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桜の下で


「好きだ!」

直球すぎる告白に、私はぽかんとしてしまった。
全くの予想外だったので、開いた口が塞がらない。

えっと、今は任務中──いや、鬼はもう斬ったから、一応任務後になるのだろうか。
私は日輪刀を鞘に戻したばかりで、怪我もしているし、返り血もそこそこ浴びている。

こんな血塗れの女に突然告白するなんて、変わったお人だ。

「好きだ!!」

聞こえていないと思ったのか、彼は再度同じ事を、先程より大きい声で言ってくる。
彼の声量で聞こえないわけがないのに。気遣ってくれてるのか、天然なのか。

「聞こえています。吃驚しただけです」

なんとか捻り出した言葉は、返事でも何でもなくて、しかも口にしてから、すごく感じが悪かったと気付いてしまった。

しかし、言ったことは取り消せない。どうしようどうしよう、と考えている間に、自分の血の気が引いていくのがよく分かった。

だって、告白してきた相手は上官だもの。
鬼狩りの名門、煉獄家の長男で、当代の炎柱。煉獄杏寿郎様だもの。

彼の告白を断れば、上官に恥をかかせることになる。
だが、こんな庶民どころか貧民の出の私が告白を受ければ、彼の家の名が汚れてしまう。

「あの、えっと……」

今の私の頭は、『炎柱様のことをどう思っているか』ではなく、『どうすれば彼や彼の家の名誉を保てるか』ばかりでいっぱいで、上手く返事が出来ずにいる。

この鬼殺隊という組織で、煉獄家や柱の不況を買っては、生きていけないのではないだろうか。

そんな私の考えを察したのか、炎柱様は優しく微笑む。
その笑顔は、いつも見せる快活なものではなく、本当に優しくて、その微笑みこそが彼の本来の笑顔なのではないか、と思った。
いつもの笑顔が、真顔に思えるくらい。

「困らせてしまったな」

お声も小さくなって、なんだかいつもの明るさは感じられない。小さいと言っても、普通の人よりは少し大きいけれど。
これも、呼吸を極めたからなのかもしれない。

「困ってなど……」

私は曖昧な笑みを浮かべて、ゆるゆると首を振る。
どうして私は、こんなに作り笑いや嘘が下手なんだろうか。下手くそすぎる誤魔化しに、炎柱様が今度は吹き出した。

「正直者だな!」

素敵な解釈だこと。私が彼の立場だったら、きっと怒っていただろうに。
柱というのは──炎柱様は、私の想像よりずっとお優しい方なのかもしれない。

「うーん。しかし、そうだな……」

炎柱様は何か考えるように唸ったかと思うと、ちらりと上を見上げた。
私もつられて上を見る。どうやら、私達はいつの間にか、桜の木の下に移動していたらしい。

夜空に映える満開の桜。昼間は桜らしい色であろうそれらは、月明かりに照らされ、白く輝いているように見えて、とても綺麗だった。
陳腐な感想しか出てこないのが残念なくらいだ。
私が有名な詩人や文豪だったら、この光景を上手く表現できたのだろうか。

そして、鬼のいない世になれば、夜桜を楽しむことができるのだろうか。

現実逃避のように関係ないことを考えていると、ふと、炎柱様が口を開いた。

「来年もここに来よう」
「は?」

あ、また失礼な聞き返しをしてしまった。今度こそご気分を害されたかもしれない。
恐る恐る炎柱様を見る。彼は、先程と同じように微笑んだままだった。

「来年も桜の時期にここに来よう。次は昼間がいいな! その時、また同じ事を言うから、返事を聞かせてくれ!」
「え、あの……はい……?」

少し疑問系になってしまったが、私はついつい頷いてしまった。頭の中で、彼の言葉を反芻する。
来年、桜の時期にここに来て、また告白されるから、今度こそ返事をしなければいけない。

「ええ!?」

これは決定事項なのか。安易に頷いた私の馬鹿!
来年までに上手い言い訳は見つかるだろうか。
呻き声を上げながら頭を抱えていると、また炎柱様が吹き出す声が聞こえた。

「君は──」

彼の言葉を遮るように、強い強い風が吹く。
その風は彼の言葉を掻き消して、同時に舞った桜の花びらが私の視界を奪った。

花びらに隠れて一瞬しか見えなかったけど、炎柱様の笑顔が、いつもの快活な笑顔でも、先程の優しい微笑みでもなかった気がする。

もう一度見たいと思っても、彼の笑顔はいつものそれに戻っていた。

「約束……いや、上官命令だ! 来年、またここに来なさい!」
「は……はい!」

まさかの職権濫用。
そんな人には見えなかったけど、その言葉に悪意なんて感じられなくて、私はどもりながらも力強く返事をした。


*****


でも、その『来年』が訪れることはなかった。

だって、炎柱様は、春が来る前に、鬼のいない世になる前に、その生涯を終えてしまったから。


*****


「ひどい人」

あの桜の下で、私は一人で呟く。
人の心にしっかり爪痕を遺して、鬼に殺されてしまうなんて。

「私が生き遅れたら、炎柱様のせいですからね!」

怒鳴るように言って、どかっと地面に座る私の手には、お弁当が二つ。

二つとも、鯛の塩焼きが主菜のお弁当だ。炎柱様のお口に合うように、高級なものをわざわざ用意したのだ。
私は、彼が好きな食べ物を、これくらいしか知らない。さつまいもも好きだと聞いたけど、季節柄手に入らなかった。

一つを桜の木の根付近に置いて、一つは封を開ける。

「いただきます」

ぱきんと小気味良い音を立てて、割り箸を割る。

早速鯛の塩焼きを口に頬張れば、自然と笑みが溢れるくらい美味しかった。
さすが高級弁当。私の三日分の食費と同じ値段なだけある。

「あー、おいしっ! 生きていれば、炎柱様も召し上がれたのに!」

誰に対してというわけではないけど、負け惜しみみたいな言葉を吐く。

その直後、ポタポタとお弁当に雫が落ちる。

雨かな、なんて思ったけど、今日は清々しいくらいの晴れの日だ。

気付けば視界が滲んでいて、自分が泣いているのだと理解するのに、そんなに時間は掛からなかった。

『好きだ!』

あの日の告白が、勝手に思い出される。
結局、彼が血塗れの女のどこを気に入ったのか聞く機会はなかったな。

『君は──』

風に掻き消された言葉も確かめられなかった。
ただ、彼の最期の言葉だけは、人伝に聞いた。

『約束を守れなくてすまない。俺のことは忘れてくれ』

忘れられるわけないじゃないか。
告白されたあの日、任務を共にした彼は、すごく格好良かった。

あの日だけじゃない。何度か会ったことがある彼は、いつだって格好良くて、強くて、優しかった。
家柄だなんだと悩まず、素直に自分も好きだと言えばよかった。

わんわん泣く私の頬を、風が撫でる。
桜の花びらが一枚、涙の通り道に貼り付く。

まるで、誰かが涙を拭ってくれたようで、炎柱様だったらいいな、なんて馬鹿みたいなことを思って、余計涙が溢れる。

この声が枯れるまで、貴方を愛したかった。
そんなことを今更想っても、もう遅い。







 




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