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眠れない夜は貴方と


夜は嫌い。一人で寝るのも嫌い。

部屋の真ん中で毛布にくるまって、愛しい人の帰りを待つ。『今日は遅くなるから先に寝てていいぞ』って連絡をもらったけど、とても眠れない。

二十二時を回った頃、玄関の方からガチャリと重い金属音が聞こえてきたので、私は毛布を飛び出して、玄関に駆けていく。

「杏寿郎! おかえり!」

そう言いながら勢いよく抱き付けば、私の恋人──杏寿郎は、しっかり抱き止めてくれた。

「ただいま。寝てていいと言ったのに」

呆れたような、でもちょっと嬉しそうな声が降ってくる。

「うん、でも、寝れなくて……」
「そうか」

杏寿郎の大きな手が、私の頭を優しく撫でてくれるので、安心して息を吐く
よかった。今日も帰って来た。

「ほら、シャワーを浴びてくるから、離れてくれ」
「んー……」

杏寿郎の声が困ったものに変わる。彼は靴を脱いですらいないから、当たり前だ。
私は彼の胸に額を擦り付けてから、名残惜しいけどそっと離れた。

杏寿郎を見れば、困ったように笑っている。そりゃそうだよね。遅くなる日は毎回べったりだから。

悪いとは思ってるけど、怖くて怖くて、止められない。
あの日みたいに、貴方が物言わぬ肉塊になって帰ってくるんじゃ、と思ってしまって。

杏寿郎がシャワーを浴びに行ったので、また毛布にくるまって、彼が戻ってくるのを待つ。
しかし、すぐにうとうとしてしまって、昔の夢を見た。


*****


当時、私は炎柱の妻として、家をお守りするという日々を送っていた。
鬼狩りという危険な仕事をしている彼の元へ嫁いだのは、彼が鬼狩りの名門一族の長男で、私が相応の家柄の末娘だったから、という時代らしい理由だ。

彼は、必ずしも毎日帰ってくるわけじゃなかった。怪我をして蝶屋敷で療養することもあったし、任務で数日帰ってこないこともあった。

それでも、私は夜が嫌いだったり、一人で眠れない、ということはなかった。
だって、彼はすごく強かったし、帰って来た時はたくさん愛してくれたから。

家柄だけで選ばれた結婚相手に、彼は優しくしてくれて、特別扱いしてくれた。
だから、私は彼にもらった愛情を胸に、彼の帰りを待つだけだった。それだけで、充分幸せだった。

それなのに。

ある日、彼は物言わぬ肉塊になって帰って来た。

潰れた左目。胸に開いた大きな穴。隠の人がある程度整えてくれたのか、血を拭き取って、包帯を巻いてあったけど、彼が壮絶な戦いの末命を落としたことは明白だった。

それでも、彼の顔は穏やかな笑みを浮かべているから、本当は生きているんじゃないかと思った。

「杏寿郎様、杏寿郎様……」

何度名前を呼んでも、彼は返事をするどころか、目を開けてもくれなかった。
帰ってくるのが当たり前だった彼は、急に二度と帰らぬ人になったのだ。

あまりにも突然のお別れで、涙は出なくて、気付けば葬式も終わっていて。

いつの間にか、私は夜が駄目になった。彼が帰ってこない朝が来るんだと理解してしまって、もう二度と愛してもらえないんだと思って、一人ではまともに眠れなくなった。


*****


目を覚ますと、半身が妙に温かかった。
そちら側を見れば、見慣れた部屋着。それを辿って上を見れば、杏寿郎がこちらを見ていた。

「起きたか? もう少ししたら、ベッドに運ぼうと思っていたのだが」
「起きた。昔の夢見てた」
「またか」

杏寿郎の眉が下がる。笑っているのに、辛そうな表情になる。

「あの時は、本当にすまなかった。君を置いて死ぬつもりなんてなかったんだ」
「うん、わかってるよ」

私は精一杯の笑顔を浮かべる。

当時──私達の前世にあたる、百年程前。杏寿郎からもらった愛情は、本物だった。私を置いていくつもりで任務に臨んでいたわけじゃないって、わかっていた。

でも、トラウマは魂にまで刻まれたようで、私は何度も昔の夢を見る。杏寿郎と出会ってからは尚更で、今世では割と眠れていたはずなのに、杏寿郎と同棲を始めてから、トラウマがより強く呼び起こされたというか。

彼が居ないと、まともに寝付けなくなった。

「杏寿郎、眠い?」
「いや。少し仕事を持ち帰っていてな……」

そうなんだ、と答えつつテーブルを見れば、パソコンと資料が広げられていた。まだ仕事をするつもりらしい。

「君は先にベッドへ……行っても寝れないか」
「うん。ごめんね」
「謝らなくていい」

杏寿郎は前世と変わらず、私を特別扱いしてくれる。
とびっきり優しくしてくれて、たくさん愛してくれて、目一杯甘やかしてくれる。
それが嬉しいのと同時に、未だに前世のことを引き摺っている自分が情けなくなる。

「でも、今日は一人で寝てみようかな」

ちょっと勇気を出してみる。杏寿郎はもう帰ってきてるわけだし。お仕事の邪魔しちゃいけないし。
そう思って提案してみたけど、杏寿郎は何も言わずに私を抱え上げた。
不安定な体勢になって、私は思わず杏寿郎の首にすがり付く。

杏寿郎は私を抱えたまま寝室に向かって、ベッドに腰を下ろした。布団を捲って、私をちゃんと支えながら寝転がる。
向かい合わせになって、私を抱き締めながら、背中を撫でてくれる。

「杏寿郎、お仕事は?」

不安になって尋ねると、杏寿郎は柔らかく目尻を下げた。昔と変わらない、優しい笑顔にどきっとする。

「大した量じゃないから、明日早起きして終わらせる」
「えっ……無理しないで」

そう言うと、杏寿郎が強く抱き締めてきて、私の顔が彼の胸板に埋まる。息苦しくて顔を上げると、杏寿郎は変わらず優しい笑顔を浮かべていた。

「君も無理しなくていいんだ。大丈夫。君より大切なことなんてないから」

そう言ってくれた杏寿郎の声は優しくて、特別扱いがすごく嬉しくて、私は彼の胸板に再度顔を埋める。

「ありがとう。大好き」
「ああ。俺も大好きだ」

彼の心臓の音を聞きながら、そっと目を閉じる。
杏寿郎の身体が温かい。心臓があって、ちゃんと動いてる。ちょっと速いのは、杏寿郎もどきどきしてくれてるのかな。息遣いも聞こえてきて、ひどく安心する。

「杏寿郎。今度ね、行きたいお店があるの」
「前言っていたパンケーキの店か?」
「そうそう。あとね……」

何気ない会話ができることが嬉しくて、鬼の居ない世の中に感謝する。
その日、杏寿郎は私が寝付くまで、他愛ない話に付き合ってくれた。

どうか、今世では、貴方が私よりも長生きしますように。







 




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