andante
大口開けて、あくびを一つ。
もちろん、私じゃない。彼氏いない歴=年齢を更新中だけど、さすがに外で、ましてや好きな人の前で大きなあくびをするほど女を捨ててはいない。
あくびをしたのは煉獄くんだ。いつもシャキッとしている彼が、そんなことをするなんて珍しくて、私はついついじっと見つめてしまう。
すると、私の視線に気付いた煉獄くんが、はにかんで笑う。
「すまん。温かくてつい、な」
「ううん。いい天気だしね」
なんて返しながらも、私とのお出掛けはつまらないのかな、と少し落ち込む。表情には出さないけど。
今日は、煉獄くんと公園に来ている。広くて、のどかで、芝生や木々などの植物もある。あとは、遊具が少々と、ランニングコースがぐるっと一周。
他の利用者は、親子連れか子どもが多い。カップルは二、三組ぐらいだ。
ちなみに、煉獄くんと私はお付き合いをしていない。大学が同じなだけの、ただの友達だ。
私が必死にお誘いして、なんとかデートにこぎつけたんだけど、それがデートスポットでもなんでもない公園になるとは。
普通は食事とか映画館とか、一応成人してるんだからお酒が飲めるところとかを想像するじゃん。
でも、デートを了承してくれた彼に行きたいところを尋ねれば、ここを指定されたのだ。
まあ、煉獄くんが一緒ならどこでもいいか、と思って承諾したのだけど。
今のところ、のんびりお散歩して、たまに芝生やベンチで休憩しているだけだ。
なにこれ。おじいちゃんとおばあちゃんかな。老後かな。お散歩、楽しいけどね。
うら若い乙女のデートの誘いに乗っておいて、彼はなんて清廉なのだろう。煉獄くんらしいといえばらしいし、私をそういう簡単な女として見ないでくれるのは嬉しい。
でも、ちょっとくらいなにかあるかなと期待して、下着を新調してきたのが馬鹿みたいだ。
「あ、お花……」
気付けば、小さい花畑のような場所に来ていて、私は思わず立ち止まる。
それに気付いた煉獄くんも立ち止まって、声を掛けてくれる。
「花が好きなのか?」
「んー、どうだろ。可愛いとは思うけど、別に詳しくないし。この辺の花について分かるのは色くらいだね」
花の品種なんて全然知らないし。
正直に答えると、煉獄くんが豪快に笑う。声が大きいから、近くを通り掛かったベビーカーの赤ちゃんがびっくりして泣き始めてしまった。
「わわ、すみません!」
「申し訳ない!」
私達は慌ててご両親に謝って、なんとか赤ちゃんをあやそうと努力する。
煉獄くん、意外と赤ちゃんの扱いに慣れてる。そういえば、年の離れた弟くんがいるって言ってたっけ。
赤ちゃんと煉獄くん。最高の組み合わせだ。
そんなことを考えているうちに、赤ちゃんは落ち着いたようで、最後にもう一度だけご両親に謝って、彼らと別れた。
「煉獄くん、声大きいねえ。元気だねえ」
何がそんなにおもしろかったの、と尋ねれば、彼は私をじぃっと見てくる。そんなに見られたら恥ずかしいし、穴が開くんじゃないだろうか。
「君は素直なんだな!」
「へ?」
何がでしょう。もしかして、お花の下りかな。
煉獄くんはくるっと向きを変え、すぐ側にあったベンチに座り、自分の隣をぽんぽんと叩く。
長いお話でもするのかな、と思いつつ彼の隣に座れば、花畑全体が視界に入って、カラフルな花たちがとても綺麗だった。
「綺麗だね。私はあの辺の色が好きかな。花の名前はわかんないけど。煉獄くんは何色が好き?」
私のどうでもいい問いに、煉獄くんはしっかり答えてくれる。その声が震えているのは気のせいだろうか。
「煉獄くん?」
彼を見れば、いつも通りきゅっと口角を上げていたが、口の端が震えていた。笑ってるね。
私の言動のどこにそんなおもしろ要素があったのだろう。
「君は、俺のことが好きでデートに誘ったのだろう?」
「ふぇ!?」
突然の質問に、私は間抜けな声を出してしまう。
いや、そうなんだけど。確かに貴方が好きで、お誘いしたんだけど、そんなにはっきり言われると答えづらいじゃない。
口の中でもごもごと答えを選んでいると、煉獄くんが「違ったか?」と追加で聞いてくる。
「違わないです……好きだから、お誘いしました……」
観念して答えれば、彼が満足そうに「うむ!」と頷く。
「だったら、もう少し取り繕わなくていいのか?」
そう尋ねてきた彼の声は、決してこちらを試しているような声ではなく、本当に不思議そうで、むしろ私のことを心配しているような声音だった。
「今まで俺を誘ってきた女性は、君とは大分違っていた!」
またも、唐突に話題を変える煉獄くん。
あまり他の女の子とのデートの話なんて聞きたくなかったけど、彼が言うことには、今まで彼を誘ってきた女の子は、そもそも公園なんてお気に召さなかったようだ。
買い物がいい、食事に行きたい、ホテルに行きたい、などなど。私とはまた別の正直さを持っていたらしい。
いや、ホテルはさすがに正直すぎないかな。
酷い時は、公園を提案しただけで誘いはなかったことになったらしい。
公園デートをしたとしても、踵の高い靴を履いてきて疲れたと言う子や、花好きアピールをしてくる子が居たとか。
私はちらりと自分の足元を見る。申し訳程度に膝下丈のフレアスカートを履いてるけど、その下は残念ながら色気皆無のスニーカーだ。だって、公園以外に行き先が決まってなかったから、何時間歩かせられるかわからなかったもの。
それに、花好きアピールをした子も必死だったのだろう。好きな人には、自分を少しでも可愛く見せたいものだ。
「あっ……」
そういえば、私は全くアピールしてなかったな、と気付く。煉獄くんと一緒に居られることに満足してしまっていた。
「もうちょっと、可愛くアピールした方がよかった?」
「いや。正直、今までの女性は鬱陶しかった」
おお、言うねえ。誰にでも優しい煉獄くんがそんなことを言うから、意外な横顔を知った気分になる。
「君は
公園を楽しんでくれているようだし、無駄に取り繕ったりしない」
「えーっと……私は公園が楽しいわけじゃないよ」
私だって、今までの女の子と変わらない。別に特別な性格はしていない、と煉獄くんに伝える。
本当は、公園より食事や買い物が良かったし、ホテルとまではいかないけど、何かあるかもなんて期待してた。
お花だって、事前に気付いていれば『私はお花が好きな可愛い女子なんです』アピールをしていたことだろう。
「でも、煉獄くんがデートしてくれることが嬉しいから、公園でもいいの」
洗いざらい全て話してしまうと、なんだかすっきりした。
煉獄くんの返事がない。普段は、多すぎるくらい強めの相槌を打ってくる彼が、今の話の間、全く相槌を打ってくれなかった。
つまらない話をしてしまった。そういえば、煉獄くんはさっきもあくびをしていたから、きっと最初からずっとつまらなかったのだろう。
それでも、誠実な彼のことだ。最後までデートを全うしようとしてくれていたのだろう。
「今日は付き合ってくれてありがとう。楽しかったよ」
そう言って、早く彼を解放してあげよう、と思ったけど、ふらりと視界が揺れる。
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
肩に回された腕。半身に感じる温かさ。自分ともお花とも違う、柔軟剤のようないい香り。
顔を上げれば、煉獄くんとの距離がぐっと近くなっていて、どきっとする。
「誠実だな。好感を持った」
「えっ……な、なんのこと?」
誠実なのは、好きでもない女と健康的なデートをしてくれた煉獄くんのことだろう。私のどこが誠実なんだ。
煉獄くんはふっと笑って、私の肩に回していた腕を腰まで降ろす。
待って待って。そんなとこ男の子に触られたことない。
私の心臓は、どきっどころかドキドキバクバクという感じになって、今にも破裂しそうだ。
距離を置こうと思って、彼の胸に添えた手を、彼は何を勘違いしたのか、空いている手で握ってきた。
「黙っていれば、俺は何も気付かず、君を『他の女性とは違う』と思っていた。特別になれたかもしれなかったんだぞ?」
「いや、だって、好きな人に嘘吐きたくないから」
思ったことを答えると、煉獄くんの両腕にぐっと力が込められた。
「次は俺から誘う」
彼の言葉を理解できないうちに、ぎゅっと抱き締められる。
温かくて、心地好くて、どきどきするのに妙に落ち着いて、思わずあくびが出そうになって噛み締める。
ああ、煉獄くんもこんな感じであくびをしていたのかな、と思うと、自然と笑みが溢れた。
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