その声は、
ころころと表情を変えながら、楽しそうにお喋りする彼女は、鬼のことなんか知らないのではないか、と思った。
しかし決してそんなわけがないということを、彼女が身に纏っている隊服と腰に差している日輪刀が物語っている。
「それでですね、鬼がどーんって来て、べしゃってなって、もうダメかと思ったんです! その時、煉獄さんがぐぁあって助けてくださったんです!」
どうやら、先日の任務で俺に助けられたことに礼を言いたいらしいが、いまいち何を言っているかわからない。
彼女を見ていると誰かを思い出すような……ああ、甘露寺だ。剣士になるまで稽古をつけた甘露寺も、彼女と同じくころころと表情を変え、独特な言い回しをしていた。
そのせいで、後輩を育てていた時期が懐かしくなったというか、先輩風を吹かせたくなったというか。
俺の手は、気付けば彼女の頭に伸びていた。
「うむ、元気そうで何よりだ! これからも、しっかり鍛錬に励んで強くなりなさい!」
そう言って、彼女の頭をぽんぽんと軽く叩くように撫でる。
すると、彼女は火でも出るんじゃないか、というくらい真っ赤になって、先程までの明るい話し声が嘘かのように、小さい声で「ひゃい……」と答えた。
千寿郎や甘露寺なら、撫でてやると嬉しそうにするのに、彼女の反応は随分と年頃の娘らしい──いや、年頃の娘だから当たり前か。
彼女の反応を見ていると、なんだか首がむずむずしてきたので、パッと手を引っ込めて、その手を隠すように腕を組む。
それから、誤魔化すように口を開いた。
「君がよければ、俺の元で鍛えてあげよう!」
「本当ですか!? 是非!」
彼女はぱあっと顔を明るくさせ、何度も頷いた。
今思えば、俺を見る彼女の目が変わったのは、この日からだった。
*****
彼女は俺を『師範』と呼ばない。以前からの癖で『煉獄さん』のままだ。それは別に構わないどころか、彼女の声で聞く自分の名前は、なんだか響きが違った。
何故なのか考えて、すぐに答えを見つける。
「君は声が綺麗なんだな!」
「ええっ!? 急になんですか!?」
彼女は真っ赤になって、握っていた木刀を粉砕する。
かなり握力がついたようで何よりだ。しかし、破片が手に刺さっていないか心配になって、彼女に駆け寄る。
彼女の手を取って、掌を上に向かせて怪我がないか確認すると、やはりいくつか破片が刺さっていたので、一つ一つ丁寧に抜いてやる。
「こんなことで怪我をして、任務に支障が出たら困るだろう!」
「すみません……」
彼女の顔から赤みが引いて、しょんぼりした表情になる。相変わらず、表情が変わりやすい子だ。
破片を全て抜いて、手当てをしようと彼女の手を引く。大人しく着いてくるが、様子を確認するとまた真っ赤になっていた。忙しないことだ。
水を用意して、軽く血を流すと、彼女は大きく肩を跳ねさせた。まだまだ冬の只中だから、冷えきった水に驚いたのだろう。
「冷たいだろうが、我慢しなさい」
「はい……」
彼女はきゅっと唇を引き結ぶ。必死に我慢している様子は、なかなかに愛らしかったのだが。
「んぅ、ひぇっ、ぁっ……やっ、いたっ、んぁっ」
何故、喘ぐ。
水で傷口を流し、清潔な布で拭いて、傷薬を塗っているだけなのだが。
彼女の手に向けていた視線を、ちらりと上に移動させる。彼女は眉を下げ、涙目になっていた。
この程度で変な気を起こすほど、修行不足ではないはずだが、彼女の声は聞いていると自制できなくなりそうだ。
これも、きっと──
「声が綺麗だからだろうな」
思わず声に出てしまったようで、彼女がびくっと震える。
「あの、煉獄さん……先程も仰ってましたけど……」
彼女は言いにくそうに話し始める。俺を見てきたかと思えば、視線を横に逸らし、また俺と目を合わせる。
彼女の視線には、おそらく恋情が込められている。そんな目で見ないでほしい。俺が変な気を起こしたらどうするつもりなのだろうか。
「もしかして、私の声がお気に召したんですか?」
期待を含んだその問いに、「ああ、そうだ」と正直に答える。
「鶯のようだと思った。声を誉められたことはないのか?」
質問を返すと、彼女はゆるゆると首を横に振った。
それは意外だった。こんなに透き通った声なのに。彼女の声には、お館様とは違う種類の心地良さがある。
「そんなこと言ってくださったの、煉獄さんだけです」
じっと見つめられて、彼女の上目遣いに思わず生唾を飲み込む。
年頃の娘だが少々と子どもっぽいと思っていた彼女は、なかなかどうして艶かしい表情ができるようだ。
彼女の手に包帯を巻いて、「終わったぞ」と声を掛ければ、彼女はとびっきりの笑顔で礼を言ってくる。
もう赤面していたことも声の話のことも忘れていそうだった。
不意に、悪戯心が芽生えた。
しかし、いかがなものかと思って、口元に手を当てて考え込む。もしからかって、彼女に嫌われて、逃げ出されたら、また継子を失ってしまう。
俺が考え込んでいるのが珍しかったようで、彼女はきょとんとした顔で見つめてくる。
その顔には、甘露寺に感じていたものとは違う可愛さがあって、漸く彼女を一人の女性として好ましく思っていることに気付く。
彼女もおそらく俺を好いているが、からかったらどんな反応をするのだろうか。
そう思って、結局悪戯心に従うことにした。
「喘ぎ声も良かったぞ」
にやりと笑ってそう言えば、彼女は耳まで真っ赤にする。
「あえ……!? 私そんな声出してません!」
「手当てするときに出していたじゃないか。ああ、それとも……」
途中で言葉を切って、赤い彼女の耳に口を寄せる。
「褥では、もっと良い声で啼くのか?」
「ひえっ……」
彼女が短い悲鳴を上げる。少しひきつったようなその声ですら、耳に心地好かった。
顔を離し、微笑んでみせる。
潤んだ瞳で見上げてくる彼女の顔はけっこう扇情的で、うまそうだ、と単純に思った。
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