蝶々で結ぶ
母譲りの、この綺麗な髪が自慢だ。自慢だからこそ、きつく纏めたりせず、二本のゆるいおさげにしている。
どんなに忙しくても、怪我をしていても、手入れを欠かさなかった。
母の髪は腰の下くらいの長さで、私の髪も母と同じ長さになるよう伸ばしてきたのに。
先日の任務で、あっさり短くなってしまった。
鬼に髪を掴まれた私を助けるために仲間が斬ったのが、鬼の腕ではなく私のおさげだったのだ。
任務後、片方だけ短くなったおさげを、仲間が青い顔で見てきたので、つい「気にしないで」と言ってしまった。
本当は泣き出したかったけど、仲間は私の命を救ってくれただけだもの。悪くないもの。それなのに、仲間の目の前で泣くわけにはいかなくて。
帰宅して、短くなった箇所に合わせて髪を切り揃えた。
その結果、腰のすぐ上くらいまであった私の髪は、顎に届くか届かないかの長さになってしまった。
*****
首筋を撫でていく風はまだまだ冷たい。襟巻きでも持ってくればよかった。
そう思いつつ、短くなった髪を指に絡め──ようとしたけど、短すぎてするりと抜けてしまう。おさげがあったときは、延々くるくる絡められたのに、と思うのは我ながら未練がましい。
さらに未練がましいことに、私は以前使っていた髪紐を二本とも懐に入れて持ち歩いている。
髪なんてすぐ伸びる。自分にそう言い聞かせてみるけど、元の長さに戻すのに何年かかることやら。
しょんぼりしていると、追い討ちを掛けるように声を掛けられた。
「髪はどうした!? 随分短くなったな! 伸ばしているんじゃなかったのか!?」
「煉獄さん……」
挨拶もなしに、開口一番こちらの傷を抉ってきた煉獄さん。
彼に悪気はなくて、見たまま思ったままを口にしただけだとはわかっているけど、鼻の奥が痛いくらいつんとして、思わず涙目になる。
そんな私を見て、煉獄さんはびくっと肩を跳ねさせる。泣かせてしまった、と思ったのだろう。
彼に迷惑を掛けるわけにはいかないので、私は頑張ってへらっと笑ってみせる。
「任務中に切っちゃいまして。切り揃えたら短くなっちゃいました」
「そうだったのか」
煉獄さんの声が少し小さくなる。
彼は、私が母譲りのこの髪を気に入っていることを知っていたから、きっと同情してくれているのだろう。
お互い何も喋らなくなって、沈黙が気まずい。
何か言わなきゃと思うけど、何を言えばいいのかわからない。だって、何を言っても煉獄さんは気を使うと思うから。
沈黙を破ったのは、煉獄さんの方だった。
「今時は断髪も流行っていると聞く! 短いのも似合っているし、そのうち伸びるだろう!」
その励ましが、嬉しいはずなのに余計傷を抉ってきて、私の涙腺は決壊した。ぼろぼろと涙が溢れ、視界がにじんで煉獄さんの顔がよく見えない。
拭っても拭っても溢れるそれは、煉獄さんを困らせるには充分だった。
「すまん! 泣かせるつもりではなかったんだ!」
「わ、わかってます……煉獄さんは、悪くないので……」
悪いのは私だ。
鬼に髪を掴まれた、未熟な自分。咄嗟に鬼の腕を斬れなかった、判断が遅い自分。髪が短くなった程度で落ち込む、弱い自分。
例え、この髪に、亡くなった母の面影を見ていたとしても。
髪の手入れをする度、鏡を見る度、この髪を通して母を思った。
唯一、母が私に遺してくれたものだから。
ぐずぐずと鼻を啜って、煉獄さんに頭を下げる。
「すみません、ご迷惑をお掛けして……」
「いや、大丈夫だ。無神経なことを言ったな」
降ってくる煉獄さんの声が暗いような気がして、顔を上げると、案の定彼はほんの少し眉を下げていた。
「女性にとって、髪は特別なのだろう。特に、君は思い入れが強いからな」
そう言って、煉獄さんは私の髪に指を通して、その指で私の目尻を拭ってくれた。
私が勝手に落ち込んで泣いてしまっただけなのに、すごく優しい人だ。
「そうだ! 少しじっとしていてくれ」
煉獄さんはぱっと笑顔になる。何かを思い付いたようだ。
何だろう、と思っていたら、彼は何故か自分の髪を解いてしまった。私の位置からは見えないけど、下ろされた煉獄さんの髪は絶対珍しい。ちょっと見たいと思ってしまって、その頃には私の涙は止まっていた。
煉獄さんは解いた髪紐を咥えたかと思うと、私の横髪を一房取った。
それをもぞもぞと弄られて、くすぐったくて身動ぎすると、煉獄さんがじっと見つめてくる。髪紐を咥えてて喋れないから、おそらく『動かないでくれ』という意味なのだろう。
私はくすぐったいのを我慢して、大人しくする。
程なくして、煉獄さんが髪紐を持って、またもぞもぞと私の髪を弄る。
多分、結んでいるんだろうけど、今更ながら煉獄さんに髪を結んでもらうなんて恐れ多い。
「できたぞ!」
煉獄さんは手を離して、満足そうに笑う。
そんなに良い感じに結べたのだろうか。短くなった私の髪を一体どう結んだのか。
弄られていた横髪の辺りにそっと触れてみる。多分、細い三つ編みかな。そのまま少し下に手を下ろし、先っちょを摘まんで見える位置に持ってくる。
辛うじて視界の端に入れることができたそれは、煉獄さんの髪紐で蝶々結びにしてあった。
「かわいい……」
正直、びっくりだ。煉獄さんが三つ編みや蝶々結びができるなんて。それらをするという発想があるなんて。
「可愛いだろう! 以前、甘露寺や胡蝶が話しているのを聞いてな」
煉獄さん曰く、甘露寺さんや胡蝶さんが『女の子は髪型や髪紐で気分が変わる』と話しているのを聞いたらしい。
その際、甘露寺さんが胡蝶さんに三つ編みをしてあげて、胡蝶さんが甘露寺さんに蝶々結びをしてあげていたとか。それを見ただけでやり方を覚えるなんて、目が良くて器用なのだろう。
「ありがとうございます」
確かに、何もしないよりちょっと気分が明るくなった。
何より、煉獄さんに結んでもらった髪はちょっと特別に思えた。
それにしても、『可愛い』だなんて言われるとどうしていいかわからなくなる。いや、髪型に対しての話だし、慰めてくれてるだけだとはわかっているけど。
少し熱くなった頬を誤魔化すように、前髪を整えるふりをしながら顔を隠す。
そこで、煉獄さんの髪紐を借りてしまったことに気付いて、懐から自分の髪紐を取り出す。
「あの、煉獄さん。髪紐の予備がなければ、これを使ってください」
「うむ! ありがとう、助かる!」
煉獄さんは明るい笑顔で髪紐を受け取ってくれた。それから、手慣れた様子でさっさと髪を結ってしまう。
ちょっと残念。お返しに結ってあげたかったのにな。
髪を結い終わり、煉獄さんは「さあ行こう!」と歩き出す。
え、どこに? 今日、煉獄さんと会ったのは偶然で、特にご一緒する用事はないはずだけど。
「どうした? おいで」
煉獄さんが振り返って、ちょいちょいと手招きしてくるから、反射的に着いていってしまった。
彼の少し後ろを歩きながら、彼の揺れる髪を見つめる。
いつも通りの形で結われているそれは、私の髪紐で、私と同じ蝶々結びにしてあって、どきっとする。
わざわざお揃いの結い方を選んだのかな。後ろで結ぶのが難しかったのか、ちょっとだけ歪んでいるのが可愛らしい。
そこで、煉獄さんがばっと振り返る。見つめてたのがバレたかな、と思ったけど、そうじゃないみたいだ。
「腹は減ってないか? うまいものでも食べたら、元気が出るだろう!」
なるほど。さらに元気付けようとしてくれてるみたい。
実は、もうかなり元気が出てるけど、その申し出に甘えることにした。
煉獄さんの揺れる髪を再度見つめる。
懐に同じ髪紐がもう一本あるから、後でこっそり髪紐もお揃いにしよう、と思いながら。
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