少しでいいから我慢しろ!」
「いや、無理です!離してください!」
全力で押さえ付ける煉󠄁獄。全力で離れようとする雨宮。両者、震えるほど力を込め、少しの間攻防を続けた。
最終的に、煉󠄁獄の膂力が勝り、雨宮は煉󠄁獄の胸板に押し付けられる。
雨宮が爆発でもしそうなほど赤面してることには気付かず、煉󠄁獄は空いた空間で日輪刀を抜いた。
瞬時に箱を切り裂き、脱出する。その際、雨宮は小脇に抱え、そのまま鬼の首を切り落とした。
煉󠄁獄は雨宮を地面に降ろし、日輪刀を払って付着した鬼の血を飛ばしてから、鞘に収める。
地面にへたり込む雨宮に手を差し出すと、彼女は煉󠄁獄を見上げた。その表情に、煉󠄁獄は息を呑む。
彼女の顔は恥ずかしそうに赤く染まり、普段の勇ましさは少しも感じられない。眉を下げ、目を泳がせる様は、年頃の少女のそれだった。
「雨宮、立てるか?」
「だ、大丈夫です……」
雨宮は煉󠄁獄から顔を背け、自分でゆっくり立ち上がる。煉󠄁獄の手は取らなかった。
やはり、煉󠄁獄から見れば、全く大丈夫そうではない。
血鬼術から脱出する為とはいえ悪いことをした、と傍目にはわからない程度にしょんぼりする煉󠄁獄。
雨宮としては、異性に抱き締められたことなど初めてで、それが美丈夫ときたものだから、どうしていいかわからなくなっているだけだ。
決して、嫌だったとか怒っているとか、煉󠄁獄を責めるつもりはない。
赤みの引かない雨宮の顔を見て、煉󠄁獄は頭を下げた。
「鬼殺のためとはいえ、嫌な思いをさせてすまなかった」
雨宮は背けていた顔を煉󠄁獄の方に向け、彼が頭を下げていることにぎょっとして青ざめる。
「顔を上げてください!柱ともあろうお方が、私ごときに頭を下げてはいけません!」
その言葉に煉󠄁獄は顔を上げる。
「しかし、雨宮は女性だからな。もっと気遣うべきだった」
「いいえ、私の修行が足りないんです」
自分は女である前に鬼殺の剣士なのに、と雨宮は肩を落とす。
自分が不甲斐ないばかりに、煉󠄁獄に頭を下げさせてしまった。箱の中で彼の言うことを素直に聞いていれば、こんなことにはならなかったのだ。命を賭けた仕事なのだから、恥など持っていても意味がなかった。
雨宮は、深々と頭を下げる。
「申し訳ありませんでした。私が一時の恥など捨ててしまえばよかったんです」
彼女を責めたいわけでもない煉󠄁獄は、「むう」と呟いて少し悩む。
どうやら、雨宮は嫌な思いをしたというより、ただ恥ずかしかっただけのようだ。しかし、その感情を自分で責めてしまっている。さすがに、恥を捨てすぎると貞操の危機があるのではないかと、煉󠄁獄は目の前で頭を下げている少女が心配になる。
「俺は怒っていないし、君も怒ってはいないだろう?」
「……はい」
「雨宮は、鬼殺の剣士である前に女性だ!あれは当然の反応だった。落ち込むことはない」
煉󠄁獄はむしろ、雨宮が嫌がっていたわけではなかったことに安堵した。箱の中で、全力で拒否された時は、嫌われているのかと不安になった。
「報告は俺がしておこう。雨宮は帰って休みなさい」
「はい。ありがとうございます」
雨宮は体勢こそ戻したものの、顔を上げず俯いたままその場を去っていった。
だから、煉󠄁獄は気付かなかった。彼女の顔が、にやけていることに。
帰り道の途中、足取り軽く、雨宮は一人呟く。
「煉󠄁獄さん、優しいなあ。やっぱり素敵だなあ」
あの屈強な腕に抱かれ心臓が止まるかと思うくらい恥ずかしかったが、今思えば役得だった、と彼女の頬は自然と緩む。
しかも、失態を犯した雨宮を責めることもせず、優しく慰めてくれた。あんなに強い上に優しさと正しさを兼ね備えている人は、雨宮が知る限り他には居ない。
「また煉󠄁獄さんと任務が一緒だったらいいのにな」
雨宮は、憧れの上司の顔を思い浮かべる。次の任務で、その明るい笑顔を見れるように願いながら。
しかし、雨宮が落ち込んだままだと思い込んでいる煉󠄁獄は、次に会った際なかなか雨宮と目を合わせてくれなかった。
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