立ち藤
煉獄家の庭に面した部屋で、横になっている杏寿郎を見つけ、深月は困ったように笑った。
「杏寿郎さん。そんなとこで寝たら風邪を召されますよ」
いくら部屋の中とはいえ、今は気温が低い時期だ。
しかも、雨戸も障子も開けられていて、冷たい外気が部屋に入り込んでいた。
そんな中、杏寿郎はいつもの隊服と羽織を身に纏っているだけで、布団も掛けずに眠っていた。
深月は障子をぴしゃりと閉め、外気を遮断する。
とりあえず、自分の羽織を脱いで杏寿郎に掛け、布団を取りに行こうかと考える。
この部屋は、杏寿郎の私室ではない。
煉獄家の中で、誰も使っていない、余っている部屋だ。
恐らくは、杏寿郎の今は亡き母が使っていた部屋なのだろう。
そんな部屋で昼寝をするなど、炎柱にも可愛らしい一面があったのだな、と深月はぼんやり考える。
しかし、可愛らしいとと思うと同時に、哀しいとも思った。
杏寿郎はこうして、一人でこっそり母の部屋に訪れでもしなければ、思い出に浸ることすらできないのだろう。
煉獄家長男として、鬼殺隊最高位の柱として、一人で全ての責務と使命を抱え込んでいる。それでいて、弱音も文句も一切吐かない。
槇寿郎も千寿郎も出掛けていて、今、深月がこの部屋に来たのは偶然だった。
掃除をするべきか様子を見に来ただけで、杏寿郎がここに居るなんて、少しも思っていなかった。
深月は杏寿郎の側に座り、彼の髪に手を伸ばした。
眉間に皺を寄せて眠っている彼の頭を、優しく撫でる。
「杏寿郎さんは、いつも頑張ってて凄いですね。尊敬してます」
そう言って、しばらく撫で続けていると、杏寿郎の眉間の皺が少し減ったような気がして、深月は微笑む。
「たまには、誰かに甘えてもいいと思いますよ」
片手で頭を撫で続けながら、もう片方の手で、杏寿郎の手を包む。
彼の大きな手は、痛々しいほど強く握られていて、それをどうにか解けないかとゆっくり擦る。
その手が少し解れたかと思うと、杏寿郎がもぞもぞと身動ぎをした。
起こしてしまっただろうか、と深月は手を引っ込める。
杏寿郎はぱっちりと目を開け、深月を見上げる。
じっと見つめられ、なんだか恥ずかしくなった深月は、誤魔化すように笑みを浮かべる。
「おはようございます」
「おはよう!」
杏寿郎は元気よく挨拶を返してくれるが、起き上がる気配はない。
もしかして、と思い、深月は微笑んで足を崩す。
膝を軽く叩いて、どうぞ、と招けば、杏寿郎は寝返りを打つようにして、深月の太腿に頭を預けた。
その際、掛けた羽織がずり落ち、深月はそれを取って、改めて杏寿郎に掛ける。
杏寿郎は目を閉じ、深月の腰に両腕を回す。
「杏寿郎さん!?」
さすがにそこまでされるとは予想しておらず、深月は赤面する。
杏寿郎は深月の太腿に顔を埋めながら、両腕に力をこめる。
「たまには甘えてもいい、と言ったではないか」
そう言って、杏寿郎は動かなくなった。
どうやら、少し前から起きていて、深月の言葉を聞いていたらしい。
深月は優しい笑みを浮かべて、杏寿郎の頭を撫でる。
「はい。私でよければ、存分に甘えてくださいな」
いつも貼り付けたような笑顔を浮かべ、命懸けの任務に出向く杏寿郎を甘やかせるのは自分くらいだろう、と思うと、申し訳ないが嬉しくなって、深月はくすっと笑った。
それがからかったように聞こえたのだろう。
杏寿郎は腰に回していた腕を、深月の太腿に移動させ、形を確かめるように撫でる。
深月はびくっと肩を跳ねさせ、制止するように彼の手首を掴む。しかし、それくらいでは杏寿郎の手は止まらない。
「さすがに恥ずかしいんですけど……」
「甘やかしてくれるんだろう?」
杏寿郎は顔を横に向け、目だけで深月を見上げる。
その挑戦的な微笑みに、深月はぐっと息を呑んだ。
「もう少しだけ、いいだろうか」
そう言って、杏寿郎は目を閉じる。
太腿で動いていた手は一旦止まり、またゆるゆると深月の腰に回されていく。
まるで、どこにも行かないでくれ、とすがりつくように。
深月は少しだけ目を伏せ、優しく微笑む。
「大丈夫です。私は、ずっとお側に居りますよ」
片手を杏寿郎の肩に置き、もう片方の手で彼の頭を撫でる。
ふわふわと柔らかい髪が可愛く思えて、途中から指を差し込んで梳かすように撫でた。
時折、結んである部分に指を刺して遊んだりもした。
そのうち、杏寿郎は寝息を立て始める。
彼の寝顔は穏やかで、もう眉間に皺など寄っていなかった。
それは実際の年齢より幼く見えて、深月は心臓が締め付けられるような気がした。
幼く見える寝顔が可愛い。
大人になるしかなかった彼の生い立ちが哀しい。
自分の膝で安心している彼が愛おしい。
彼が穏やかに眠れる場所が少なくて辛い。
いろんな感情がごちゃ混ぜになって、深月は唇を噛み締める。
しかし、すぐにまた微笑んで、背中を丸める。
杏寿郎の耳に顔を近付けて、小声でこう言った。
「愛しています。無理しないでくださいね」
杏寿郎の口角が少し上がったような気がして、深月はくすっと笑った。
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